2nd PROJECT


 エヴァンが拉致されて六時間が経過した頃、アーチボルト家当主であり、エヴァンの父親でもあるマークス・アーチボルトの元にzipファイルが届いた。

 警備員がマークスの許可を得てウィルスチェックした後、危険はないと判断して秘書のジョシュアへと渡された。

 

 ジョシュアが改めてウィルスチェックし、中身を確認し、それからようやくマークスの元へと渡る。

 中身はエヴァンを誘拐した旨と、椅子に縛られて項垂れているエヴァンの動画が入っている。

 

「あの馬鹿息子は誘拐されたか」

「申し訳ございません、全て私の不手際でございます」

「構わん……あの馬鹿は少々調子に乗りすぎているところがあるからな。今回はいい薬になるだろう」

「はあ」

 

 既にエヴァンが行方不明になっていたことはアーチボルト家にも周知の事実であった。パーティの方は日付けが変わったあたりから帰る者が現れ始め、日の出前には一人もいなくなった。

 誰一人としてエヴァンの所在を気にかける者はいなかった。

 

「このファイルはどこから送られて来たかわかるか?」

「シティのネットカフェから送られたようです。犯人の特定も終わっています」

「追えるか?」

「現在追っている最中です。ある程度の逃走ルートは絞れましたので、あと三時間程頂ければ居場所を特定できると思います」

「よろしい、場所がわかったら警官隊に包囲させておけ、奴らのメンツもたててやらねばならないからな」

「かしこまりました」

「それから犯人の特定が終わってると言ったな、どんな奴だ?」

「はっ、犯人は指名手配犯のデリック・ミンデバーグ。魔術結社という名のテロリスト集団に属しています」

「魔術結社か」

「ええ、百年程前に魔術教団から魔術結社へと名を変えておりますが、その活動目的は相変わらず一貫性のないものとなっております」

「知っている、だがそれは表向きの話だろう? ひとまず相手の正体が魔術結社なら、目的は私が持っている『ソロモンの魔傅』で間違いないだろう。

 くれてやるつもりはないがな」

「では彼等が要求してきても無視して警官隊に突入させましょう」

「待て、魔術結社ならデーモンを使ってくる筈だ」

「なるほど確かに、それではデーモンハンターを手配しておきます」

「それでいい」

 

 こうして、エヴァンの預かり知らぬ所で着々とテロリスト殲滅作戦が練られていくのだが、肝心のエヴァン救出作戦はおざなりとなってしまっていた。

 というのも、既にマークス自身が独自のツテでデーモンハンターを一人雇っていたからだ。犯人とエヴァンの居場所がわかり次第救出に向かわせるつもりでいる。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 某所

 エヴァンは牢屋にいた。周りは薄暗くて何があるのか分からないが、少なくとも鉄柵の向こうには自分を誘拐した犯人が見える。ふくよかな腕にくい込む縄の痛みに耐えながら、鉄柵の向こうにいる男を睨みつけた。

 男の頭には髪の毛は一本もなく、右側頭部に薔薇のタトゥーが入れてあるだけだった。また眉も剃っているため全体的に不気味な雰囲気だ。

 身体付きは一般的で、筋肉はアスリート並にあるがそれだけである。

 

「おいお前何のつもりだ!? 俺を誰だと思ってるんだ? マイソンシティを牛耳るアーチボルト家の人間だぞ! 俺に何かあったら父さんが黙ってないんだからな!」

 

 と椅子に縛られたまま強がってはみたものの、縄が脂肪にくい込んでボンレスハムみたいになってるので、傍から観れば滑稽極まりない。現に男の方は特に驚く様子もなく、まるで子猫が威嚇してるのを微笑ましく眺めるかのように穏やかだった。

 

「ん〜、いいな君。とても反応が面白い。好きになりそうだ」

「気持ち悪い事いうな! いいからここから出せ!」

「出たければ出してもいいよ」

「は?」

 

 あっさり、明らかに拉致してきたというのに、男はあっけらかんと解放してもいいと言ってのけたのだ。


「何だよ、じゃあ早くだせ!!」

 

 エヴァンは男の対応に疑問を持つこと無く、ただ自身の解放を望んで喚く。


「そう慌てるなって、解放してもいいけど……生命の保証はないからな」

「はあ?」

 

 男は指をパチンと鳴らした。すると牢屋周辺が明るくなってそこにいるモノがハッキリと見えるようになった……いや、なってしまった。


「ひっ、う……うわあああああああ」

 

 そこにいたのは見るもおぞましい化け物達、見た目は多種多様だが、そのどれもが三メートル以上の大きさがあった。

 ある化け物は獣のような牙を持ち、そこから唾液をつねに垂らし続けている。またある化け物は人型だが、両手が異様に長く、また頭が胸に貼り付いていた。別の化け物は身体全体が大きな口になっている。

 

「君を驚かせないよう暗くして見えないようにしてたんだ。ボクって親切だろう?

 それと解放してもいいけど、その牢屋から一歩でも出るとこいつらが襲ってくるから死んじゃうかもしれないよ? それでもでる?」

 

 エヴァンは首をフルフルと横に振って拒否を示した。さっきまでの威勢はどこへやら、すっかり怯えてしまって萎縮していた。

 しかも尿を漏らしてしまい、ズボンの中で足をつたって床に零れる。

 

「おお、バッチイ。悪いけどオシッコとかウンコとかはそのまま垂れ流してくれ、なあに、直ぐに終わるさ」


 残念だが、男の声をエヴァンは聞いていなかった。彼の目には最早化け物しか映っておらず、耳に入るのは化け物の鳴き声だけであった。

 恐怖恐怖恐怖、エヴァンの心にはその言葉のみで埋め尽くされ、頭の中はむしろ恐怖のあまり何も考えられなくなっている。

 この時、いっそエヴァンに暴行でも加えられていれば些か冷静になれたところもあったかもしれない、しかし男は一切手を出さずにただエヴァンを眺めているだけだった。

 何もしてこないから怖いのだ。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 それから二時間程が経過した。

 エヴァンはその間ひたすら化け物に怯え続け、たまに過剰なストレスで意識を失って、直ぐにまた目を覚ますなんて事を繰り返してきた。男はいつの間にか姿を消しており、ここにいるのは化け物達と自分だけ。

 ライオンに囲まれた兎のような気分だ。

 

 しかし時間が経過してくれたおかげで少しは考える余裕が生まれてきた。

 状況は芳しくない、未だ生命の危険にある事は変わりないからだ。アーチボルト家は優秀な人材を抱えているのでおそらくエヴァンが誘拐された事にはもう気付いてるだろう。

 場合によってはここの場所も特定してるかもしれない。

 しかし問題はこの化け物達だ。

 おぞましい、いくら警官隊が突入しても軍隊が来ようとも、この化け物達に勝てる気がしない。理屈抜きで本能がそう告げるのだ。

 

 いつもなら、自分の権力や権威を振りかざせば解決できた。どんなワガママも簡単に叶えられた。学校の成績だってお金の力で自由自在だ。女だって何人も抱いた。

 ギャング相手でも強気に出る事ができた。

 だが今回は違う、化け物達にそんなもの通用する筈がない。

 実際試して見たけど駄目だった。

 

「は、はは……わかったよ……俺の持ってるもんてさ、本物の理不尽には通じないんだな」

 

 エヴァン・アーチボルトは、生まれて初めてダイエット以外の挫折を経験した。

 

「なあ、誰か助けてくれよ……死にたくねぇよ、俺、生まれ変わるからさ……いい奴になるから……誰か、助けてくれ」

 

 追い詰められたゆえか、そんな言葉がポロリと零れ落ちた。エヴァンをよく知る人間が見たら上っ面だけの浅はかなものにみえるだろう、ほとぼりが冷めたらまた元に戻るに違いないと。

 あくまで、エヴァンをよく知る人間ならばだ。

 

「……て言っても誰も来ないよな」

「いや、そんな事はない」

「え?」

 

 声がした、男のようにも感じるが、女のような高い声色だった。エヴァンが顔を上げると、化け物達の真ん中に腰に剣を提げた人間が見える。

 長く美しいブロンドの髪、宝石のような蒼い瞳が印象的な綺麗な女性だった。エヴァンは彼女から一切の目を逸らすことが出来ずに見惚れてしまっていた。

 

「正直君を助けるのは本意ではないのだが、さっきの言葉が本当なら私は君を全力で守ってみせよう」

「あ、あんたは?」

 

 獣のような化け物が女へと襲いかかる。彼女を丸かじりしようと獣の化け物は大きく口を開けて迫った。彼女は腰の剣を引き抜いて一閃、目にも止まらぬ速さで振り抜いて獣の化け物の口を半分程切り裂いた。

 それでも死なぬ獣の化け物にトドメをさすために、彼女はポケットからペットボトルを取り出して中身を剣に振りかけ、懐へ滑り込むように潜り込んでから、心臓と思わしき場所へ剣を突き上げた。

 柄までドップリと深く刺さり、それから化け物は活動を止めてぐったりと倒れ込む。化け物から剣を引き抜いた彼女は他の化け物達を掻い潜ってエヴァンのいる牢屋へと駆け寄った。

 

「君のお父さんからの依頼で助けに来た」

「父さんの……な、なああんた名前は?」

 

 彼女は鉄柵を剣で切り裂いて空間をつくり中へと入る。化け物達はどうやら牢屋には近付けないらしく、鉄柵の手前で立ち止まった。

 

「これは都合がいいな」

 

 女は剣を垂直に構えると、おかしなポーズを取り始めた。まるで弓を構えるような。その疑問に答えるように、彼女の剣は形を変えて弓へと変化した。

 そんな不思議な事を見て驚かない筈はない。

 

「な、なんだあ!?」


 エヴァンの驚きを無視して彼女は弦を引く、すると光でできた矢が現れた。その矢をすかさず放ち化け物へと命中させる。

 見事最初の一体を一射で射殺す事に成功した。

 そこからは作業の繰り返しとなり、彼女は化け物を一体ずつ丁寧に光の矢で始末していったのだった。

 

「す、すげぇ」

「さっきの質問だが、私の名前は……そうだな、クリス・デュランとでもしておこうか」

「クリス、なあここを出たら……その食事とか、どうだ? ほら、お礼がしたいからさ」

 

 化け物がいなくなってホッとしたのか、エヴァンは少しだけ強気さを取り戻して、女を口説くようにクリスへ語りかける。

 事実彼は口説いていた。

 生命の危険がないとわかるやこの始末である。

 

「悪いが私と友好を深めたいというのであれば拒否させてもらう。私は君のような不誠実な人間は好かない、依頼があるから助けはするが、友人になるつもりは毛頭ない」

「お、おいそりゃねえよ」

 

 クリスはエヴァンの椅子をいつの間にか戻していた剣で破壊し、動けるようにしてから、スタスタと歩き出した。

 慌ててエヴァンが後ろからついてきて、ひっきりなしに口説こうとするがクリスは応える気配を微塵も見せなかった。そうこうしてるうちに外に出てしまう。

 外では警官隊が包囲しており、いつでも突入する準備を整えていた。

 

 クリスはエヴァンを警官隊に預けた後、何処へと去ってしまい追いかける事はできない。

 ちなみに、あのタトゥーの男はついぞ現れる事はなかった。結局なんのためにエヴァンを誘拐したのか分からずじまいのままその日は過ぎ去る。

 エヴァンは病院へ連れていかれて精密検査と検査入院の後、ようやく家に帰ってきた。

 

「はあ? 父さんが撃たれた?」

 

 家に帰ってきたエヴァンを迎えたのは執事のレイノルドと、父親が凶弾に倒れたという報告だった。

 

 

 

 

 

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