第61話準備の完了と計画の実行
ーーーーエゼルリオ ジェシカ養護院
…コンコンッ
人口が少なく比較的古い建物が多い街中にあって、さながら一棟50戸程度はありそうなワンルームマンションとも言える大きさを持った養護院
その玄関へと入る為、俺は入り口の扉を軽くノックする…
と、シックなメイド服を着た中年のおばさんが「はいっ?」と扉を開けて、俺達に何用かと尋ねてくる。
俺とティファ、ルサリィの三人は院長ジェシカに用事があると告げ、名を名乗る。
応対してくれた女性は怪訝そうな顔をするが、「聞いてまいります」と一応は院長の元へと向かってくれた。
もし、取り次いでもらえなければ、最初から実力行使で行く事になるから、囚われになってる無実の人達や…今みたいに世話係として単純に雇われていそうな人達まで傷つける可能性があった。
だけど、俺の名前を聞けば嫌でも会ってくれるだろうから、俺はとりあえずホッと胸を撫で下した。
これから敵の本拠地に乗り込むからと緊張しているのか、ルサリィと繋いでいる右手がギュッと握りしめられた。
「大丈夫だよルサリィ?悪いオバさんやその仲間も、捕まってるレアにシャルだって…絶対、無事に取り返すからさっ」
俺は、ことさら笑顔を作って表情を硬くするルサリィに笑いかける。
「…そうですよ。私も同じミスはおかしませんから、あなたは安心して守られていなさい。」
「…うんっ!」
俺の反対側でルサリィに申し訳なさそうな笑顔を見せるティファに頷いていると、再び扉が開かれた。
「シスタージェシカがお会いになるそうです、どうぞこちらへ…」
女性に案内され、皆で建物の中に入って行く。
一階はロビーと、奥に食堂や商談室?のような部屋などがあって、右手奥には上階への階段と…エレベーターがあった。
俺が「アレは?」と尋ねると、女性が得意げに教えてくれる。
「この建物は10階まであるので、有名な魔工師に頼んで昇降機を付けて頂いたんです。どうです…凄いでしょう?」
たしかに、この世界でエレベーターを拝むとは思っていなかったので、若干驚きはしたけど、どうせアキラの発明なんだろうなと当たりをつけて納得しておいた。
当然、俺は使い方を知っているので、説明されるまでもなく、エレベーターに乗り込む俺と仲間達に、オバさんは若干不服そうな顔をしていたが、一応はお辞儀しながら見送ってくれる。
…ウィィーン
「な、なな、なんでしょうかコレはっ!?」
「お、お兄ちゃん!コレ、床が動いて…どんどん高くなってるよ!!」
当たり前の様に乗り込んだ俺につられて乗った二人が、上昇する重力を感じてオロオロと慌て始める。
俺はその様子を笑顔で見ながら、どう言う仕組みになっているのかを、エレベーターの窓から外を見せて二人に説明していると…
チーン…と鳴る到着音と共に扉が開いた。
「よく来たじゃないか…ユウト侯爵殿」
「初めまして、シスタージェシカ院長。…俺の仲間が随分と世話になったな」
扉を出ると、そこは院長の執務室になっていた。
左手側には扉があるので、おそらく居住スペースも兼ねているのだろう…
執務椅子にどっしりと構えて座るジェシカ院長は、俺が持っていたイメージとは違って、歴戦の冒険者のような雰囲気と見た目だ。
一応、初対面の挨拶がてら嫌味と怒気を向けてやる。
「…そりゃあ、お互い様さね。あんたらが都市に乗り込んで余計な真似をさらさなけりゃ、わざわざ喧嘩する必要なんて無かったのさ。」
俺程度の怒りなど気にする様子もなく、手に持っていたパイプ煙草を吸うと、煙と共に返す言葉を吐き出す。
「二人を…レアとシャーロットを返しなさい!言わなければ全て斬り捨てますよ。」
俺の脅しとは違い、本気の実力者であるティファの放つ怒気は桁違いで、さすがのジェシカも顔が引きつっているようだ。
「ははっ…あんたらは状況を分かって無いのかい?そこの二人助けた所で、まだこっちには人質が二人もいるんだよっ!!」
なんなら片方の首でも持ってくるか、と開き直ったジェシカが凄んでくる…が、俺達だってその程度では一切動じない。
しかし、その勢いでジェシカが指を鳴らすと、隣の部屋から魔法の武装を纏った一団が姿を現した。
「コイツらは、ここらで一番の冒険者さね、人質がいる状況でコイツ等から逃れられるかい?」
ドヤ顔をしながら雑魚フラグを立てるジェシカの言葉に、一流の冒険者だと名乗る男女のパーティがニヤニヤとした表情を浮かべる。
…どうやら、今回の為だけに金で雇われただけ、って感じでも無さそうだ。
コイツらも十分極刑に値するな
そう考えた俺は、今にも飛び出しそうなティファを手で制して、懐から牙型のアイテムを取り出し構える。
すると…それを見た冒険者達が、顔色を変えてにわかに騒ぎ始める。
「う、うそ…リーダーあれって!?」
「そんな!なんで、こんな間抜けそうな奴があんな物を…嘘だ、ありえないっ!」
驚きついでに人の事を貶してくるアホ共と、この程度で勝ち誇るジェシカに実力差を見せつけるべく、俺は冒険者達に笑顔を向けると牙を掲げて呟く。
「…リロードオン、炎龍の牙」
「ちょっと、アンタ達!?一体どうしたんだ…」
…グゥオ…ドゴォォォ!!
炎龍の牙を見た冒険者達の様子を見て、異変を感じたジェシカが声を掛けようとするよりも早く、俺の手から放たれたアイテムのスキルはジェシカの私室諸共、冒険者達を遥か彼方へと吹き飛ばして行った。
「神官と魔法使いが魔法で防いでたみたいだけど、この威力とあの高さから落ちた衝撃だ…命があるかは微妙な所だな。」
俺は壁がなくなって見える空を見上げて軽く感想を言うと、二人を伴って執務室の前まで歩いて行ってやる。
「くっ…馬鹿な奴らだね!人質には死んでもらうよ!」
…リリリリーンッ!
近く俺達にジェシカが怒鳴り、机の上にあったベルを押すと鐘の音が鳴り響く…
すると、階下から連絡の為に伸びているのであろう金筒から「…い、今から向かうでやんす」と下っ端男の声が聞こえた。
「…ふぅーん。アイツまだ生きてたのか」
「アレは、あたしの右腕さね。あんた達には遅れはとったけど、一から育てた優秀な奴さ」
俺は下っ端野郎の到着待つ為、腕を組んでジェシカとにらみ合ったまま話をする。
……シュルルーッ…チーン!
エレベーターが開き振り向くと、手錠などされていない、元気そうな二人が俺の元に飛び込んで来る。
「ど、どう言う…フォルス!一体、何があったんだい!」
最後に出てくる下っ端フォルスは、情け無い表情をしながら両手を上に上げた状態でエレベーターから降りてくる。
そして、その後ろには揺れる空色の髪と…頼れるメリーの姿があった。
「お待たせしましたわ、ユウト様」
「ジェシカの姉御、申し訳ないでやんす」
「こぉんのガキャーッ!」
フォルスとメリーを見たジェシカは、激高して椅子から立ち上がり、手に持ったパイプ煙草を握り折りながら怒鳴る。
…バンッ!
俺は胸に抱いていた二人を一旦離し、机を叩いて静かにさせる。
「これでチェックメイトだ、シスタージェシカさんよぉ!」
俺が怒鳴ると、自分の策は全て失敗に終わったと気付いたジェシカは、オロオロと周りを見ると頭を抱えて言い訳を始める。
「ち…違うんだよ、これは、その…唆されて、そう!アイツが悪い…」
「うるせぇ!俺の家族に手を出しやがったんだ…たっぷり後悔してもらうからな。」
俺は言い訳を一喝すると、ジェシカを蹴り飛ばして椅子を奪うと、ドカリと座って仲間を見て拳を掲げる
「これにて一件落着、いよいよエゼルリオ復興作戦開始だっ!!」
「「はいっ!」」
……こうして、当初とは違った形にはなったが、都市最大の奴隷商会をぶっ飛ばした事で、俺達に表立って反抗するような者はおらず、今回の件で奪ったジェシカ奴隷商会のアジトも利用する事にしたので、本格的な復興作戦は順調な滑り出しを見せるのであった。
ーーーー聖女一行 寒村
剣神流の二人を擁する聖女一行の活躍により、ゴブリンの一大襲撃事件を無事に乗り切った寒村では、その夜、生き残った者達による死者の供養と、村の救世主である聖女達には、ささやかながら村を挙げての歓待が行われていた。
「…大いなる神よ!あなたの身許に向かう、
哀れな子羊達に、どうぞご慈悲を!」
聖女セレスが村の中心に集められた亡骸を前に祝詞を上げると、死んだ人々の体から光の玉が飛び出し、それぞれ所縁のある人達の元へと飛んで行く。
村人達はその光に触れ、各々別れを伝えていく…
すると…やがて、一つ、二つと光は天に昇って行き、空の星へと姿を変える。
全てが天に昇りきると、辺りは松明の火の光と故人を惜しむ村人達の泣き声に包まれていった。
…
「大丈夫?バンゼル…」
「あぁ…ごめんね、キリカ」
そんな村人達の光景を少し離れた場所で見守る剣神流の二人は、また悪魔(デーモン)に過剰反応してしまったバンゼルの様子をキリカが心配していた。
「あんたの気持ちは知ってるけど、冷静さを失えば敵は倒せないわよ?」
「はははっ…。そうだね、頭では分かっているんだけど、悪魔を目の前にすると昔の光景が蘇っちゃって…」
情けなく笑うバンゼルに、事情を知るキリカはそれ以上何も言えず、ため息をつきながらセレスやアルニラムを遠く見つめるしか無かった。
…
……
「私の我儘に付き合って頂き、ありがとうございましたぁ。明日は早朝からエゼルリオに向かいますので、ゆっくり休んで下さいねぇ」
「はい。では、聖女様も良くお休みになられて下さい。」
全てが終わるとセレス達は村長宅で、バンゼル達は空き家を使って寝泊まりする事となり、明日の予定を確認してから別れ、二人は空き家までゆっくりと歩く。
「どうすれば、強くなれるんだろうね…」
「そうねぇ…明日、お姉様に会った時に聞いてみればいいわよっ!」
明日、エゼルリオで会うユウト達の中で、キリカがその力を認めた、白銀の聖騎士ティファに相談してみようと言われ、一人思い悩むバンゼルは「そうだね。」とだけ呟いた。
ーーーー城塞都市 アスペル ユウト邸
「さぁさぁ、急いでください!帝国の者達が攻めてきますよ!」
ユウト邸地下基地から、慌ただしく人が出入りし、その人々全てに的確指示を出していくヘッケランは表情を輝かせる。
眼鏡の位置を直しながら机の上に作戦を書いた紙を見直すヘッケラン。
帝国の進軍に対して、ユウトから迎撃の準備を進めるよう指示を受けたヘッケランは、幹部のレオを通じてゲイリー都市長に非常事態発令を宣言させ、双子メイドのサリネア、サルネア達にも各所への伝達を行わせていた。
ひとしきりの指示を出し終えたヘッケランは、人が誰も居なくなった作戦室の椅子に腰を下ろすと一息つく。
慌ただしかった先程までの喧騒の中に、束の間の静寂が訪れた。
…
…宿主よ。いっその事、我の力を使うか?
「いえいえ…この程度、主様のお手を煩わせる必要はございません。それに、今目立つのはよろしくありませんし。」
…そうか。しかし、以前の剣士達の事もある
「はい。もちろん、あの時のような失態は繰り返しません。それに、ユウト様達もアスペルに駆けつけられるようですし…」
…良かろう。我が直々に彼奴らの活躍を見守ってやろうでは無いか…ハハハハハ
「微力ながら、私めもパレードに華を添えさせて頂きます。」
…楽しみにしておるぞ
ヘッケランは心の中で了解の意を示すと、胸の前で手を組みしばし目を閉じる。
…コンコンッ
「失礼します、ネロです。」
しばらくすると、ドアがノックされ元奴隷の少年従者が、お辞儀をしながら作戦室へと入ってくる。
「どうした、何かあったのか?」
「はい、アスペルの保有戦力とシルクットからの援軍、臨時で募集した志願兵合わせて一万、いつでも進軍可能にございます。」
「そうか…では、我々に喧嘩を売る、ふざけた帝国兵共に我々の力を見せつけてやるとしよう。ユウト様を待つまでもなく叩き潰してやるのも一興だな。」
ネロはヘッケランの言葉に恭しくお辞儀をすると、帝国兵が押し寄せる前に開戦前の工作を完了させるべく、指示に従いその部隊を出発させるよう伝言に向かう。
ヘッケランは自分の掌を見ると、全てを握りつぶすようにグッと指を閉じる。
「私の重要度をもっと理解して頂きますよ、ユウト様…それが大きくなる程、彼の方がお喜びになられるのですから。」
全ての作戦が順調に進んでいる事に笑みが零れそうになるが、イヤイヤと左右に首を振ると引き締まった表情を作り、椅子から立ち上がる。
ヘッケランは椅子に掛けていたコートを羽織ると、報告にあった兵士達の状況を自らの目で確認する為、城塞の外に設けられた野営基地へと向かって行く。
…そんな彼の後ろ姿は、黒いオーラを纏っているようにも見えるのだった。
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