それはいつも不可解で


 異変というものはいつでも突然起こるものだ。

 この時起こった異変はある者には歓びを、ある者には更なる不安と恐怖を与えるものとなった。

 

「どういう事だこれは」

 

 バリエステスへ通ずる雪原を見下ろせる山がある、年中雪が振り積もっている雪山なためにここへ好んで入る者は滅多にいない。

 その山に登り、雪原を見渡している者がいるが、彼等は決して好んで立ち入ったわけではない。彼等は訪れる砂の魔王とその軍隊を監視するためにそこにいるのだ。

 

 砂の魔王は半日程前に雪原へと姿を表した。進軍速度をみてバリエステスまでは短くても四日以上はあるとみられた。

 彼等の任務は砂の魔王の動きを監視する事、何かあれば報告する事の二つのみ。

 忠実に任務を遂行していた彼等の目にそれは起った。

 

「砂の軍隊が……崩れていく」

 

 そう、頭に『砂の』がつくだけに砂となって砂の軍隊が崩れていくのだ。原因は不明、水分を吸ったからなのか寿命なのかはわからない、だが確かに敵は崩れていくのだ。

 そして軍隊全てが崩れた後、最後に残った砂の魔王もサァァと砂となって崩れて風に流されていく。風が止んだ後、雪原を埋め尽くす程にいた砂の軍隊は跡形もなく消えていた。唯一残された足跡だけがそこに砂の軍隊がいたことを物語っているが、それもじきに雪に埋もれて消えゆくだろう。

 

「一体、何が起きたんだ」

「とにかく報告だ!」

 

 職務に忠実な監視員のおかげで半日も経たぬうちに、バリエステスの街中に砂の魔王が自滅したという報せが広く報じられた。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 砂の軍隊が消失した日から三日後、あれ以来砂の軍隊が現れたという報告もなく、バリエステスの街は少しずつ平穏を取り戻していた。

 同時に避難した人も徐々に戻ってきており元の活気を取り戻しつつあるのだが、反面砂の軍隊と戦うために集められた傭兵や兵士達の一部は、長年の勘から突然消えた事に違和感をおぼえ、むしろ警戒心を強めて砂の軍隊捜索にあたっていた。

 クラウザーもまた砂の軍隊消失に言い様もしれない不安を抱きながら街を散策していた一人である。

 

「なんで突然……罠……だよな、うむむ」


 思案に耽っていたからだろうか、気付くと大通りを外れて陽の光があまり届かない路地裏へと来ていた。


「変なとこ来ちまったな。くっせえしとっとと帰るか……変な置物もあるし」


 ついでに言えば行き止まりなためこれ以上先へは進めない、端には謎の生き物を象ったオブジェクトがある。興味本位でよくよく観察してみるとたてがみが勇ましい獣の顔から、何かの獣の足が円を描くように五本生えていた。


「それはブエルと呼ばれる悪魔ですよ」

「誰だっ!?」


 背後から声をかけられ、反射的にクラウザーは左手の籠手に魔晶石をはめ込んで臨戦態勢を整えた。

 一方相手のほうは慌てた様子で両手をバタバタと仰がせて敵ではないとアピールする。落ち着いてみるとそれはサンジェルマンだった。


「なんだサンジェルマン伯爵か、驚かさないでくれ」

「驚いたのはこちらですよ~」

「つーかなんでこんなとこにいるんだ?」

「あなたがここに入っていくのをたまたま見かけましてね、追いかけてきたんです」

「そらまた妙なファンがついちまったな。で、ブエルったっけ? あんたはこれを知ってるのか?」


 これとはサンジェルマンが先程ブエルと呼称した謎の気持ち悪い置物のことである。


「ええ、私の故郷に伝わる悪魔を象った置物でしてね。ブエルとはソロモン王が使役したといわれる72の悪魔の一人なんです」

「ふーん悪魔ねぇ、そのソロモンて奴はよっぽど命知らずなんだな」


 悪魔といえば魔神と呼ばれる最上位の種族であり、決して人間の手におえる相手ではない、悪魔一人で街一つ滅ぼすことなど呼吸するよりたやすい存在を人なんぞが制御できるはずがない。


「まっ御伽噺としてはその方が盛り上がっていいんじゃねえか?」

「因みにそれは私が置きました」

「お前かよ!」

「魔除けの意味を込めて街の至る所に設置していたんですが、無駄になりそうですね」

「魔除けなんかより結界の魔晶石でも買ったほうがいいと思うぜ」


「ははは、恥ずかしながら私、魔晶石から力を引き出せない体質なんですよ」

「あぁ、それは……悪いこと聞いたな」

「かまいません」

「そうか、まあなんだ。効くといいなその魔除け」

「ええ」

「じゃあ俺はもう行くわ」


 サンジェルマンと別れてクラウザーは大通りへと戻る。

 とりあえず一度ミレニアムに戻ることにしよう。




 ――――――――――――――――――――


 


「やれやれ、気付かれたかと思いましたがどうやら大丈夫そうですね」


 サンジェルマンは屈んでブエルの置物をさらっと撫でる。するとその傍らから突如腕のようなものが生えて周囲の地面を間探った。


「こらこら、あなた達が出てくるのはまだ早いですよ。夜になるのを待ってくださいね」


 まるで親が自分の子供を窘めるように語り掛ける。腕はその言葉を理解したのかはわからないが、すごすごと『砂』となって消えていった。


「さて、オブジェクトは72個置けましたし、人々も充分戻ってまいりました。夜が楽しみです」


 今夜起きることを想像してサンジェルマンはほくそ笑む、あまりにも愉快で楽しみなできごとゆえにだ。

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