第70話それぞれの思惑と戦い
ーーーーフローラ帝国 帝都オーガストリア
「…くそがっ!人を呼び出しておいて、何が一晩ゆっくりだ!」
シュウトは苛立ちを隠そうともせず、手前にあった机を蹴り飛ばし高そうな調度品を破壊する。
「たしかに、至急と言いながら皇帝の体調不良などと見え透いた嘘は怪しいかと。」
「…と言うか、なんでアタイまで呼ばれなきゃならないんだい!?釈放してくれるハズだろう?」
シュウトはジェシカの問いに「知るか」と冷たく言い放ち、なぜ一晩待つ羽目になっているのかを考えていた。
同じくジェシカを無視していたコハルは、このまま寝て待つ事を良しとせず、隠密能力を使って偵察する事を提案する。
「…そうだな。あまり派手にならない程度に情報を集めておいてくれ。」
コハルの提案に頷き作戦を許可するとベッドに倒れ込み、ティファとの戦闘で疲れた身体を休ませる。
「あたしゃ何処に…」
「お前はソコの椅子に座ってろ。明日には解放してやる。」
貴賓室の為、フカフカのソファーがあるにも関わらず、警護の人間にあてがわれたような簡易な木製の椅子に座っていろと支持するシュウトに、口をあんぐりとしながらも「明日の解放」を信じて大人しく従うジェシカ。
…なんでアタイかこんな目に合うんだい!
こうなりゃ、ややこしい事に巻き込まれる前に逃げるが勝ちだ。
こんな奴らに恩は無いし、関係のないアタイを追うメリットなんて無いだろうしね
大人しく従っているように見えた屈強な老婆が、まさか夜逃げを計画してるとは考えもせず、とりあてずはコハルの情報待ちだと眠りにつくシュウト…
何が待っていても、己の力で覆せるだろうと思い余裕を見せた油断は、後で大きな災いとなる事をこの時のシュウトは知る由もなかった。
ーーーーバノペア防衛戦 2日目
開戦から一夜明けたバノペア城壁内の数少ない個室に、早朝からレアを起こしに向かうレン。
「なんで俺が目覚ましやねんっ!俺はおチビのお兄様やないっちゅーねん…」
予定よりだいぶ遅れて到着し、味方を巻き込む程の大出力範囲魔法をぶっ放し、魔法師長であるアールヴに無理矢理連れ戻されたレアは、「腹減った…」と言い残し倒れてしまっていた。
「まぁ…ほっといて、また迷子にでもなられたらかなわんしなぁ」
レアが遅れたおおよその経緯はアールヴから聞いていたレン。
打ち合わせ等々の関係から、一番にエゼルリオを発った筈のレアは、まず都市に入って何処へ行けば良いのか分からず飯屋と酒場を往復して数日を過ごしたそうだ。
しかし、所持金が底を尽きると思い出したように兵士を捕まえて、聞き出した作戦本部を目指したが、見た目が魔術師のコスプレをした幼女にしか見えず兵士に追い返されていたらしい…
そもそも口数が極端に少ない彼女に、一人で大丈夫だろうとフォローも入れず送り出してしまった。
そんな見立ての甘かった俺にも責任がある話だな。
だって、俺は知っていたんだ。
『レアに一人でお使いは無理』だと…
思い知っていたのに確認を怠ってしまった。
…くそっ。
現世なら、幼児の兄弟が電車に乗って父親に弁当を届ける。
そんなお使いを映すテレビもあるくらいなのにっ
ウチのレアは幼児以下か。
俺だったら新侯爵は自軍を優先して助けを寄越さないのでは!?
とか思って疑ぐりそうなところだが…
しかし、なぜか俺を信用してくれているアールヴは、予定より到着が遅すぎる救援に何かあったのではと思って、街中を探し周りレアを見つけ出してくれたらしい。
そして、何とか連れてこれたのが、あのタイミングだったと言う事だ。
「おー、邪魔するでぇ」
無遠慮にレアの個室を開けはなつレンは、ベッドから目覚めて上半身だけを起こした状態のレアと目が合う
「…へんたい…ろりこ」
「どぅおあほぅ!!お前さんみたいなちっぱいのには俺は興味あれへんわい」
「むっ…ぶっころ…」
文句の一つでも言ってやろうと、口を開く前に変態扱いされたレンが言い返すと、必殺魔法でもかましそうな殺気をレアが放つ。
「ちょちょちょ、ちょいまちっ!物騒な殺気出すなや!?そ、それより飯食お!なっ、なっ?」
「…わかった…おなかへった…」
飯の話を持ち出されると、レアはすぐに殺気を消してレンに激しく同意する。
…第一優先が分かりやすすぎて助かるで
しかし、飯とユウトを天秤に掛けたら、どっちを取るんやろか
悪魔的な考えを思いつく意地の悪い男は、レアをドヤスと言う目的を忘れ、「今度試してみよ」と、ニヤつきながら食堂へ向かうのであった。
…
「んで、今日は頭から全開で行けるんか?」
「はぐはぐはぐ…ぱくぱく…ぐびくび…はぐはぐ」
「……」
食事中のレアに返答を求める方が愚かなのかと、自分の中の常識をレンが見つめなおしていると、にわかに食堂の入り口で騒めきが起きる
何事かとレンが視線をやると、温和そうな髭もじゃの老人が、自慢の白髭をさすりながら近寄ってきた。
「元気そうじゃのう、お二人さん」
「俺はいつも元気や。」
「はぐぱくごくんっ…ぱくぱくもぐもぐ…も゛も゛をはももも゛っふぉ…」
朝の軽い挨拶に軽口で答えるレンと、食べ物が詰まりすぎで何を言ってるのか分からないレアに、王国最強の魔導師は軽く手を上げ「気にせんでおくれ」と、笑顔で答える…
一体、アレでどうやって聞き取ったのだろうか。
「今日は、向こうも最初から全力でくるじゃろぅ…レアちゃんには、デッカいのを頼みたいのじゃが?」
「…んぐんぐ…ごくんっ。大丈夫…エネルギー満タン…」
「ほっほっほっほぉ…それは楽しみじゃ、では、またのぉ」
「何で俺の質問には答えへんのに」やら「爺さんはどうやって言葉理解しとるんや?」等と喚くレンは無視され、アールヴは持ってきたスープを飲み終えると席を立って行った。
そして、レアは食事を再開した…
「なんでやねんっ!!」
……
早朝の穏やかな朝日から、大地を強く照らす朝日に変わった帝国軍前線には、ニルの健闘虚しく
総大将ドーン…そしてその横には、黒い鉄の塊が鎮座していた。
見たことの無い物体を前に、昨日の被害による指揮が低下した兵士達をさらに不安にさせる。
俺に言わせれば、あんな見たこともない魔法を見せられて、逃げ出さなかっただけでも薫陶を受けるくらいだ。
「よいかぁ!昨日、我々はノスグデ平原を奪った。そして、今日は要塞都市バノペアを奪い、帝国による、大陸統一の礎とするのだぁっ!!」
普段であれば激しい掛け声でドーンに答える帝国兵達も、今朝は反応が鈍い。
…当然だろう。
だが、ドーンはそんな彼等を叱咤せず笑みを作り、もう一人の四将エラトーを紹介する。
「すっ、凄い!」
「これなら…」
「やれる!やれるぞっ!!」
それを見た兵士達は、瞳に力を取り戻し声高らかに叫ぶのであった。
『帝国万歳!』と…
…
「まもなく突撃の笛が鳴るじゃろぅ。レアちゃんや、しっかり狙っておくれ」
「…ん…めんど…」
指揮の上がる帝国兵達を見下ろしながら、城壁の先端で詠唱を始めるレア。
そして、後ろからレアの肩を掴むアールヴ。
範囲魔法は大得意だが、狙いを定めるのが苦手なレアを、アールヴはどうやっているのか、自分の魔力を肩に添えた手から流し込み、照準補正の補助をしている。
今、レアが練っている魔法は、魔法のことわりとされている第一位から第十位までの範囲外にある、究極魔法と呼ばれるものだ。
魔術師を極め、賢者を極めたジョブマスターだけが使える超常の魔法だ。
「よーく狙って、よーく」
アールヴの視界はレアの視点映像と被っており、二重に大地が映っている。
徐々にピントが合っていく二人。
帝国軍の突撃の笛が聞こえ、兵士達の叫び声が聞こえ…
「いまじゃっ!」
「オーバーマジック、メテオグラノール!!」
レアが練りに練った魔力を解放すると大地に影が落ちた…
初めは砲弾でも打ち上げられのかと言う程度だった影は、異音と共に次第に色濃く巨大化していき
地面を這う兵士達が、その異常な影と熱量に空を見上げた時、歪な円形をした影は東京ドーム一個分にまで膨れあがっていた。
「…なんだよ、あれ」
「太陽?」
兵士達の呟きは実に的を得ていた。
それは火を纏った巨大な石
俺がいた現世では、こう言われていた
『隕石(メテオ)』と。
ーーーーホリシア連邦 三ツ山
「なっ、何者だ!?止まれ!」
数多ある剣の流派において、全ての祖と言われる剣神流
その道場は、常に門戸を開いており、門番などは特に置いていない。
しかし、この時間帯は朝の雪掻きがあるため、新人である入門半年のウーバルが当番をしていた。
この標高3000mと言う過酷な環境下にある道場では、多くの若人が希望を胸に門を叩き…直ぐに下山してしまう。
しかも、半死半生でだ。
あるものは凍傷に。
あるものは鍛錬で。
その厳しさを乗り切り、半年も残っていられれば、十分な胆力と体力を持っていると言える。
そして、徐々に慣れていく自分と、辞めて下山する同期を見て「俺って結構凄いんじゃね?」と、ウーバルが勘違いを起こそうとしていた。
しかし、そんな朝に事件は起こった…
「スンスン…匂うな……メスの匂いだ。」
顔の前面に大きくせり出した、チャーミングな鼻に空いた大きな穴を使い、ウーバルは匂いの違和感を確かめる。
この道場には女性が殆どいない。
ウーバル程の男にかかれば、道場にいる女性の匂いは全て嗅ぎ分けられる。
そんなウーバルが持つ、本物の豚っ鼻に嗅いだ事の無い反応があった。
「いったい、どこから…」
門の前は坂道になっている一歩道があるたげた。
たまに山道以外の獣道から現れる猛者もいるが、反応は下っている山道の方からのようだ…
ウーバルが雪掻きの手を止め、鼻の穴を1.5倍くらいに拡張して、香りを堪能…
もとい、警戒していると…
坂下から頭、顔、体と徐々にその正体が明らかになっていく。
「なっ!?お、おい、お前!?ととと、止まれ…」
ウーバルが見たものは、まさに御伽噺に聞く『魔女』そのものであった。
黒いローブに黒い帽子、箒に跨り宙を浮かびながらこちらに迫ってくる
剣神流の一員として、あんな怪しい女を「おこしやす」と、案内できる筈も無く、ウーバルは何とか呼び止めようと試みる…
が、自分の手前まで来ると、魔女は薄い笑みを浮かべながら急に高度を上げ、門ごと越えて行ってしまった。
「…たっ、たた、大変だ!!」
危機感を覚えたウーバルはしばらく呆然とした後、我に返り大急ぎで道場へと駆けて行った…
……
「な、なんだ貴様!あがっ…」
「ここを何処だと…うっ」
「止まるんだワンっ!アニャー…」
気配を元に道場へと降り立った魔女…プリステラは、立ちはだかる門下生達を不思議な術で気絶させていく。
その手捌きは見事なもので、そこらの冒険者よりも強い筈の剣神流門下生達を相手に、一歩も動かせない程だ。
…
「あ〜ら〜ここにいましたかぁ〜」
「はっ、変な奴に気配を探られてると思えば、お前だったか」
道場の最奥、上座で胡座をかく剣神流道場師範
【剣聖】ガリフォン・ルクエールに笑みを見せ、彼の前まで土足で歩いて行く。
ガリフォンの目前で脚をハの字に降り、女の子座りをするプリステラ
抜群のプロポーションと妖艶な美しさを兼ね備える美女相手に、ガリフォンは鼻白んだ表情を見せる
「五年ぶりに現れたかと思えば、えらく突然すぎるだろ。俺の可愛い弟子達が喚いてんじゃねーか」
「可愛い…ねぇ?それでぇ、わたしを〜こーんな山の中まで呼びつけた理由を、聞こうかしらぁ?」
妖艶な笑みは保ったままだが、プリステラからは極寒の冷気が殺気となって辺りを包む。
しかし、ガリフォンはその殺気を心地好さそうに受け入れると、ジゼールを呼びに行かせる。
「…エキドーラは息災か?」
「最近はダメねぇ〜、ほとんど部屋から出て来られないわぁ…」
「悪魔王(デーモンロード)が復活するって話は?」
「知ってるけどぉ、わたしにわ〜関係ないわよぉ。わたしは精霊王と森を守る…だ・け」
悩ましげな声で唇に指を添えるプリステラ、普通の人間なら簡単に魅了される仕草も、垂れ流す殺気のせいでそれどころでは無い門下生達
ご機嫌な殺気の理由を聞かれ、嬉々としてアスペルでの出会いを語っていると、ジゼールがやって来て固まる。
「おぅ、こっちに座れ」
「…い、いやぁ」
「あらぁ〜そんなにわたしのぉ横が嫌なのかしらぁ〜?」
「うぐっ…」
道場に顔を出した途端、足踏みするジゼールにプリステラが怪しい視線を向ける。
と、何故か、勝手に足が動き始め…
ジゼールはプリステラの横に座らされる。
ピンと背筋の伸びた、お手本のような正座でだ。
ジゼールは魔族の中でも数少ない魔眼持ちだ。
その為、プリステラの正体が見えており、冷や汗が止まらない。
…スリスリ
「でぇ、この子を〜わたしにくれるのかしらぁ?」
鍛えられたジゼールの膝をさすりながら、ガリフォンに貢物を寄越すつもりなのか?と問うプリステラ
「ん?いや、そいつは時期【剣聖】予定なんだが、全然動かねぇから『呪い』でも掛けてもらおうと思ってな」
「はっ!?し、師匠!いくらなんでも、酷すぎますよ!なんで急に」
あまりに突然な話に予定が違うと必死に抗議するジゼール
「俺は剣聖を降りて魔王討伐に挑みたい。こんなチャンスは滅多に無いからな!…だから頼むよ。」
いつになく真面目な顔で『呪い』を希望するガリフォン
二人の掛け合いを楽しそうに見ていたプリステラは、「…なるほどぉ」と今回の呼び出しの趣旨を理解し…
…ジゼールの唇を奪った。
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