第48話四人目

「お前さん、随分と楽しくやっているらしいな…」


「あ、あのー…ここ、俺の部屋だよな?」


 やたらと豪華な椅子に座り、土足で待ち構えている金髪の男が俺の部屋にいた。


 一瞬、間違えたかと思ったけど、俺の部屋は三部屋借りた内の真ん中で、間違えようがない。

 まったく見覚えの無い相手に、あんな態度で馴れ馴れしくされる筋合いは無いので、さっさとお帰り願ったのだが…


「ここは俺の宿だ。そして、俺がルールだ!」


「…また、変なのが現れたよ」


 …どうやら、帝国に住んでる大金持ちの和風旅館オーナーとは、コイツの事だと言うのが分かった。


「俺の名前は、黒崎 秋人(クロサキ シュウト)だ。お前と同じ日本人さ。」


 俺が「あぁ、やっぱりか…」と言うと、整った眉を寄せて睨んで来る。


「言葉使いがなってないな…そんな事では、俺の部下として使ってやらんぞ?」


「へっ?…部下?」


 あまりの突然な発言に俺が唖然としていると、奴は笑い出し衝撃の事実を語り出した。


「はっはっははは。その間抜け顔、俺の昔の職場にいた、デブのオッサンを思い出して不快になるぜ。」

「職場…?」


「あぁ、俺が社員をしていた会社の作業員にな、気持ち悪い中年デブのオッサンがいてよ。お前とは全然ナリが違うんだが、確か…同じような名前だったんだよな。」


 名前のせいで同じ様に感じるのかもな?とか言われるけど、工場にいた嫌味な社員でクロサキって…俺も聞き覚えがある。

と、という事は…それは間違い無く俺の事だろう。

 現実世界での知人かもしれない相手を見て、せっかくこの世界での『ユウト』に慣れてきた俺なのに…昔の悠人(ユウト)が、心の奥底から顔を出そうとしてくる。


 せっかく異世界で築いた平穏を、工場に居た嫌な若造社員に壊されてたまるかよ!

 必死に平静を装いながらも、頭が混乱していた俺は、とにかく先制攻撃を取らねばと思い、攻撃アイテムを懐に準備する…


「おいおい、今日は殺る気は無いんだぞ?…お前に俺の部下になるチャンスを与えに来ただけだ。」


「くっ、黙れっ!」

 …カチャッ

 俺が懐のアイテムを発動しようとすると、首筋に冷たくチクっとした感触がする…


「…動かないでください」

 まったく気配を感じなくて、反応出来なかったけど、なんとか目線だけ動かして、俺にナイフを当てている女を見た。


 …整った顔はしているけど、無表情…能面みたいな顔だな。

 でも、この女が纏ってる雰囲気は何処かで…


「そいつは、俺がゲーム時代に作ったNPC(ノンプレイヤーキャラ)だぞ。」


「やっぱり…」


 ガキの割に感が良いじゃないか、とか言われるけど、ウチの三姉妹から稀にだけど感じる、違和感と言うのかな?生身の人間とは違う…少し機械的な気配みたいなものが、この女からは分かりやすいほど伺えるからな。

まぁ、なんとなくだけどな。


「お前の配下にいる女共もNPCなんだろ?三体もどうやって手に入れたんだ?誰かから奪ったとかか」


 シュウトは勝手に私見を述べながら、俺を無遠慮な視線で見回してくる。

 おそらくレベルが低い事や、年齢的に飛ばされた時の状態を考えているんだろうけど…



 …怖い。

 悠人の心が逃げろと呟いて来る。

 同じ日本人と言うだけならまだしも、現世での俺を知る存在…昔みたいに全てを晒されて、虐げられる前に、全てを捨てて引きこもってしまえ、逃げろと。



 だげど…

「…おっ、お前とは…違う。三人は自分の意志で、つ、付き従ってくれてるんだ!」

 なんとか、弱い心を奮い立たせて叫ぶ…けど足がブルブル震えて情けない。


「生意気な…だが、良いじゃないか!お前が俺の下につくなら、あの姉妹を奪うのは勘弁しておいてやるぞ?」


「奪う…?」


「なんだ、知らんのか?」


 そう言うと、シュウトは呆れた顔で、昔、帝国にいた転移者の日本人に従っていたNPCを奪った時の話を、自慢げに語りだした。




 …

 ……

「そんな…」

 俺は聞いた話に納得できなくて、思わず呟いてしまう。


 …元NPC達には『所有権』と言う設定があるそうで、所有者が明確な意思を持って「所有権を破棄する」と伝え、NPC側でも「所有権放棄を受ける」と受諾すれば、主従関係は解消されてしまうそうだ。


 そして、またその逆も可能だそうだが、従者側からの破棄や一方的な契約はできないし、この世界の人間とでは強制力が無いらしい。


 一番恐ろしいのは、主従関係が破棄されると、精神的なダメージが発生して感情に一部欠損等が起こってしまうらしいって事だ。


 …そう言えば、俺の称号に【主たる者】ってのが見える、って昔に言われた事あったな



 …衝撃を受けて黙っている俺に、シュウトはその日本人がもうこの世にいない事や、「俺が手を回して追い込めば、簡単にその状況を作れるぞ?」と言って脅してくる。




 …ドガッ!ビュン!

 突然の破砕音がしたと思ったら、ティファが俺の部屋のドアを破壊しながら、俺を捕らえていた女に斬りかかった!


 女は攻撃を躱したけど、シュウトの元に戻った。

「大丈夫ですか?ユウト様…」

 俺の首についた小さな傷を見て、ティファがシュウト達を凄い勢いで睨む。


「…申し訳ございません、シュウト様。」

「ちっ、邪魔が入ったか…まぁいい!次に来た時に正式な返事を聞こうじゃないか。」


「…誰が……お前なん…に」


「はっはー!良く考えておけよ?」


 言葉に詰まる俺を見て、愉快そうに笑うシュウトが合図をすると、転移ゲートが開かれて消えて行ってしまった…



 …

「ユウト様!お怪我を…」

「だっ、だい…じょぶだよ」


「ヒーリング!」

 ティファの手が聖なる光を宿して、俺の傷を癒してくれる。


「あ…ありがと…もう、平気だよ。」

 精一杯の空元気で、笑顔を作ってティファにお礼を言う。



 …ギュッ

 何も聞かれず、何も言われず、ただ抱きしめられた。

 さっきまで感じていた、漠然とした不安感や恐怖心はティファの温もりを感じると、一瞬で消え去って…いつのまにか震えも治っていた。


 俺はティファにお礼を言ってから、先程までの事の経緯について説明した。

 …そして、そのまま警護の為にと言われて、ティファは俺と一緒に眠る事になったんだ。


 この日、俺はティファと大人の階段を……









 …登られへんわいっ!ちくしょう…


 あぁ…まったく役立たずな、俺の聖剣は無視して、真っ赤な顔のティファを拝みながら抱き枕にさせてもらうと、安心して眠りにつくことができた。











 ーーーーーーレン&メリッサ

 レンは愛刀に手をやると、即時対応できるように少し腰を落とす。

 どうやら、枢機卿と話をする相手にも心当たりがあるんだろう…

「お前…誰やっ!?」

 …知らんのかいっ


「…そりゃ、こっちのセリフだぜ?兄ちゃんよ」

 魔法の品で装備を固めた人相の悪い男が、当たり前の問いかけに当たり前の答えを返す。



「…はぁ。」


「あんな人相の悪い奴おったら警戒するやろっ?」


 溜息をつくメリーに、レンは抗議するが「貴方の人相も大して変わりませんですわ。」と、一蹴されて黙り込む。



「普通に考えれば、人の家に無断で上り込む君達の方が不審者ですな、レン君。」


「あぁ、お邪魔してます」

 今更ながらお辞儀をするレン。


 …どうやら、二人が顔見知りだと言う事は真実のようで、メリーは少し安心する。

 もし、知り合いの件が嘘であれば、どんな責めで苦痛を与えるかと考えていた所だったので、レンは命拾いしたようだ。



 そして、レンとヴァイゼル枢機卿は突然の訪問について理由を話し始める。

 メリーはその話を耳に入れながら、ヴァイゼルの向かいに座る人相の悪い男を見る。


 …ウェイン・ガードナー LV81 盗賊

 メリーはスキル【サーチ】で情報を確認して、ウェイン個人の力は取るに足らないゴミだと判断する。

 この程度であれば、レンだけで充分対処可能な筈だし、唯一気掛かりなのは、魔法のアイテムを数多く所持していそうと言う、その一点くらいだ。



「…ほぅ。悪魔(デーモン)ですか。」


「せや、東部教会の司教かて、この世にはおらんやろな。」


「あんたらが殺ったんじゃねーのかい?」

 ウェインがニヤリとしながら口を挟んで来る。


「それをして、わたくし達に何のメリットがありまして?」

 やれやれと言う表情でメリーが返し、それよりも、さっさと本題に入れとレンを小突く。




 …

「あぁ…んで、お前らがユウトを狙とるってのはホンマなんか?」


「狙っているとは…人聞きの悪い。神託の勇者様にコンタクトを取ろうとするのは、聖教会に属する者として当然の務めでは?」


 レンのダイレクトな聞き方にヴァイゼルが眉を潜めて、正当な理由があっての当然の権利だと主張してくる。


 メリーは勇者発言に疑問の表情を浮かべ、レンが理由を説明する。


「…なるほどですわね。」

 ユウトを人々が勇者だと崇めるのは、悪い気はしないと考え、レンの話にもっともだと頷く。


 …どちらかと言えば、説明しているレンの方が「そんなん、大袈裟に言うとるだけやろうけど」と、否定的なくらいだ。


「……男の嫉妬は見苦しいですわよ?」

 メリーはそんなレンを一喝して、ヴァイゼルに、それでは神国の人間全てが、ユウトに跪く準備があるのか?と問う。



「いえいえ、ユウト殿には国のシンボルとして適度に働いてもらえば充分なのですよ。」

 ヴァイゼルの答えに、メリーの整った眉が動く。


「ユウト様を傀儡にすると…?」

「まぁ、ぶっちゃけちまえば、そうゆう事だな。なーに、悪いようにはしないさ。」


「その為の相談をウェイン殿としていたのですよ。」

 二人の会合の意味を理解したメリーは、空色の髪をかきあげると、優雅に二人の机まで進むと「あなた方の思うように出来ると思いまして?」と、テーブルに手を掛けて怒気を含んだ質問を投げかける。



 ヴァイゼルが冷や汗を垂らし、ウェインに助けを求める。

「まぁ、そんなに興奮するなよ。悪いようにはしないし、帝国の暴君からも守ってやるぜ?」


「はっ、雑魚はお黙りなさい。」

 メリーの冷たく言い放った言葉に、ウェインも眉間に青筋を立てる。



 …このウェイン・ガードナーと言う男は、実は犯罪集団【餓狼蜘】の長をしている。

 もちろん、実質のトップはラヴァーナ教の教主ラクシャスだが、表のトップとしてラクシャスとの連絡や、ある程度の決定権は付与されているのだ。


 だから、実力に差があるだろうメリーを前にしても、余裕のスタンスを崩さないのは、自身の身を固めるアイテムと、その肩書きあっての事だろう。



「…まぁまぁ、ユウト殿の事は、教皇猊下と聖女様がお話をしたい、と望まれているだけですし、何も無茶を起こす気はありせんよ?今は。」

 ヴァイゼルが一触即発の様相を見せる二人を心配して割って入るが…


「今…は?」


「ごくりっ…」

 メリーの視線に失言だと気付いたヴァイゼルは、もちろん国家間経由で丁重に依頼しますから、と付け足してお茶を濁す。



 ウェインはつまらなさそうにしているが、額にうっすらと汗をかいているのは隠しようがない…

 レンが最後に王国やユウトに手を出す事は無いのか最終確認し、国内の事情が片付くまでは呼び出しも行わない、との言質を取って任務は完了した。




 …

 ……

「最後は口出しせんかってんな?」

「あの二人を殺すのと、国家間で戦争するのは別物ですわ。」


 その程度は、貴方でも理解できるでしょ、と言いながら宿に戻っていると…



「はぁ…脳味噌が足りないのは、見た目通りでしたわね。」


「まぁ、分かりやすいんは制御しやすくて、ええんとちゃう?」

 二人は気配を感じてウェインへの感想を言い合う。



「テメーラ、偉そうに歩いてんじゃねぇよ!」

 一昔前のヤンキーのような絡み方をしてくる、おそらく餓狼蜘の一味であろう男を見て、レンが懐かしいものを見る目で生暖かく見守る。


「なっ、なんだその目は!?おい、お前ら!」

 レンに不気味さを感じたのか、男は仲間を呼び出し二人を囲むと、人気の無い方へと連れて行く。



「…なぁ、多分やねんけど、また魔封石が出そうやから、発動する前に奪えるか?」

「…容易い事ですわ。」


 少し開けた場所に出ると、レンはこの辺りでええやろ?と言い、屈伸を始める。

 …周りにいるのは、一般的な冒険者や傭兵レベルなので、二人から見れば大した敵でも無い40~50LVが五人、一番高いのが最初に出てきた男だか、それでも60LV程度で結果は見えているようなものだ。



 まずは小手調べと言った感じで、周りを囲む男達が、それぞれの得物を抜き放つ。


 レンは刀では無く鞘を振ると、「かかってこんかい!」と獰猛に笑う。


「おらぁああ!」

「死ねぇぇえ!」

 斧でも一撃を軽く躱して、勢いあまって前のめりになった男の頸に、上段からの一閃で気絶させるレン。


 ティファに至っては短剣の男が、剣を振り上げた時には、既に土手っ腹にクナイを差し入れていた。


「一応、捕まえるんメインな!」

 レンの声を聞きながら、さらに二人を沈める。


「…ちっ、おい!」

 リーダーの男が、最後の一人に叫ぶと、その男は手にしていた剣を掲げる。


「「……?」」

 バチバチッ…ドガンッ!!




 …突如、二人の頭上から雷光が降りそそいだ。

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