第85話 閑話〜日の本での出来事①〜
異世界より転移させられた黒崎秋人、シュウトが治める国家「日の本」
ここは、各国から差別・迫害・貧困etc…
様々な理由で人々が集まってくる。
この国でシュウトが定めた流民を受け入れる為の大きなルールは『人に迷惑をかけない、他人を思いやる』この二つの原則だ。
もちろん他にも細かな法や規則もあるが、原則ルールさえ守っていれば最低限の暮らしと安全が保証される。
しかし、このルールすら守れない者は癌と見なされ容赦無く締め出され
最悪の場合は処分か、殺されずとも奴隷として売られる事になってしまうほど厳しく定められている。
「…ハル、コハル!」
シュウトの呼びかけに即座に反応する人影が、恭しく跪き返事をする
「御用でしょうか、シュウト様?」
まるで忍者の様に現れるコハルの姿に頷くと、半民半国営として営んでいる各商店やフランチャイズ事業の売り上げ等を報告させる。
これはほぼ週一のペースで行われており、揉め事や従業員達からの相談等が無いかも確認しており、国家財政の根幹である事業収入の進捗にも気を配っているのだ。
何故ここまでシュウト自身が把握に努めなければならないかと言うと…
そう、日の本では税金が掛からないのだ。
ルールさえ守り市民になれれば、安全や公共インフラに払うべき税金を納めなくて良いと言う特権が与えられる。
もちろん一部の商店や国内で仕事を営む場合は、『献金』と言う形で徴収制度を敷いているが、金額は無理のない程度しか科せられない為、王国や帝国での暮らしとは雲泥の差であろう。
そんな国民からの税収と言う安定した固定収が少ない国家の台所事情は、シュウトが経営する旅館や飲食フランチャイズに、和風小物や着物ちっくな服飾品などの売り上げで国営費を賄っている。
だからこそ日々の売り上げや、そこで働く者達の意見は大変重要な確認事項となっているのだ。
一通りコハルから報告を聞き終えると、それに対して細かな指示を出していく。
もちろん国家運営の経験などシュウトには無いし、現世時代はしがないサラリーマンだった訳だが、自分なりに最善と思われる事を試行錯誤している。
必要な確認とすり合わせが終わると、コハルの意見も聞く。
この世界で大きな裏切りを経験したシュウトからすれば、彼女は全幅の信頼をおける数少ない仲間である。
そんな実務責任者の意見も聞き入れながらミーティングを終えた。
最後にこの後の所在を聞かれ、日課に向かうと言いシュウトは席を立つ。
コハルはそんな主人の姿を頭を下げて見送りながら少し微笑んだ。
昔のように重く厳しい表情では無く、ワクワクと嬉しさを抑えきれない顔をしていた
…
「入るぞ?」
「あっ、ハイ!どうぞっ!!」
まずシュウトが訪れたのは、メイドスーツに身を包みバッチリと容易を整えた、シュウトの妹…的存在であるアスナの部屋だ。
「…お前、本当に毎日ソレで行くのか?メイド服は和風なうちの国には合わないだろ?」
「ひどいっ!い、いいじゃないですかぁ!ルサリィちゃんのメイドスーツ姿が可愛かったから私も真似っこを……ダメ、ですかぁ?」
背が小さいので両手を合わせて祈る様に見上げて問うアスナ
普段は賑やかで元気な彼女が見せる愛らしい表情に、ギャップ萌えするシュウトらたじろぐ。
「あれくらい賢くなってくれれば、俺としても助かるんだけどな?」
可愛さに押される自分を抑え込み、にやりと笑うとアスナのふんわりとした栗色の髪をポンポンと撫でる。
アスナは「ムキーッ!」と、怒ったふりを見せてはいるが、その口元は緩んでいてスキンシップを楽しんでいるのが見て取れる。
…イチャイチャするのはヤメテもらいたいものだ。
そんなやり取りを経てようやく本題の街中デー…パトロールを始める二人。
今まではシュウト一人で行っていたが、アスナの目が治ってからは毎日一緒だ。
「大将、今日も二人で熱いですなぁ!」
「うるせぇ!ぶっ飛ばすぞっ!」
いつも通る青果店の前で店主の元冒険者に怒鳴り散らす横から、アスナが騒がせてすまないと店主に謝る。
その光景を周りの人達が朗らかに笑う。
これは昔の日の本ではあり得なかった光景だろう。
アスナが付き添う事でシュウトの棘が潜み、明るい空気が醸し出されるのだ。
これは記憶を無くしていた時のアスナでは表現出来なかったと思う。
それに辛い思いを色々と味わいはしたが、最終的にシュウトの元に戻れて身体も心も昔を取り戻せたのは、二人にとっても国にとっても大きな影響を与えた筈だ。
だから見下していたユウトの下に入る事すら厭わなかったのだろう。
それ程に大きな出来事だったと言う事だ。
「…アスナ、あいつを捕らえろ。」
突然一人の男を指差して命令を下すシュウト
「はっ、は、はいっっ!!アンチェインッ!」
驚きながらも即座に魔法を唱え指定された人物に光の鎖を発動するアスナ
突然の事に騒然とする国民達
焦って逃げようとする男…
しかし、光の鎖は対象者以外をすり抜けて男に迫ると四肢を正確に絡め取った。
「ぐっ、な!何をする!お、横暴だっ!」
動かない手足の代わりに精一杯の声で無罪を主張する男、しかしそんな彼の胸ぐらを掴むとシュウトは言い放つ
「帝国の密偵なんぞに人権も保護もねぇぞ?」
その言葉に顔を青ざめて反応する男
しかし、それも数秒の事で表情は一変し、死を覚悟した者のソレへと変化させていた。
「ちょっと待て、別にお前を咎めたり処罰する気は無い。ちょうど帝国に伝言を送りたいと思ってたんだよ。」
シュウトは男の自害を止めると、帝国に戻って雇い主である宰相カリオペアに伝えろと続ける。
「ウチやユウトの所に、またちょっかいを掛けようとしているみたいだが、挟撃されて滅ぼされたく無かったら大人しくしとけってな」
「ぐっ…わ、分かった。つ、伝える」
密偵の男は歯噛みしながらも了承する。
すると光の鎖が消え拘束が解かれた。
いそいそと走り去る男の背で民衆達が二人を持て囃す。
その声を胸に刻みながら男は帝国を目指した。
その後、二人は巡回を終えると一旦屋敷に戻りコハルと三人で予定を確認する。
「俺は近くの村を回ってくる。だいぶ余裕も出来たし少しくらいはここを空けても大丈夫だろ?」
「はっ、その間の事はお任せください。何かあれば連絡を飛ばさせて頂きます。」
「シュウト様、私はどうするのですか?」
「アスナは俺と来い。あと、共を付けるから5、6人見繕ってくれ。馬車も大きめのを頼む。」
「畏まりました。」
頭にハテナを浮かべるアスナを他所に、コハルは頷くと直ぐに行動を開始する。
一刻もしないうちに依頼した全てが揃いシュウト一行は街の外へと進み出した。
しばらく進むと自国の警戒が及ばない地域に差し掛かる。
たまに出てくるモンスターを護衛達に訓練がてら討伐させ、帝国とトプの大森林に繋がる境界辺りまで進んできた。
「お館様、この先に集落が見えます。…大した数ではありませんね、おそらく100人いれば良い方かと」
「あそこに向かうぞ。」
護衛団のリーダーを務める牛顔の青年に指示を出し、貧相な柵と簡単な作りの木造住宅が集まる村へと進んで行く。
普段モンスターくらいしか来客の無い村の門番は、大急ぎで警戒の鐘を鳴らし緊急事態を村の住人達に伝える。
「ととと、止まれっ!ってくださ…ぃ。」
明らかに自分達よりも高レベルだと分かる一団に必死の形相で、懇願するように止まってくれと頼む。
彼も自分の村を守る為に必死なのだ。
粗末な竹槍を向けられ停止したシュウトは、彼の心中など気にする事も無く「村長を呼んで来い、中にいれろ。」と言い放つ。
侵略者然とした態度に護衛団はやれやれと、アスナはオロオロとした表情を浮かべる。
程なくして現れた長老は、いかにもな老人では無かった。
腰も曲がっておらず年齢も壮年から初老と言ったところか。
「こ、こんな辺境の村に何のご用でしょうか…ここは帝国領になります。どうか手荒な事はっ」
「関係無いし興味もない、この村は俺の物だっ!」
「「…!?」」
言葉にならない表情で村長とシュウトを交互に見つめる村人達
村長の嘆願は何だったのか…一方的な暴力をチラつかせて、自分達の住処を都合良く荒らそうとする野蛮な男
少し冷静になってくると、あまりの理不尽な要求に村人達の頭に血が上っていく。
命を投げ打ってでも戦うべきだとの感情が村人達の表情から見て取れるほど熱くなっている
いつ、誰が飛び掛ってもおかしく無い状況に緊張感が辺りを包んだ。
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