第98話 避ける事の出来ぬ事象
ーーーフローラ帝国 帝都オーガストリア
…地下牢
「誰かぁ…おーい。一体何が起こってるんだよ?なぁ、おーい!」
「…うるさいわね。シュウト様達じゃないのは間違いないわよ」
本来であれば厳重に見張られるべき牢獄。
それも、ここは軍備の増強に余念がない帝国の帝都地下牢だ。
「まじで誰もいないの…?なら、失礼しちゃっても良いんじゃないか」
牛顔の青年は鉄格子から見える外の様子を見ながら呟く。
「帝国の檻は魔法鋼で作ってあるから、武器も無いあんたじゃ無理よ」
「んだよ、セルンがあの神経質そうな姉ちゃんに良い負けたから、反乱補助罪とか言うので捕まったんだろー」
「…!?」
信じられない事を牛顔の青年、コルロンは言い放つ。
まるで自分は悪くないと。
その態度にセルンと呼ばれたエルフの少女は、美麗な顔を醜悪に歪め青年を睨みつける。
「ぅっ…ぴー、ぴぴ〜…」
下手な口笛である。
そもそも、報告の任務を任されたのはコルロンだ。
セルンは「一人じゃ心配だから」と、シュウトに頼まれたから嫌々同行しただけ。
たしかに彼女は、帝国の交渉役であるケープと言う女性に言い負かされはした。
しかし、そもそも交渉の土台にすら立てそうになかったコルロンよりはマシな筈である。
それなのに、自分はとばっちりを受けただけのように振る舞う青年を見て…
「その頭のツノ引っこ抜いてボッコボコにしてやろうかしら…」
「…ひぃっ!」
コルロンはここが牢獄で良かったと初めて感じるのでった。
今現在、世界はラヴァーナ教と餓狼蜘蛛によるクーデターの真っ最中である。
帝国もご多忙に漏れず、国土のおよそ半分は混乱の真っ只中だ。
その中でも王城がある、このオーガストリアの街は混乱が大きい。
なんせ犯罪者を収容する場所に兵士が居なくなるほどだ…
「…ぐぅ〜……ぎゅるる」
「うっさいわね。お腹ぐらい我慢しなさいよ」
「いや、俺じゃねー」
地下牢は三階層になっており、一応隣国の要人扱いで中層に捕らえられる二人の他には、この層には誰もいない。
「…ぐぐぅ〜…ぎゅるきゅる…」
「あんたじゃないなら…まさか、オーク!」
「おいおい、取引材料にするから大事に扱うってのは嘘かよっ」
布を引き摺り動く音と、粗野な腹の音が辺りを支配する。
オークは人と魔獣の混血が粗だ。
一応、亜人に分類されるが知能は低く、三大欲求にひたむきな者が多い。
…つまり、食う寝る犯すだ。
「セルンはぐちゃぐちゃに犯されてオークの子供を身籠もられるんだ…そして、俺は美味しくステーキに」
「…不吉な事言わないでよ!私の初めてはシュウト様に捧げるんだからっ」
ズリズリ…と衣擦れの音が大きくなる。
敵は近い。
二人は丸腰ながら牢内で身構えた。
「「……?」」
「…キザ男…じゃ、ない。シュウト…の部下、さがしてる…教えてくれたら…にがす」
二人は我が目を疑っていた。
互いの頬をつねるが、そこに居るのは爆音で腹を鳴らす、緑の髪をフードに隠す小さな少女だけだ。
「…あなた、エルフ?」
「…はんぶん。そんなことより…知ってる…の?」
レア・アーカディアの見た目はエルフとドワーフのハーフ少女である。
セルンは相手が半分自分の種族だと分かる緑色の髪に安堵しながら答えた。
「その、申し上げにくいんですけど、私達がその…シュウト様の部下です」
「…そう、なら……あっ、おめぇらの仲間は迷子だから置いてきた。決して面倒だから探さなかった訳じゃない。だから、お前達は私に助けられた事だけ伝えれば良い」
「は…はい。」
「見た目によらず口が悪いんだな…」
「…はぁ、つかれた…コンバットクエイク」
レアが魔法を唱えると、鉄格子を支える部分にだけ超濃度の揺れが起こる。
壁と格子は対魔鋼を仕込んであるにも関わらず、グチャグチャに折れ曲り「ガキンッ」と音を立てて倒れ、門としての役目を放棄した。
「凄い…なんて魔力…」
「…もう生意気な口叩きません!」
二人は牢から抜け出すと自分達の装備を見つけ出し、使用人用の扉を使い城を抜け出した。
「ほんとに混沌としてたな…」
「あの、レア様ありがとうございました。シュウト様から派遣された仲間を見つけて帰還します。このご恩は忘れません!」
「…むふんっ」
自慢げなレアに、セルンはもう一度しっかり頭を下げると踵を返した。
帝都内で落ち合う場所なら目星はついている。
シュウト以外に尊敬に値し、目標とすべき人物に会えた事を感謝しながらその場を後にするのであった。
「えっ?あ、あれ…あ、ありがとうございやした!」
薄い胸を張り続けるレアに軽く頭を下げると、コルロンはセルンの後を追うのであった。
ぐぅ〜ぎゅるる…ぐぐがるるぅ
「…おなか…へった……かえろ」
レアは腹をさすりながら、また道に迷うのであった…
ーーーグデ山 隠された遺跡
王国と帝国を分かつ重要な役目を持つグデ山…
しかし、この山にはかつて悪魔崇拝を行なっていた密教徒達の遺物が残されていた。
それは、かつて悪魔王を呼び起こしたとされ、人類を滅亡の際まで追い詰めたとされる曰く付きの物だ。
生き残った人々により破壊され隠匿されたにも関わらず、そこは過去の栄華を取り戻さんとしていた。
「… ベイちゃんよ、こりゃアカンわ。ここにおる奴ら本気で悪魔王を復活させる気やで」
「…一部狂った奴らがいるのは知ってたんですが、早々に大旦那を呼ばねぇとまずいみたいすね。レンの旦那が出て行って、ちょちょっと片付けるのは無理なんですか?」
鬱蒼と茂る木に隠れ、気付かれないよう遠巻きに様子を伺う二人。
他の仲間達は後続組への道案内要員として、一定間隔で配置している。
ここから見えるだけでも下級悪魔(レッサーデーモン)が十数体、序列は低そうだが悪魔の姿も見える。
故に、この場で無双しようと思うと、最低でもレベルは100必要だろうし、スキルも能力を飛躍的に向上させられるものがいるだろう…
「…絶対ムリや」
つまり、レンには不可能であった。
昔のレンであれば『死に戻り』の可能性を含めて突っ込んでも良かったが、アキラやユウト達と出会い彼は変わったのだ。
意味のある死ならまだしも、無駄死にするなら帰還方法を仲間と模索する方が賢いと。
「まぁ、ユウト達さえくれば何とかなるやろ。もし仮に悪魔王が復活しても、シャルだけ連れて逃げればええしな」
「旦那…ひでえっすよ。俺も連れてって下さいね」
当然とした顔で答えるレンに、ベイリトールはツッコミを入れる。
その顔は苦笑いだ。
もちろん、レンがそんな薄情な人間では無いと思っている。
が、ベイリトールとて危機的状況に陥れば、それもやむを得ないだろうとも考えていた。
命あっての物種である。
しかし、恐ろしい光景だ。
異形の存在である悪魔と、目を見開き充血させ口は半笑いの人間達が、協力して遺跡の修復に従事している。
そして、その指示をしているのは神経質そうな顔に眼鏡を掛けた不健康そうな長身の男だ。
真横に序列持ちの悪魔が用心棒のように控えているとはいえ、普通の人間では理解不能な状況と言える。
「…ヘッケラン・アシュペルガーか。たしか、アキラに鑑定させた水晶もアシュペルガー作やったなぁ。ユウトがどんな反応するか」
「大旦那は旦那を高く買ってましたからね、名実共に右腕でしたし。今の旦那を見て取り乱されないと良いんですけど」
ヘッケランと付き合いが長いベイリトールは意外と冷めた反応に見える。
彼らは傭兵であり、個人の集まりなので雇い主とは一歩離れた距離を保つ者が多いからだ。
中には惚れ込んで生涯就職を誓うこともあるだろうが稀だ。
客観的に立ち関係を推し量れるベイリトールこそが、今回の反乱劇に一番納得できていない人物かもしれない。
そんな彼が心配する二人の雇用主の関係は実に危うい。
ユウトはヘッケランを信頼し頼っていたし、ヘッケランもそれを悪く思っていなかったはずだ。
少なくとも、最初にやっていた頃よりは随分楽しそうに悪巧みを考えていたはず。
…名実共に世界一の商人になれそうだったのに、何で大旦那を裏切ったんですかねぇ。
「楽しそう…には見えんのやけどな。何か迫られるっちゅうか、これが義務なんや〜って感じに見えるな」
「そう…ですね」
「どうしてもヤらなあかんのなら、俺が助けたるしか無いんかな…ユウトはああ見えて結構優柔不断やしな」
「姉御達の尻に敷かれてるだけなんじゃ…」
「それもあるけどな」
…ミーンミンミンミーンッ
二人の話を切り裂くように鳴り響く蝉の声
「ユウトから連絡か…って、秋も終わりに近いのに蝉かい」
幸い森には他の虫も多く、鳴き声で気付かれてはいなさそうだ。
しかし、季節外れの虫の音に苦笑いしながらレンは応答する。
『悪魔王召喚の儀』クエストである可能性と、ヘッケランの存在についての事前確認であり、二人の認識がほぼ同一である事が分かってしまった瞬間でもあった。
「…分かった。もうすぐ着くから」
ユウトは重い雰囲気で短く答え連絡を切った。
…おいおい、会う前からこの反応て。
冷静に判断できるんかいな…
最悪、姉ちゃん達と相談して俺がヤるしかないか。
あいつらには借りも多いし、恨まれるんは俺だけで十分やろ。
レンはイベントリのポケットに虫をしまうと沈黙した。
…
「…ヘッケラン、我は所用を思い出しタ。少しこの場を離れるゾ」
「悪巧み…ですか?大事な時ですので、ほどぼどにお願いしますね」
「分かっていル。迷惑はかけン…」
ヘッケランの横に侍っていた悪魔は持ち場を離れ悠然と歩き出す。
石の隙間から雑草が飛び出る整地された遺跡の石畳を超え、1m先も見通せないような鬱蒼と生い茂る木々の隙間を目指して。
僅かに感じた違和感の正体を確かめるように…
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