第58話作戦のために③
ーーーーエゼルリオ 北西 寒村
村を囲む数十匹のゴブリン達は、村を制圧するために今か今かと、突撃の合図を待つ。
「ゲギャギャギャッ!」
「アガヴガウッ!」
この村は元々、エゼルリオで生活していた人々が、レンの支配から逃れる為に移住したのが始まりの、人口僅か100人にも満たない小さな村は、その長閑な環境からエゼルリオ解放後も村にとどまる者も多かった為、村としての規模を維持するに至っている。
そもそも王国東部はモンスター被害も少なく、比較的安全な地域だったので自衛の備えが薄い。
その証拠に、村のメイン防備は簡素な柵を備えているのみで、武器や防具さえろくに用意されておらず、鎌や鍬と、急ごしらえした鉄の盾程度しか村人達は持っていなかった。
今回のように、組織だったゴブリンの襲撃など経験した事がない村人達は、国からの救援は見込めないので、とりあえず冒険者組合へと討伐を依頼したのだが…
平和なエゼルリオには高レベルの冒険者はおらず、駆けつけた冒険者達はゴブリンに軽く捻られてしまう。
生き残った冒険者は、村人達に村を捨てて逃げるよう指示した後、隣の都市であるバノペアに救援を求める為に向かおうとした所で、運良くバンゼル達と出会ったのだ。
……
「まさかこんな所で、聖女様や剣神流の高弟に会えるなんて思ってもみませんでしたよ!」
冒険者でシーフの男は、村へと聖女一行を案内する為、バンゼルと馬に乗り先頭を走りながら安堵の表情を浮かべる。
「…その村までは、後どれくらいですか?」
一方、前で手綱を握るバンゼルは厳しい表情で前方を見つめ、馬を走らせる。
「そんなに遠くは無いですよ、もうすぐ見えるはず……あぁ!あれです、あれ!」
バンゼルの後ろから男は前方の森を指差す。
「森の奥に村があるわ!」
同時にキリカからも村を見つけたと声があがる。
「お二人は先行して下さい!後から追いかけます!」
二人の後ろを遅れて馬車と共に走る、聖騎士アルニラムが大声で叫ぶと、キリカは振り返り頷いてスピードを上げていき、バンゼル達も後に続く。
…
村の柵は既に壊され、今にも最後の突撃に踏み切ろうとしていたゴブリン達は、遠くから猛スピードで向かってくる人間達を見て騒ぎ出す。
「アギャ?アーアギャア!」
「ウギィギィギャア!」
通常、知性の低いゴブリンが先を見越して警戒を示すのは稀なのだが、統制の効いた集団にいるゴブリンは相手が少数だからと勝手な判断を行わず、自らの長へと報告に走る。
「良かった、とても日暮れまで持ちそうになかったみたいですね。」
「あんたらのお陰で、村人も命拾いだよ!」
前日から襲撃を受け、逃げようにも逃げられない状態に陥っていた村人達は、何とかゴブリンを押し返していたものの日暮れ以降に行われる、本格的な突撃前に崩壊寸前になっていた為、男の言葉通り本当に命拾いのタイミングであった。
「…バンゼル、外の奴らは私が斬るから村の中をお願い!」
「分かった!無理し過ぎないようにね!」
「一人で行かせて大丈夫なのかよっ!?」
心配する冒険者をよそに、ゴブリンの集団に突撃していくキリカ。
バンゼルは、ゴブリン達の意識がそちらに集まったのを確認しつつ村の中に入ると、さほど大きく無い村を見渡す。
すると、村の中心に少し大きくて他の家より頑丈な作りの建物があり、それを取り囲むゴブリンが見えた。
「馬をお願いします!」
「はっ!?えっ?」
ゴブリン達を見つけるなり、馬を飛び降り駆け出すバンゼル。
突然の乱入者にゴブリン達は驚くが、本能的に即座の臨戦態勢を取る…が、無駄。
バンゼルは走る勢いそのままに華麗な剣さばきで敵を切り裂いて行く。
剣を振り上げたゴブリンは腕ごと首が落ち、飛び上がって手斧を振り下ろしたゴブリンは地面に降りる頃には上半身と下半身が別れて着地に失敗する。
そうして、建物を取り囲んでいた二十匹近いゴブリンを斬り終えたバンゼルは、息を一つつくと刀を一振りして血を振り払う。
その様子を馬と見守っていた冒険者へこの場を託すと、自分はすぐさまキリカの元へと走り出した。
…
「すご過ぎるな…お前もそう思うだろ?」
「ブルルッ…」
その場に取り残された一人と一頭は、風のように走り去るバンゼルの後ろ姿とゴブリンだったモノの残骸を見て呟く。
その後、建物に立て籠もっていた村人達が外の状況に歓喜したのだが、それを成した張本人には微かに聞こえてくるのみだった。
…
「キリカ!」
「バンゼル!こいつら様子が変よ…」
足元に数十匹の死骸を転がし佇むキリカは、バンゼルをチラリと見ると異変を伝え、襲って来ずに距離を取るゴブリン達を刀で指し示す。
ゴブリンは恐怖心と言うものを殆ど持っていないため、力の差を感じても突撃を続けるか、早々に逃げ出すだけのはずだ。
しかし、距離を取るゴブリン達はそのどちらにも当て嵌まらず、切り札のような何かの到着を待ちわびているようにも感じられた。
「…何か来るね。」
「そうね、この気…強い。」
少し離れた森の中から何かがやって来る気配を感じたのか、二人が同じ場所を見つめて言葉を交わす。
…
すると森の奥から、ゴブリンの亜種であるデミゴブリンが木で作られた神輿を担ぎ出てくる。
そして、その神輿で胡座をかくのは…普通のゴブリンの1.5倍はある、2m近い巨大なゴブリンだった。
「ちょ、バンゼル!あれ何よっ?」
「…多分だけど、ゴブリンロードかな?」
キリカの質問に何でも知ってる訳じゃ無い、と言いながらも自信なさげに答える。
バンゼルが知らないのも無理はない。
何故なら、ゴブリンロードが生まれるのは数年に一度で、比較的高レベル帯の森などから出てくるので出会う機会が少ないのだ。
強さ的にも、レベル80前後のPTM(パーティーモンスター)なので、討伐するとなれば国家レベルでの対応が必要になる。
「…ワレワ……ゴブリンノ…オウダ!」
「ちょっと…アイツ喋ってるわよ?凄いわね!ねっ!」
「キ、キリカ落ちついて!ボス級モンスターの中には人の言葉を操るのも多い、って師匠に習ったでしょ?」
そうだっけ?と首を捻る緊張感の無いやりとりをするキリカとバンゼルに、ゴブリンロードは苛立ちを露わにし始め、周りに控えるデミゴブリンとゴブリンマジシャンに命令を下す。
「アガウゥ…グゥア!」
ゴブリンよりも一回り大きいデミゴブリン達が、左右から二人を殺すべく武器を構えて進み出すのと同時に、中央ではゴブリンマジシャンが魔法を唱えて放つ。
「アンデウゾヤマトル…アウア!」
…ボォウッ!
「キリカ、魔法は撃ち落として!」
「分かったわ!重見天日(ジュウケンテンジツ)!!」
ゴブリンマジシャンの放った第二位魔法ファイアーボールを、実態の無い物を斬る事ができるスキルで叩き落として行く二人。
「「アギャアッ!!」」
魔法が効かない相手やかわされる事はあっても、叩き落す敵など見た事無いゴブリンマジシャン達は目を見開いて驚く。
「ウガァァッ!?」
ならば、物理攻撃でとデミゴブリン達が棍棒、斧、剣等を使って力任せに二人へと襲いかかるが…
「…魔法は第三位までなら何とかなるけど、集団魔法を使われると厄介だから、先にマジシャン達を斬ろう!」
「分かったわ!」
二人はデミゴブリン達の攻撃をかわしながら腕、脚、首を斬り落とし、余裕の表情で作戦を相談し合う。
「行こう!疾風迅雷、獅子奮迅」
「はぁあっ!疾風迅雷、獅子奮迅」
襲って来たデミゴブリンを倒し終えた二人は、マジシャン達が次の魔法を放つ前に自身の速度と力を50%アップさせるスキルを使い、一気に距離を縮める突進を行う。
「花鳥風月!!」
「飛花落葉!」
マジシャン達への突撃を防ごうと、ゴブリン達が道を塞ぐが、身体能力を向上させ連撃スキルを使う二人の前では紙切れも同然だった。
…ヒュンッヒュッ!
「グアッ!」 「アガァッ…」
「グヘッツ!?」 「ウゴアッ…」
…ドスンッ!
二人は勢いそのままにゴブリンロードの元まで辿り着き、神輿を担いでいたデミゴブリン達も切り伏せる。
支え手を失って落下する神輿からロードは飛び降り、額に青筋を立て二人を睨んだ。
「…キサマラ…ヨクモ!」
周りにはまだ200近いゴブリンが見守る中で、剣神流とゴブリンロードの戦いは始まった…
ーーーーエゼルリオ
「ユウト侯爵様、大変だっ!皇女様とちっこい魔法の嬢ちゃんが攫われちまった!」
会議室として間借りさせてもらっている都市長会館に、現場作業員風のオヤジが飛び込んで来て叫ぶ。
「はぁ、なんだって?二人が攫われた?いやいや、冗談だろ?そんな…一体どうやって」
「ほんとなんだ!嬢ちゃんが串焼き食ってたら倒れちまって人質に取られて、皇女様も連れてかれて…」
おそらく全速力で知らせに来たのだろう、一気に喋ると肩で息をするオヤジの姿に、さすがの俺も不安が込み上げて来てメリーを見る。
「レアさんのレベルなら、大抵の毒などはレジスト出来ると思いますが…可能性はございますわね。」
メリーの態度にさらに不安が広がり、背中を冷や汗が流れ始める。
「わわわ、分かった!どこだ?何処に行けば良い!?」
「はぁはぁ…いや、それはあっしにも…」
「はぁ?オメェ何言ってんだよ!そこが一番大事なんだろ!!」
「ユウト様…」
オヤジの両肩を掴んで殴りかかりそうになる俺を、メリーがやり過ぎだと止めてくれる。
…ヤバイ。
敵がいるのも動くのも予想はしてたけど、こんなにアッサリやられるなんて…レアの弱点をついてきたり、それをネタにシャルを攫うとか用意周到過ぎるだろ!
くそっ…どうすれば
…コンコン
「失礼するぜ、ここにユウトってのは居るのかい?手紙を渡すように言われたんだが…」
意気揚々と訪ねて来た男は、室内の重い空気を感じて言葉を尻窄みにしていく。
その様子を見かねたメリーが、男の話を聞きに行ってくれ手紙を受け取った。
「…そんなもん見てる場合じゃ無い、とにかく二人を探さないと!一番怪しいのは孤児院の所だろ!?」
「…ユウト様、さらに厄介ごとですわ。ティファ姉様とルサリィも攫われたと…これも事実なら、時間と場所の指定が書かれていますわ。」
慌てふためき孤児院に突撃だと騒ぐ俺に、メリーは読んだ手紙の内容を伝えて来る。
…俺は、あまりの衝撃に血の気が引いた。
「そ、そ、そんな…ティファがついてるんだぞ?それなのに捕まるなんて、一体何が起こってるんだよ!」
誰も答えれる訳が無いのに、一人ヒステリックに叫ぶ俺にメリーは冷静に対策を告げる。
「レアさんの方は向こうの出方が分かりませんわ。まずは姉様の方を確実に取り戻しましょう、大方ルサリィが人質にでもなっているのですわ。」
「わ、分かったよ…シャルとレアは一旦、あきらめ…あき、諦められない!ダメだ!全員一緒に助けてやらないと!」
…ギュッ
「…あっ」
聞き分けが悪く、尚も取り乱すバカな俺をメリーが強く抱きしめてくれる。
座って頭を抱えていた所を抱きしめられたので、巨乳に包まれたけどヤラシイ気持ちにはならず、ただただ安心感だけを感じた。
「今回は、わたくしがついていますわ。わたくしが居てユウト様の希望が叶いません事がありまして?」
「……ない。ありがとうメリー」
ようやく冷静さを取り戻せた気がして、頭も回り始めたので、俺の考えた事をメリーに話しておく。
「そうですわね…たしかに同一犯の可能性は高く、孤児院のシスタージェシカが手引きしている確率が高いですわ。」
とりあえず俺は、手紙で指定された場所に向かいティファとルサリィを取り戻す交渉をしつつ、メリーはシャルとレアの情報収集及び俺が交渉をミスった時のフォローをしてくれる事になった。
都市長のマーレさんには、ここで俺宛に情報が入れば伝えてもらえるようにお願いし、各自行動を開始した。
…リーン…リーン
俺の頭の中で呼び出し音が鳴り響いた…
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