一七六一年、フランス 〜後編〜


「デオンが目覚めたらしい」

 

 ヴェルサイユ宮殿に用意された宰相専用の執務室、そこの主であるデュランが窓の外を眺めながら、応接室真ん中の長椅子に座ってお茶を飲んでいるクリスに報告する。

 

「私も聞きました」

 

 淡々とクリスは答えるが、内心では喜びと会いたいという感情が燃え上がっていた。それはデュランも同様であった。

 

「会いたいが、今の俺達の立場じゃ」

「わかっています。私はこの後イギリスへ発たねばならないので」

「俺も、ヴェルサイユから離れられないからな……さすがにデオンを呼んだらお前が成り代わってる事が周囲にバレるやもしれん」

 

 デオンは一時期ヴェルサイユ宮殿に勤めていた事があるため、その時の同僚らに本物のデオンを見つけられると、成り代わっている事を見透かされる可能性が高い。

 

「そうですね……もしかしたら私達はもう二度と会わない方が良いのかもしれません」

「だな……まあこれも俺達が決めた事だ。にしても宰相になったら何でもできると思っていたのにな、なってみたら案外なんもできねえ」

「でも予算組みはできますよね? 外交費を増やしてもらえますか?」

「それはできない」

 

 キッパリと断る。

 普段の態度は軽いが、デュランは職務に忠実なのだ。

 

「残念です……ではそろそろイギリスへ行きます」

「あぁ、気を付けてな」

 

 クリスが出ていき、執務室がしんと静まりかえる。テーブルの上に残った自分の分のお茶を飲んでみると、既に温くなっていて猫舌にはちょうどよかった。

 

「あれから一年か……すまないなデオン、勝手に色々決めてしまって」

 

 目を閉じてあの日の事を思い返す。意識不明のデオンを担いでフランスのトネールに戻った時の事を。

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 一年前、一七六〇年フランスのトネールにて。

 ボーモン家の屋敷に運ばれたデオンは依然として目を覚ます気配がなかった。

 倒れたデオンをボーモン家の使用人に預けたクリスとデュランは、応接室でデオンの母親であるフランソワから衝撃の事実を聞かされる。

 

「デオンが悪魔と人間の間に生まれた子供ですって?」

「えぇ、今から三十二年も前になるわね……あの頃は私も夫も悪魔狩りをしていたわ、ある時この街に潜む魔術教団の拠点を叩く任務が与えられたのだけど、その時拠点で見つけた子供がデオンだったの」

「その時デオンの本当の親は、いなかったんですか?」

「わからないわ、何せ全員を私達が殺したから。いえ……半分くらいは悪魔召喚の生贄にされてたわね」

 

 当時の事を思い浮かべるフランソワであるが、さすがに三十二年も前であると記憶が定かではない所がある。

 

「一つ言えるのは、当時の魔術教団は悪魔と人間のハーフを生み出して暗殺者にしようとしていたみたい。半分悪魔……彼等の一部は魔人デモニアックと呼んでいたわ。魔人デモニアックは普通の人間よりも高い身体能力と不老の力を持っているから重宝されたのよ」

 

「その、魔人デモニアック? がデオンなのはわかったが、わざわざ多くの人間を生贄にして産ませるメリットはあるのか?」

「メリットを考えるのは間違っているわデュラン、彼等はそういった損得や感情を無視しているの、もし彼等がもう少し合理的だったら、とっくに悪魔狩りわたしたちが潰していたわ」

 

 合理的に犯罪組織として活動したなら、人間の行動パターンや常識を予測できるので、警察と協力して潰しにかかれる。

 しかし実際はそういった人間の常識なんてものが通用する組織ではない。何の得があるのかわからない場所とタイミングで現れたりするので全く予測がつかないのだ。ゆえに悪魔狩りが着いた時には全て終わってる事も少なくない。

 

「そうか、人的損害を無視してるからグリモワールを躊躇いなく使えるのか」

「そういえば、デュランの推理では、魔術教団の目的は本物のグリモワールを見つける事でしたね」

「ああ」

 

「目の付け所がいいわねデュラン、流石宰相候補の一人。

 補足しておくなら、グリモワールていうのはどれもある意味では本物なの。デュランの言っている本物のグリモワールていうのは、一番最初に書かれたグリモワールの事を指すのだけど、それは読む人間に合わせて悪魔召喚のやり方が変わる本なの。

 つまり本を使って正しく悪魔を召喚した人間が、その経験を元に書いたのが現在出回っているグリモワール。そして悪魔召喚は人によって方法が異なるから、グリモワールに書かれている方法は作者のためだけのものになってしまっているの」

 

「作者だけの方法だからある意味本物というわけか」

「そういう事、そして本物のグリモワールのタイトルは『ソロモンの魔傅までん』、幸いこれはまだ魔術教団の手に渡っていないわ」

「渡っていたら大変な事になっていたな、ほぼ犠牲無しで悪魔召喚できるから」

 

 魔術教団がホントのカルト教団である事は再認識できた。もし彼等がソロモンの魔傅を手に入れてしまえば、この世界は悪魔を操る教団に支配されるかもしれない。

 

「もう一つ疑問があるのですが、何故悪魔憑きがあるのでしょう?」

 

 クリスが尋ねる。彼女の脳裏に学生時代に戦った教師の姿が思い浮かんだ。

 

「単純に、自分の手で悪魔の力を使えるからよ」

 

 悪魔をペットとして操るのと、悪魔の力を自分のものとして扱う。その違いだけなのだ。

 そして悪魔を直接呼び出すのも、取り憑かせるのも大して変わらない。どちらも成功率は同じくらいで、死亡率も同じく高いから。

 

「さて、話を戻しましょう」

 

 いつの間にかデオンの話から魔術教団の話に変わってしまったため、一通り話して区切りのついたタイミングでフランソワが引き戻した。

 

「デオンの事情はわかったと思うわ、それであなた達はどうするの?」

 

 どう……とは、勿論デオンの扱い方と付き合い方である。

 二人は一分程黙想し、まずデュランが口を開いた。

 

「俺は、変えるつもりはない。今まで通りさ、ころころ人付き合いを変えるような性分でもないしな……あぁでも、デオンはこの事を知っているのか?」

「知っているわ」

「なら一回殴らせて貰おうか、俺達を信用せずに黙っていたのは流石に怒る」

「ありがとうデュラン、これからもデオンをお願いするわ……クリスは?」

 

 尋ねられたクリスは少しだけ目を閉じ、そして再び開くと微笑んで応える。

 

「私も今更デオン様を見捨てるようなことはしません」

「ありがとうクリス」

「はい、それで一つ思いついた事があるのですが」

 

 そうしてクリスから発せられた提案は、クリスがデオンに成り代わるという二人の度肝を抜くものであった。

 確かにクリスがデオンに成り代われば、デオンがデモニアックである事がバレずに済む、しかし危険すぎるので当然フランソワとデュランは反対するのだが、クリスは頑固に譲らず、三ヶ月もの間熱心に説得を続けた末、ようやく二人は観念して受け入れたのだった。

 

 尚その間の国への報告は、天然痘の治療という事で全部強引に誤魔化した。

 

 

 

 

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