第83話深き森の不穏な動き
ーーーー神国
「…ゼル様ぁあ!ヴァイゼル様ぁぁあ!」
神聖国家アルテマロのセイクリッドパレス内にある枢機卿の執務室を、叫び声を上げながら勢いよく開け放つ男。
国家権力の中枢にいる枢機卿に無礼を働く…
ただの使いや伝令係であれば、不敬罪で捕らわれて処刑されてもおかしくない状況ではあるが
「はぁ…はぁっ…はぁはぁ」
息も絶え絶えな50代位の頭頂部が寂しくなった男性は機にする様子を見せない。
なぜなら彼は、西方信仰教会の長ウェスト・ローレンス司教であり、その立場と言伝の緊急性もあって当然お咎めなしだからだ。
「ふむ。…で?どうしたと言うのかね?使いでは無く君自身が来るなんて。大森林に悪魔(デーモン)でも出たのかな?」
「おおっ!?さすが枢機卿…よもやご存知でしたとはっ!」
「はっ?……まさか本当だと?」
図らずとも真意を見抜いてしまうヴァイゼルの冗談に、これも手の内だったのではと期待の表情へと変化し応えたウェストの顔は、冗談だったのかと落ち込み歪む。
少しの沈黙が場を包み、話が噛み合っていないと仕切り直しウェストに、一からの説明を要求するヴァイゼル。
ウェストは、本当に大森林に悪魔が現れ地底窟への扉が開かれてしまった。
聖女の予言にあった悪魔王(デーモンロード)の復活に繋がる、重要なアクションが起こってしまったのだと必死に訴える。
予想を超える報告に、さすがの枢機卿も顔がひきつる。
「まさか…本当に我々の代で悪魔王が復活すると言うのかね、なぜ…なにが」
ウェストに問うような、心底弱った独り言のようなボリュームでヴァイゼルは呟く。
「念の為、イース司教と四星の皆様にも召集を掛けましたが…良かったでしょうか?」
「……人類の危機…選別か」
普段見ることが無い反応をするヴァイゼルに、勝手に事前召集を掛けた事を伝えるウェストだが…
どうやら思考の海に捕らわれているようで、まともな返事は期待できそうに無い。
「あ…あの、ヴァ…ヴァイゼル様?教皇猊下にお伝えしませんと!」
「…猊下…そうだな、そうだ。お耳に入れん訳にはいくまい。」
ウェストの発言にようやく気を取り直したヴァイゼルは、そう言うと握りしめていた帽子を被り直し表情を整える。
それが、この神聖国家の国事を束ねる責任者としての姿だと自分に言い聞かせて…
ーーーーホリシア連邦 剣神流道場
当主交代が起こってから一ヶ月が経ち、バルゲル騒動もあったお陰で、自他共に13代目剣聖となったジゼールの元にも大森林の騒ぎが伝わる。
「…護衛の依頼が増えるな」
「めんどくさそうにしてる場合じゃありませんよっ!師匠ぉお!!」
「そうよ!悪魔を倒して英雄へと近づくチャンスだわっ!!」
逢魔の森の魔女プリシラから悪魔王復活までの道程を聞かされていた(聖女の予言は引き篭もっていて知らない)ジゼールは、いよいよ次の段階に話が進み、そのせいで治安が悪化し剣神流への依頼が増えると、やる気の無い表情をする
しかし、打倒悪魔王と世界一の強者に憧れるバンゼルとキリカは鼻息が荒い。
とは言ってもジゼールは悪魔王との大戦には参加しないことになっている。
それが、前剣聖ガリフォンとの約束だからだ。
ジゼールは後輩で序列2位まで上り詰めた二人を見つめる。
「お前らは…参加希望なんだろ?なら、今のままじゃ役に立たないな。時間は有限で一生は短い。」
そう言うとジゼールは腰を上げ真剣を手に取りニヤリと笑う。
この二人相手なら木剣で無くとも大丈夫
むしろ、本当の戦いと同じ状況にしなくては実戦での力にならないと、二人にも刀を抜くように促す。
「俺を超える気でいかなきゃ、師匠の足下にも及ばないぞ?」
「「…はいっ!!」」
返事に気を良くしたジゼールが口角を上げる
それを見た二人は唾を飲み込み思い出した。
彼がガリフォンと同じ表情をしている事を。
しかしそれは、剣に全てを捧げる者だけが浮かべられる顔であり、道場の頂点に立ってしまったジゼールができる己の研鑽を止めない為の数少ない手段でもあったのだった。
ーーーートプの大森林
年齢と言う概念が無い精霊族の世界。
精霊は自分の核となる微精霊、エレメンタルと呼ばれる存在が自我を持つ事で成長していき、童話に登場するような羽の生えた人型の存在へと進化するのだ。
自然と調和する事でより大きく強くなり、その頂点はエレメンタルガーディアンと呼ばれ精霊王を守護する存在となれる。
そして次代の誕生や核が役目を終えると微精霊へと分解されていく。
そうした流れの中でも、自我を持って間もない「ジン」と呼ばれる少年精霊は、自分の里をバックに笑顔で紹介する。
「皆さん、どうですか!?良い所でしょう?」
そんな少年の期待を裏切らないよう、人間達の一行、アイアンメイデンの面々は微妙な笑顔で応えた。
よく言えば桃源郷…
しかし、リアルに答えるなら彩り豊かな森の中だ。
緑が大半を占める森にあれば花々が咲き、樹木の上に子供の頃に作った秘密基地のような小屋が見えるのは大きな変化と言えよう。
…だけど本当にそれだけだし、俺は秘密基地なんて作った事無いけどなっ!
「あ〜、え〜、うん。…で、ジンの家?みたいなのはあるのか?」
「家?ですか?」
キョトンとした顔で不思議そうに聞き返すジンに、木の上を指差してアレみたいな中で住むための物だと伝える。
「あぁ!アレは村長のお勤め所です。僕たちは寝床を必要としませんから」
今度は俺たちがキョトンとした顔でその理由を聞いた。
…
なるほど、納得だ。
彼等妖精族は、自分の体を親指サイズまで小さくする事が可能らしい。
それに妖精の里は魔法の力?のような物で守られていて天候が固定されているそうだ。
…小さくなって花弁に包まれて眠るとか、ファンシー過ぎて俺には似合わないけど、うちの女性陣がそうなってる姿はのは拝んでみたいかな。
入り口でガヤガヤしていると、辺りからわらわらと妖精達がやって来た。
顔は中性的な美少年美少女が多くて、皆背中に半透明の翼を生やしている。
体の大小はあるけど、老けてる人が見当たらない。
人間が珍しいのか少し警戒されているようで、遠巻きに囲まれていく。
そんな妖精達の中から体の大きい目つきの鋭い青年っぽい妖精が歩み出て来た。
後ろには30〜40代っぽい、おじさんの妖精も控えている。
「良く無事であった。助けに行きたかったのだが、長老の許可が下りなくてな。本当に良かった。」
青年妖精は、まるで父親が子供の無事を喜ぶかのようにジンを抱きしめた。
しばらく感動的なムードを堪能し、周りの妖精達も喜んでいたんだが、壮年妖精だけが何だかバツの悪い表情をしている。
俺がその違和感に視線を取られていると、青年妖精はジンを離しこちらを向いた
「ようこそ、人族の者達よ。私はこの里の戦士長でググと申す。この子と封印石を守ってくれた事に感謝を」
そう言うとググと名乗った青年は深く頭を下げ、それを見た周りの妖精達も彼に倣って頭を下げていた。
「たまたま通りがかりに会っただけだから気にしないで下さい。それと…あなたはジンの父親なんですか?」
「…父親?」
そう呟くと首を傾けるググ
「まぁまぁ皆さん、こんな所で立ち話もありません。どうぞあちらへ」
後ろから話に割り込んで来た壮年妖精が、木の上を指差した。
どうやら、ジンの言う「お勤め所」に招いてくれるようだ。
「お前も一緒に来なさい。」
「はいっ!」
壮年妖精に言われジンも俺たちと一緒に木の上へと向かうようだ。
「…優しくないなっ!」
俺は近くまで来ると意外と高い位置にある秘密基地を見て叫ぶ
哀れな俺の姿を見て軽く笑うと、妖精組は背中の翼で優雅に飛び上がって行く。
皆で呆気にとられていると、スルスルと白い布のような物が螺旋を描いて足元に降りて来る
「それに乗って頂ければ上まで勝手に運んでくれますっ!さぁ、順番にどうぞ!」
木の幹から身を乗り出したジンが嬉しそうに上から叫んでくる…が、果たして安全なのだろうか?
俺やルサリィみたいな一般人レベルしかないと、あの高さから落下はヤバイ…
そんなたじろむ俺を見兼ねてメリーが一番手を名乗り出てくれた。
メリーが布を踏むとエレベーターよりも滑らかな感じでスーッと上昇していき、続いてレアも乗り込むが何の問題も無く登っていけるようだ。
…見上げると螺旋の隙間から色々と見えているが、ここは気付いていないフリをしよう。そう、あくまで紳士としてだ
「さぁ、二人とも大丈夫そうだから先に乗ると良い。男は殿を務めるものさっ」
俺はお目目をキラキラと輝かせながら、紳士的にシャルとルサリィをエスコートしたのだが…
「「結構ですっ!!」」
「さっ、行きますよユウト様。」
余裕で考えはバレていたようだ…
俺はティファに抱えられ泣く泣く先に登っていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます