第89話偽る者

ーーーーーー神国 西方教会地区

小高い丘から見下ろすと一面の穀倉地帯が広がる。

その中に一際大きな教会と、それを囲む雑多な建物が、色々な文化を吸収して出来た街だと言う事を伝えてくる。


その風景を眺めながら一息つく男の後ろ姿がある。

背中は大きく逞しい。

体毛も濃く全身から男らしさを感じさせる。

背中に背負った刀が剣士である事を示し、放つオーラは強者のソレである。


「さてとっ、行くか。」

男は立ち上がると顔をひと撫でする。

フサフサの毛が手を押し返し、頭の上についた丸耳がピクピクと反応を示す。


熊のような人間…熊人族であるベアーレ・シルヴァは西方教会を目指していた。


師匠が引退し後輩が後を継いだ。

道場に自分の居場所は無くなり、怒った同期が軽く返り討ちにあった。

自分には元々役目があり道場を継ぐ選択肢は無かったが、ガリフォンと言う偉大な男の時代が終わった事にモヤモヤは残った。

「あ〜あ、俺もバルの奴みたいに当たって砕けときゃよかったかなぁ…でも、腕失くす訳には行かんしなぁ」

モヤモヤを吐き出しながら丘を下るベアーレの前に、金色の穂をつけた畑が実りを見せつける。

「分かってるって。こんな器じゃ、親父の後は継げないだろ?…俺もそう思うよ。」

誰と話しているのか、大きめの独り言は何処かに相手がいるのかと想像してしまうようだ。


真っ直ぐ街を目指していたベアーレは、耳をピクリと反応させると「ふむ。」と呟き、突然進路を変える。

何かに誘われるように水田の裏に回ると、農家の人間が商人の話を聞いているようだった。


「ですから…なぁに、すぐに…ですとも!」


「「ほぉ〜」」


何やら盛り上がっているようで、商人の口上が上手いのであろう事が読み取れる。

しかし、その口上とは別に黒い霧のような物がその場を覆っているようにも見えた。


不審は確信に変わり、ベアーレは静かに商人の元まで行くと明るく声を掛けた。

「やぁやぁ、一体何を盛り上がってるんだ?良い話なら俺も混ぜてくれよ!」

腰に下げた金貨袋を叩きながら笑顔で話しの輪に入って行く。


商人はベアーレの中身が詰まった袋を見て目を光らせる。

「これはこーれは、武芸者様でしょうかー?わたくしは災害に強い『種』を売り歩く、ケーチな商人でございますぅぅ」


テンションのおかしげな商人をつぶらな瞳で見つめるベアーレに、周りの農家達も異様に盛り上がって勧めてくる。

農業と関わりのないベアーレには関係の無い話ではあるが、この種を買い広めて行く事が正しいのでは無いかと思えてくるほどの勢いと雰囲気だった。


「…そうだな、それが本当の話で貴様が人であったなら私も一つ購入させてもらうのだがな。」


「おーやおやおや?何かご不快に思わせる事をしちゃいましたかねぇぇえ???」


「俺は西方教会に雇われた剣神流の人間だ。そのまま死にたいなら構わないが、名乗りはあげたし…もう斬るぞ?」


「……」

初めはしらばっくれる気全開だった商人は、そこまで聞くと表情を一変させた。


「おやおやおーや、面倒なのに捕まりましたぁあね…」

諦めたように呟く、と同時に商人を黒い霧が覆う。

すると、先程までの人の体は異形な物へと姿を変えていった。


全身がゴツゴツとした黒い皮膚へと変化し、背中には蝙蝠のような鋭い翼が生える。

顔も恐ろしくなっていく…目玉は拡張され、鼻は削げ落ち歯はギザギザになり野獣のようだ。

そんな元商人を見ても農家達は顔色一つ変えず、人だったソレに声援を飛ばす。


「喝っ!!」

「「ひっ!?」」

一種のトランス状態に陥っていた農夫達にベアーレが大声で檄を飛ばすと、短い悲鳴とともに意識を取り戻した。

そして、目の前の悪魔にみるみる顔が青ざめていく。

状況が飲み込めないのか、声にならない声で「あわあわ」と呟き口を押さえている。


「正気に戻ったなら下がっていろ。コイツには聞きたい事があるんだ。」

ベアーレは農夫達を後ろに下がらせると隙の無い表情で刀を構える。


「おーやおや、これはぁ…まずいですねぇ。やられてしまっては主人の使命を全うできませんからねぇーえ」

口ではピンチと言いながらも緊張感の薄い悪魔は、ニヤリと笑い空中へと飛び上がった。


刀のリーチが届かない空中なら、下位悪魔(レッサーデーモン)である自分でも高レベルの剣士相手に分があると踏んだのだ。


「ふむ…もう、いいのか?」

「きゃーはっはっはぁ!剣士であるキミが一体何をすると言うのかねぇー?こーれはまさーに、形成ぎゃっ!?ぎゃぁあっっ!」

高笑いしていた悪魔は悲鳴と共に地面に激突する。


「飛ぶ斬撃を知らんのか?やはり下位悪魔と言うところか」

真空派を作り出す、スキル竜飛鳳舞を使い腕と翼を切り飛ばしたベアーレは、這い蹲る悪魔の肩口に刀を突き刺す。


叫び声を上げ暴れる悪魔を黙らせると静かに問いかけた。

「悪魔王(デーモンロード)の復活は何処まで進んでいる?後何が足りないのだ?」


「ぐぅぅ…ぐっくっくー。ワタシを止めたところで時代の動きは止められないのですねぇー。ざーんねん、あっ、ざーんね」

絶体絶命の状態でも答える気が無い悪魔の姿に、分かっていた事とは言え肩を落とすと、ベアーレは懐の短刀を使いとどめを刺した。


話の途中で殺されたことに驚きの表情を浮かべながらも、悪魔は黒い霧となって消えていった。

「あ、あの〜…剣士様、助けていただきありがとうございますだ!」

悪魔が消えた事で安堵した農夫達が口々にベアーレへ感謝を伝える為、わらわらと近寄ってくる。


農夫達は操られる前後の事を覚えておらず、先の疑問が解消される事は無かった。

しかし、一先ず西方教会からの依頼は無事解決できたと安堵するベアーレ


これから、もっと大変な事に巻き込まれるとは知らず、笑顔で農夫達に応えるのであった…








ーーーーオーガストリア 来賓の間

「俺、こう言うのはキンチョーするんだよ。だ、だからさ、喋るのはセルンに任せていいかな?な?な?」

「はぁ?あなたお館様の代理でしょ?バカ言ってないで、しっかり報告しなさいよねっ」


帝国の程度に訪れた和服に身を包んだ男女。

シュウトが見兼ねて吸収する事を決めた辺境の村での事を「上手い事言って全滅してた、と納得させてこい!」と、無茶振りで送り出された牛人族の青年コルロンとエルフの少女セルンだ。

護衛隊としての実力は上だが口下手なコルロンは、見た目よりも実年齢が高く口の上手いセルンに報告業務を丸投げしようと必死にお願いしてみるが期待薄。


ダメ押しで「頼まれたのはアンタ」の一言を告げられバッサリ切られた所に、タイミング悪く帝国宰相の秘書官であるケープと言う女性が現れた。


ごくりっ…

生唾を飲みフライング気味に立ち上がると勝手に自己紹介をはじめる。

「あ、あのあの…おれっ、いや、わわわたくしは、シュ、シュウト様の代理で、コ、コルロンと言いますぜ!」

「ちょっ、バカじゃない?どんだけ緊張してんのよっ!」

あまりの酷さに思わず肘打ちを入れるセルン。


そんな二人を見てケープはほくそ笑む。

これは簡単そうなのが来た…と。

内心を隠しながら笑顔を作ると軽くお辞儀をして挨拶を返す。

「これはご丁寧に。…シュウト様の代理、ココルロン様ですね。わたしは宰相カリオペアの代理でケープと申します。で、そちら様は?」

テンパった顔でコが一つ多いと訴えるコルロンを無視して、もう一人の少女に視線を向けるケープ

小さくため息をつくと、セルンは優雅に名乗り返す。

「お初にお目にかかります。わたしは、この度の報告係としてコレに同行しておりますセルンと申します。」

コレ扱いされるコルロンの視線を無視しながら余裕の笑みを浮かべると、話をするのは自分だとかってでる。


「…話は簡単に伺っております。もう少し詳しいお話を聞かせて頂きましょうか。帝国領を襲ったと言うシュウ…魔獣の話を」

言い間違いそうになった、とワザとらしく口元を押さえ、ケープは二人をテーブルに案内し、席に着く交渉相手であるセルンを見つめていた。

先ほどまでの油断は改め、気を引き締め直す意味を込めしっかり観察する。

自分の能力をカリオペアに示すためにも決してミスは許されないからだ。


元々、ケープは下級貴族と平民の間に生まれた子供で、階級的には平民と大差ない。

普通であれば要職に就く事は出来ない身分だが、才能があると自分を見出してくれたカリオペア。

彼にに絶大な恩を感じているケープは、期待に応えたいとの想いが強く内心では必死だ。


しかし、対するセルンとて大恩あるシュウトに迷惑が掛からないよう必死だ。

涼しい笑顔とは裏腹にケープを納得させなければ、また帝国と戦争する羽目になりかねない。

プレッシャーに胃をキリキリさせながらも余裕を見せる。

横で「もう、後はセルンにお任せ(ハート)」的な油断顔を晒して諦めているコルロンには、まったく期待はできない。

…自分がやりきるしかない。

(話が終わったらこのバカぶっ飛ばして、シュウト様に言いつけてやる)

セルンは不甲斐ない相方への怒りを胸にケープを見つめ返す。


互いの主人の為、負ける事が出来ない両者の壮絶な舌戦が始まるのであった…

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