第72話裁きの執行者
「……ん?なんだ、外が騒がしいな。」
「…どうやら、帝国は撤退するようだぞ。」
「はっ、腰抜けの帝国兵が選びそうな選択だなっ!」
「……」
帝国軍本陣、南西の森に潜む【裁きの執行者】アベルとバズール
アベルが無責任に言う、玉砕覚悟での突撃案に「そりゃないだろ…」と思いながらも、バズールは口をつぐむ。
…それを突っ込むとややこしくなるからだ。
レアが放った究極魔法は『星落とし』と呼ばれ、その暴威を振るわれた帝国軍は、エラトーの単騎決戦後は防備に専念していた。
危うく巻き込まれそうになりながらも、王国特殊部隊『儀典官』の二組は己が役目を果たすべく暗躍していた。
その対象は、帝国軍内で主要な人物達。
ニルの報告にあった中隊長クラスを、混乱に乗じて複数名討ち取っていたアベル達は、統制を取り戻した帝国軍内から一時避難している。
いつでも任務を再開できるように、近隣の森に潜んで夜を明かしていたが、陣は撤収され、号令と共に兵士達が引いていくのを見て、出番は終わりかとまったりと過ごしていた。
「…エリアス達はどうしているだろうか?」
「アイツらなら、何処かでよろしくしているだろう。巻き込まれる程バカではあるまい。」
「…そうだな。」
作戦開始直後に別れた【秩序の守護者】アセルレーレと、エリアスは帝国軍を挟んで反対側の森に潜んでいる筈だ。
特に連絡は取っていないが、長年の付き合いから二人が簡単にやられる訳が無い、との意見で落ち着く二人。
そろそろバノペアに戻るべきかと思いはじめていると…
突如、メキメキと音を立てながら森が割れ、漆黒の鉄塊が現れた。
「なっ!?」
「帝国軍かっ?」
撤退を始めていた筈の帝国兵出現に驚く二人。
しかし、それは一瞬で即座に剣を抜き体制を整える。
自分達の状況を確認しアベルは獰猛に笑った。
「お礼参りか、たいそうな事だ。その鉄巨人は倒し甲斐がありそうだなっ!」
「…アベル、笑い事では無い。撤退も視野に入れておこう」
眼前には魔導兵、周囲には帝国特殊部隊の精鋭だ。
通常なら即座に撤退する所だが、アベルの性格上、すぐに逃げるわけのは無理だなとバズールはフォローに回る。
魔導兵に向けて走り出すアベルとは逆に、二人を逃すまいと周囲を囲む帝国兵を攻撃していく。
…
魔導兵の中からエラトーが応じる。
「はっはっはぁ!見上げた根性だな、正々堂々と勝負だ!」
「レンを倒したからと甘く見るなよ!我が力を思い知れ!」
鋭い踏み込みで肉迫するアベルに、魔導兵の右拳が上部より振り落とされる
ドーンッ…
大きな拳の下にはアベルの物と思われる装備一式が、無残に潰されているのが見えた。
しかし、バズールはソレを気にする様子もなく、周りの兵士に攻撃を仕掛け続ける。
だが、兵士達のレベルが低いとは言え、そこは彼等も精鋭部隊だ。
常に複数で対応し、簡単にバズールを優位に立たせない。
…まずいな。早々に撤退するべきだったか。
今頃、液状化して取り付いているだろう相方の方を見るが、魔導兵が辺りをキョロキョロと見回し鉄拳を繰り出す姿しか確認できない。
…アレの操縦者を倒したとて、こいつらの包囲を抜けねば負けだ。
アベルなら心配は無いだろうし、ここは俺だけでも先に行くべきか
兵士の相手をしながら考えを巡らすバズールの視線の先に、信じられない光景が映し出された…
……
体を液体に変換し、透明になる力を持つアベル・レグリアス。
彼はこの能力と努力を積み重ね、王国の最高戦力たる儀典官の一角まで登りつめた。
自尊心は高く、ダラけた態度を取る人間を見下す傾向にあり、ほとんどの事は自分の力で解決できると豪語する。
そんな彼はレンと出会い、才能や努力だけでは埋まりようのない差がある事を実感した。
言いようのない不満はあったが、事実は事実だ。
彼なりに受け止め、嫉妬しながらも尊大な態度を取る事で何とか我慢していた。
しかし、今回の大戦でレンが倒された。
見たことの無い、帝国軍の兵器ではあろうが、倒された事に変わりはないのだ。
そして、心の奥底でそれに歓喜する自分に気づく。
仲間とは言いながらも態度の気に入らないライバルである。
レンがやられた相手に、自分なら勝てるのでは、とイメージするアベル。
そうなれば、自分の事を周りは王国最強と認識するのでは無いかと…
しかし、アベルは軽々に動かない。
相棒であるバズールにも負担が及ぶし、絶対に勝てる確証などないからだ。
今のままでもレンを敗者としてなじる事はできる。
だから、自分からは我慢しようと。
そして、帝国兵は撤退を決めたのを見て、心の奥底ではホッと一息ついていた。
そう、
それなのに、
ヤツは現れたのだ。
帝国四将にして、謎の鉄巨人を操るエラトー・パルフェーヌ
あれを作った者…直接見た事は無かったが、聞いた事はあった。
異世界から召喚された、稀代の天才発明家アキラと言う女だ。
あの鉄巨人…たしか、魔導兵とか言っただろうか。
都市を襲うような悪魔さえ退けたとか言う、眉唾な物だと思っていたが…
レンとの闘いを見た後では納得せざるを得ない。
…あれは強い。
だが、やり方次第では俺にも勝機はある。
数は多く、囲まれているが、相棒であるバズールを信頼しているアベルは一直線に魔導兵へと向かって行った。
周りの雑魚などバズールが何とかして逃げ道は確保されているだろうと。
長年の付き合いで、それが間違いない事など承知しているのだ。
だから思う。
自分は『アレ』を倒すのみだと。
アベルは挑発的な笑みを作ってはいるが、内心では恐怖もある。
…倒せるのか、と。
しかし、自分の持つ特殊能力は、「近接戦闘において抜群の効果を持つ」と言う自負がある。
特に視界の効かなさそうなあの巨体を見れば、殊更自分に有利だとも言えるだろう。
だから、彼は自分を奮い立たせ突撃する。
必ずくるであろう一撃に備えながら。
…
「喰らえぇっ!!」
ドスーンッ…
エラトーが放った魔導兵の叩き潰しは、アベル諸共地面を抉る。
パッと見は呆気ない勝利に見える…
「…やはり、消えよったか」
が、しかし、エラトーは油断すること無く地面に叩きつけた手元を見て呟く。
よく見ればアベルの着ていた服や武器・防具は潰れ、散乱している…
なのに肝心のアベル自身の血肉や、腕なり足などのパーツが見当たらない。
…お前の能力は把握済みだ。
しかし、潰れていない事を確認し、相手が予想通りの動きをしているとほくそ笑むエラトー。
…見えはしない。
だが、分かっている。
コレに取り付いてハッチの隙間から侵入するつもりなのだろう?
アベルの透明化は、見えないと言っても完全に消える訳では無い。
暗闇や、混戦状態で見つけるのは至難ではあるが、液状化して早く動けば轍が残るし、少しずつ動けば見つかるリスクは低いが、遅いと無防備な所に攻撃が飛んでくる。
エラトーは適当に地面を殴り、ゆっくりと移動しないようにアベルを追い込む。
…くっ、これは当たると厳しい。
しかし、なんとか足元までたどり着いたぞ。
これで貴様も終わりだ!
硬くヒンヤリとした魔導兵の足元を上がって行き、胴体の丸くなった表面部分もスルスルと移動していく…
「アベル、一旦引くぞ!」
アズールが見えない相棒に状況が悪いと伝え、早期撤退を促す。
単純に攻撃を避けているだけなら、直ぐに逃げる方向へシフトしていたかもしれないが…
目的地は目の前だ、アベルの耳には届かない。
…あそこかっ!?
アベルの感覚器官にハッチが映る。
喜び勇んで隙間に手の部分から入り込もうと、液体を一直線に推し進める。
…バチッ!
「なにっ!?」
言葉にならない言葉が漏れる。
なんだこれは…
ハッチの直前で体が弾かれる。
ハッチの周辺を良く観察すると、魔法陣が描かれている。
結界系の対象を弾くタイプの物だろう。
アベルがソレに気付いた時には、既に後戻りできなかった。
…全てが詰んでいた。
「かかりよったわぁっ!!」
エラトーは獰猛に叫ぶと、ありったけの魔力を解放し、第六位魔法『ライトニング』を発動する。
普通なら範囲内の複数相手に使う魔法だが、魔導兵に纏わせる事でアベルを効率良く感電させる。
「うぐぅあぁっ…」
…ドサッ
「アベルッ!?」
バズールが信じられないと、大声で相棒を呼ぶ。
しかし、それに反応する声は無く、逆に帝国兵が動く。
「ぃやめろぉぉっ!!」
…ドスドスドスッ
アベルの元へ駆け寄ろうとするが、その隙を突かれ取り押さえられるバズール。
いくら10レベル以上の差があっても、さすがに力だけでは押し切れようもない。
そんなバズールの視線の先には、感電して液状化が解かれた無防備な姿のアベルに、帝国兵の剣が刺さって行く所だった…
「ア、アベルゥーッ!!」
…
「…連れて行け」
「「はっ!!」」
バズールの視線の先には、液状化では無い血の海が広がっていた。
……
「敵さん達、逃げてもうたな…」
「ふぉっふぉっふぉ、これで王国の完全勝利じゃて」
防衛戦が始まって3日目の早朝、レンとアールヴは僅かに残っていた西側城壁の上で帝国軍の様子を見ていた。
2日目のレンが倒された後、帝国の突撃を警戒したアールヴ達であったが…
さすがに、帝国側もそこまで無謀な命令は出なかったようで、回復に専念することができていた。
「ほんで、ユウト達から連絡は?」
「無いのぉ。彼等が去ったら、一度様子を見に行くとしようかの…」
「こっちが大変な時に、呑気に祝勝会なんかしとったら、どやし尽くしたる…」
「その前にレアちゃんを何とかしてもらわんと、バノペアの備蓄を食い尽くされてしまうからのぉ」
…
この時、レアは魔力不足で戦力外通告を受け二軍落ちしていた。
努力を重ね一軍復帰を目指す彼女は、まさにバノペアの備蓄を「全て平らげる」と言う苦行に挑んでいたのだっ。
…まあ、飯食ってるだけだが。
帝国軍の様子を見守っていた二人は、要人暗殺の任務に出た儀典官達を、帝国軍が強襲しているなど事など知るはずも無く、呑気にレアの対策を一番に考えていられる程、余裕に満ちていた。
二人の元に【裁きの執行者】が敗北した事実を届けたのは、ボロボロになりながら帰還したもう一組の儀典官、アセルレーレとエリアス達であった。
撤退開始からの流れるような強襲。
アベル達の元には魔導兵が向かい、自分達には知将ニル・グリフが現れたと言う。
エリアスが道を開き、アセルレーレが情報を聞き出した事で把握したが…
どうやら、自分達の動きを把握されていたようだと訴える。
儀典官達には裁量が与えられている為、大まかな動きだけ決めていただけだ。
戦の途中では連絡なども行なっておらず、事前の計画が漏れていたとしか言いようが無い。
単に戦の勝敗だけで言えば間違い無く帝国の敗北だが、王国にとっても代わりの効かない損失が生まれてしまったと言えよう。
その話を黙って聞いていたレンは怒りを露わにする。
「…あのクソ狸がっ、どんだけ自分の国に迷惑掛けたら気がすむんや!……くそっ」
「まだゲルノア大臣が犯人と決まった訳じゃないがのぉ」
「爺さんかて、想像ついとる時点でほぼ真っ黒やろ」
四人の頭には黒い噂しかない、白髪頭の小太りな男が浮かぶ。
しかし、当然に証拠などは残していないだろう。
だが、王国の特殊戦力である儀典官の行動予定などと言う機密情報を把握できる存在は、王国広しと言えどそう多くは無い。
おそらくゲルノア…ってか、実際ゲルノアが漏らしているのだが、貴族連中の取りまとめをする奴を簡単に糾弾する事も出来ず、結局ヤキモキとするしかないのだ。
それが分かっているのでアールヴは断定を避けた。
この場はそれしか無いと諦めて。
「…その辺はまかせます。私達は疲れたので休ませて頂きますね。」
「アールヴ老、力不足で申し訳無い。」
「エリアス、あなたが気に病むことでは無いですよ。」
「そうじゃのぅ…儂からも陛下に伝えておくゆえ、ゆっくり休んでおくれ」
アールヴは力無く笑顔を作ると、二人を見送りレンと視線を交わし溜め息つく。
…その後、レアの事をレンに託し、国王に対する報告をまとめるため、アスペルへと繋がるゲートを開くのであった。
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