第59話作戦のために④
「こんな時に一体誰だよ!?……はい、もしもし?」
頭の中で鳴り響く呼び出し音を止めるために虫型電話を取り出し応答する。
「…ボス、オヒサシ…ブリです。おつたえするコトが…」
電話の向こうで、たどたどしい人語を操る男の声が聞こえる。
…誰だ?
「…あぁ、大森林の…えーと、ペルか⁈今忙しいんだ!後で話聞いてやるから少し待っててくれ、な?悪いな!」
連絡の相手がトプの大森林で出会ったケモ耳オヤジのペルだと、何とか気づいた俺はろくに要件も聞かず、忙しいからと話を無視して電話を切ろうとする。
「ボス、シキュウのヨウケン、テイコクのヘイシたくさん…モリをきってミチつくってる」
それでも食い下がるペルは一方的に用件を伝えてくる。
「はぁっ?このクソ忙しい時に何をバカな事を!誰がそんな嫌がらせを…って、あの皇帝オヤジか?」
「…どうかいたしまして?」
俺の狼狽ぶりを見かねたメリーが何事だと尋ねてくるが、俺は手を突き出し少し待つように促して自分で対応を考える。
「…なぁ、ペル?お前の命を取らずに着せた恩はもう無いし、これは純粋に俺からのお願いだ。少しだけでも時間を稼げないか?」
「…ボス、ワレラハうけたオンわすれない…マカセテくれ、ナントカ…する。」
「ほんとか!?めちゃくちゃ助かるよ!俺もこの恩は必ず返すし、時間を伸ばすだけで良いからな?こっちでも出来る事は手配しておくから!」
俺は重ねてペルに礼を言って死人が出ないように気をつけるよう伝え連絡を切った。
そして「何が起こったのか?」と不安そう顔をしながらも、俺の話を待つ皆に伝える。
「帝国が王国に本気で攻めてくるらしい。」
…!?
俺の言葉に動揺が広がる。
特に、マーレさんや、この街で働く人には衝撃が大きそうだ…
「それで…先ほどの連絡で、救出の為の時間は稼げますの?」
「あぁ、人任せ…いやケモ任せかな?だけど、任せろって言ってくれたよ!」
俺は、電話の内容を詳しく説明して、今回の誘拐事件が解決するまでは、急な呼び出しなどは恐らく無いだろう事と、ヘッケランに連絡して迎撃の準備を先に整えてさせておく事を合わせて伝える。
「そうですか…では、こちらも早急に片付けるといたしましょうか。」
メリーは俺の話に頷くと、頼もしい顔で皆へと指示を出し始める。
「待ってろよ…みんな!」
俺はまず、ティファとルサリィを取り戻すべく、手紙で指定された待ち合わせ場所である、廃墟群になっている街の北端を目指した。
…
……
「おぅおぅ!大人しくしてろよ?お嬢ちゃ~ん」
「ひぃっ…」
「…ルサリィに何かしたら、その瞬間に全員殺しますよ?」
「ちっ…奴隷錠があるのに、できるもんかよ!」
街の北にある廃墟群の中でも、一際大きな元大貴族の屋敷だった建物の中で、ティファとルサリィは椅子に座らせれ手を後ろで縛られている。
特にティファを拘束しているのは『奴隷錠』と呼ばれる手錠型アイテムで、行動制限効果や装着者の力を抑制する効果があり、奴隷商ジェシカの手下である男達は余裕のある態度を取っているが、幹部であるフォルスは険しい表情で手下達を諌める。
「いいじゃねぇかフォルスの兄ぃ…どうせコイツらも商品になるんだ、先に味見させてくれよぉ」
「…その前に俺がお前さんをぶっ殺すでやんすよ?」
先程までとは違い、笑顔で軽く念押ししてくるフォルスを見て、手下は掴んでいたルサリィの頭を離すと他の手下達の元に戻る。
「なんだよお前、獣好きかよ!しかもチビじゃねぇか…ぶっはっはっ」
「うるせぇ!穴がありゃ全部一緒なんだよ…それに、ああ言う賢そうなチビをいたぶるのが良いんじゃねぇかっ!」
フォルスは自分の考えた作戦通りに行動しようとしない、短絡思考の部下に心の中でため息をつく。
たしかに、装着者の力を奪う奴隷錠は大人しく着けているが、ティファが本気を出した時に絶対壊れない確証などない為、フォルスは慎重に行動をせざるを得ないと考えているのだ。
「大丈夫ですよ、お嬢さん?貴方達のご主人様がお利口なら、無事に解放するでやんすよ。」
「…ユウト様。」
目に涙を浮かべながらも気丈に振る舞うルサリィを見ながら、ティファはこの場を覆す希望…ユウトの到着を待つのであった。
ーーーーエゼルリオ 北西 寒村
「ユ…クゾ…」
ゴブリンロードは律儀にも二人に宣言してから動き始める。
「かかってきなさい!」
対する二人は、当たり前のようにキリカが先陣を切り、ロードが突進しながら振るうハルバードを受け止める
が…
「きゃぁっ!」
「キリカ!…はぁっ、質実剛健!」
…ガキーンッ!
「アマ…イ」
スキルで力を増幅させているバンゼルの重い一撃をロードは余裕の動きで押し止める。
「くそっ!」
パワーで押し切れないならスピードと手数勝負だと、バンゼルは目にも留まらぬ速さで刀を振るう。
しかし、ロードは見事な槍さばきで攻撃を受け、払い、弾き飛ばす…
…ヒュン!!
バンゼルに気を取られていたロードは、背中に走る痛みに「グゥアッ!」と声を上げると、振り向きながら闇雲にハルバードを振り回す。
しかし、ハルバードは空を切り、スキルで存在を極限まで削っているキリカを捉える事は出来ない。
「お前の相手はコッチだっ!」
何事か把握できていないロードの注意を引く為、わざと声を荒げて挑発するバンゼル。
そして、それに注意を割く度に、何処からともなく剣閃が走り自身の体を切り裂いていく事に苛立つロード
…ブゥォン!!
ゴブリンロードは、ハルバードで円を描くように斬りつけると、二人と距離を取り「ウゴァアッ!」と叫び全身を淡い光で包む。
負けじと二人も能力強化のスキルを掛け直し、コンビネーションを活かした攻撃を続けるが…
…
「はぁ…はぁ」
「コイツ、強いわね!…バンゼル、平気?」
攻撃力の高いキリカを中心に攻め、技巧派のバンゼルがターゲットを引き受けているので、バンゼルへのダメージと消耗が激しく全身を切り傷で痛めている。
さすがはパーティ狩りが攻略基準のボスモンスターと言った感じで、余裕のある態度をとるロード
「ハハハ…ヨク…ガンバッタホウダ」
二人を見下すロードの態度にキリカは青筋を浮かべるが、一人で突っ込んだ所で勝機は無いと自分を抑える
「どうするの…バンゼル?」
「たまには、キリカも作戦考えてよ」
深刻な顔で問うキリカに珍しくバンゼルが冗談ぽく返す
「そうね…じゃあ、私がコイツを引き受けてあげるから、あなたは逃げなさい!」
そう言うと、バンゼルに制止する暇も与えずキリカはロードへと突撃し、ハルバードによる迎撃を受ける少し前に舜転身を使い距離を縮め吹き飛ばす。
「グハァッ!…キサマ…マダ、コンナワザヲ…」
吹き飛び起き上がるロードに再度、突貫を行おうとするキリカを止めようとするバンゼルの後ろから声が聞こえる
「ミドルヒール!」
聞こえて来た女性の声に、バンゼルが振り返ると自分の体を光が包んでいるのが分かり、思わず両手を見ると傷がみるみるうちに治っていき、全身の痛みが引いていく。
もう一度、魔法を唱えた相手を見ると…
思った通り聖女セレスとその護衛、聖騎士アルニラムが村からこちらに向かって来ていた。
頭の中からスッポリ抜け落ちていた援軍の存在に、バンゼルは一縷の希望を見出し、無茶な戦いを挑んでいる相棒を呼び戻そうとキリカ達の方を見ると
「きゃあぁっ!」
ちょうど、ロードの一撃に捕まり盛大に吹き飛ばされるところだった…
「キリカっ!」
「待つんだバンゼル君!聖女様、お願いいたします!」
アルニラムはバンゼルを呼び止めセレスに託すと、自分は一目散にキリカの元に走っていく
「聖女様、キリカがっ!」
「お待ち下さい、アルニラムが助けますし私が必ず癒します。ですから…あの者を倒す準備をして下さい!」
そう言うと、セレスはバンゼルに次々と支援魔法を掛けていく。
アルニラムはキリカとロードの間に駆け込むと馬から飛び降りる。
「キリカ殿っ!…こいっ!異形の者よ、私が相手だ!」
キリカを背後に隠して剣を抜き立ちはだかり、後ろ手に回復魔法を掛ける。
「う…う~ん、あったかいにゃあ」
全快とまではいかないが、アルニラムの魔法で傷がましになり顔色もだいぶ良くなるキリカ
突然現れた援軍に様子を見ていたゴブリンロードは、せっかく与えたダメージを回復させる二人に苛立ち叫ぶ…
「ヨケイナ…コトヲ!」
叫び声と同時に走り出しアルニラムへとハルバードを叩き込むが、バフ魔法と能力向上スキルで強化したアルニラムは、その一撃を物ともせず受け止めた。
「キサマ…ワガイチゲキ…トメルトハ…」
「モンスターの分際で流暢に喋るじゃないかっ!」
鍔迫り合いをする二人の後ろで、バンゼルがキリカを抱きかかえセレスに診せる…
「ミドルヒール!マナプロテクション、フィジカルプロテクション…」
セレスはキリカに次々と魔法を掛けていき、ようやくキリカが目を覚ましセレスを見て驚く。
「…う~ん、あと二時間…はっ!?ちがっ、あれっ?セレス…なんで?へっ?」
「キリカさん、助けに来ましたよぉ。今からは反撃のお時間ですぅ」
軽い口調でセレスがキリカに今の状況を伝えると、アルニラムとロードが戦っているのを見て理解し、「やっば!私ってば殺される所だったのね…」と、先程までの自分が置かれていた状況に頭をさすりながら反省する。
当然、バンゼルから勝手な突撃をした事にクレームが入るが、いつもの如く「はいはい」と軽く聞き流すキリカにバンゼルは頭を抱え、セレスが笑う
「みなさんっ!そろそろ準備は良いだろうか?…できれば参戦してくれると、ありがたいのだが!」
若干、和やかな雰囲気が出始めていた三人に、一人でロードを抑えていたアルニラムから待ったがかかり、二人は戦闘モードに表情が切り替わる。
…
セレスと言う支援も回復もこなせる魔法使いと、重いロードの攻撃を受け止める盾役のアルニラムが居る事で、二人で戦っていた時の事が嘘のように優位な展開を維持していく四人
苦しくなったロードは、周囲のゴブリン達を戦いに参加させたりするが、パーティとして機能しているバンゼル達を崩す事など出来ず、いたずらにその数を減らしていくのみだった。
そして…
「…マサカ…ヒトゴトキニ…」
「ようやく、アンタともお別れね!」
「我が正義の前に悪は栄えん!」
ついに四人はゴブリンロードを追い詰め、あと一歩の所までやってくる。
満身創痍のロードは、杖代わりにしていたハルバードを構える。
…なぜ彼は逃げないのか、それは種族の長としてプライドがあり戦士としての矜持があるからだ。
これが最後の攻防になる。
矛を交えていた三人はそれを強く感じていた。
「いくよ、キリカ!」
「いつでもいいわよ!」
走り出すバンゼルにキリカが追走していき、戦いを始めた二人が戦いの最後を飾るべく、握る刀に力と敬意を込めて強敵であったゴブリンロードにスキルを放つ
「はぁっ…」
「「百戴無窮!」」
…カーンッ!
鉄をも斬り裂く、二人の全身全霊を込めた一撃は…
なんの前触れも無く、突然両者の前に現れた漆黒の翼によって弾かれてしまう。
「いやはや、他者に任せても上手くいくものではありせん…ナッ!」
「「悪魔っ!?」」
「貴様は…悪魔イウェルト!」
二人の剣戟を弾いた漆黒の翼から現れたのは、悪魔界序列第四位の悪魔…イウェルトであった。
突然の悪魔出現に、何度も命を狙われているセレスとアルニラムは狼狽し、バンゼルは顔色を変える。
「ほっほっほ…久しぶりですなぁ~せっかく豚小屋から出てこられたので、お迎えにあがったのです…ナッ!」
「不要な気遣いだ!」
アークリッドパレスから出てきた所を狙ってあげたのだと言う悪魔に、アルニラムが険しい顔で返答する。
「…デェェモォン!」
「ちょっと!待ちなさいって!?」
突如制御の効かなくなった機械のように、顔色を変えていたバンゼルが斬りかかろうと突進するのをキリカが必死に抑える。
「ほっほっほ~威勢の良い坊やですなぁ、遊んであげたい所です…が、今日は日が悪い。ゲート!です…ナッ!」
敵意むき出しのバンゼルを新しい玩具を見る目で見ていたイウェルトは、なにかを思い出した仕草をすると、転移ゲートを開く。
「逃げるなぁぁっ!!」
「ちょ、ちょっといい加減に…きゃっ!」
目の前から消えようとする悪魔の姿に、キリカの制止を振りほどき刀を振るうバンゼル
「…また今度です…ナッ!」
そう言い残すと、ゴブリンロードを連れてイウェルトはゲートに入り、バンゼルの刀は虚しく空を斬った。
「くそっ…くそ!」
「バンゼル殿…」
悔しそうに地面を叩くバンゼルの肩にアルニラムはそっと手を置いた。
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