温泉と監査と婚約破棄お姫 2

問題になった公衆浴場『天然 聖剣温泉』だが、街の人には非常に好評である。


それまでは、ほとんど体を洗うという習慣がなかった町の人たちがみな、かなりの頻度で通っている。温まるし、きれいになるし、何より入浴料も安いのがいいそうだ。

お姫は商売がうまく、家族での定期券やら、回数券やら、果ては牛乳飲み放題セットといったお得な料金プランをいくつも用意していた。そういうプランもあって、売り上げは上々であった。

現在では、二つ目の公衆浴場を作る計画も進んでおり、建物をすでに建設中である。聖剣は二つにへし折ったから、二か所までは作れるのだ。三か所目の公衆浴場建設の計画が立ち上がったら、聖剣をもう一回へし折る必要が出るかもしれない。


なんにしろ公衆浴場と、それを作ったお姫の評判はかなり良い。お祭りをやったり、何かと派手に騒ぐお姫の評判は非常に良いが、その最たる理由はこの公衆浴場だろう。


そんな公衆浴場にクレームが入ったことで、街の人たちは国に対して不信感を強めた。名前程度何が問題なのだ、という声があちこちで聞こえ、その一番の扇動者が領主様だった。

私は正直、名前だけ変えればいいじゃない、そうすれば帰ってくれるでしょ、ぐらいに思っていたが、無駄に盛り上がってしまった世論と、それに後押しされた、鼻息荒い領主様が、王国と交渉を下らしい。すったもんだあり、その調査官は、中立な第三国の人間を入れるというめんどくさい事態にまで発展した。





「我が直々に調査をしてやるぞ! ありがたく思え!!!」


そして調査団が来た時、お姫は絶望していた。

調査団団長としてきたのが、なんとあの魔王だったのだ。

魔王は確かに魔国の人間で、第三国の人間だけど、これこそ嫌がらせではないかと本気で思った。

固まったまま静かに涙を流し始めたお姫を、さすがに私はちょっとかわいそうに思った。

調査団員としてついてきたのだろう、隣にいた、お付きのさくらさんはすごく困った顔をしていた。私も多分同じ顔をしていただろう。


調査といっても、国と領主間の話である以上かなり政治的な話になる。

封建制国家と地方領主の関係というのは非常に微妙なものだ。国家は領主たちのまとめ役ではあるのだが、明確に上下関係があるわけではない。今回の不当表示を取り締まる法律だって、国の直轄地なら適用されるのは明らかだが、領主様が治める白雪の地で適用されるかといわれるとかなり微妙である。そうしてあまりに関係がこじれると、別国家への編入が起きたり、最悪の場合は反乱がおきたりというどちらにとってもうれしくない結末が待っている。

そんなことには誰もしたくないわけで、そうすると基本スタンスは調査団の皆さんに接待攻勢をして機嫌よくなってもらいながら、お互いメンツを傷つけないように落としどころを探すだけだ。今回だと天然温泉はさすがにやめて聖剣浴場にします、とこちらというかお姫が申し出するぐらいで済むのではないかといったところだ。

魔王のご機嫌を取るべく、街のキレイどころを呼んで接待をでもさせようかな、とか思いながら報告書と各会計の原簿を積んでいく。まだ初めて半年の事業なので、書類の量も多くない。


どうせ魔王はろくに見ずに、側近のさくらさんが確認するんだろうなーと思っていたが、驚いたことに魔王は自分で書類に目を通し始めた。


「おい、勇者。ちゃんと王国書式を守れ。あとこれとこれ、計算間違っているぞ」

「え? これずっと前から使っている書式ですよ。ギルドのほうもこれで会計簿つけていますし」

「50年も前の書式使い続けているんじゃない。こんな古い書式を使っているから計算間違いもするのだ。さくら、新書式を勇者の奴に渡せ」

「うわー、移記しなきゃいけないのか、めんどくさい……」


ろくに見てないかと思いきや、ちゃんと確認していたようで、書式のミスやら計算ミスまで目ざとく見つけてきた。何より書式変更まで突っ込まれてしまった。他国の人間のくせに書式まで知っているのか。グギギ、すごく悔しい。

なんにしろこれ、書き直さなきゃいけないんだろうなぁ…… 半年分しかないが、すごくめんどくさい。しかも、よく考えたらギルドのほうの会計簿や、購買部のほうの会計簿も書き直しの可能性がある。死ぬほど面倒な事態に直面してしまった。


「ふん、さくら、複写魔法で、写し取ってやれ」


そんな私の困惑を見透かしたのか、魔王はさくらさんに声をかける。

複写魔法とは、情報を移記できる高等魔法だ。これが使えるのはごく一握りの、魔法行使が得意な人に限られ、基本的には魔力との親和性が高い魔族ぐらいしか使えないとかいう話を聞く。そんな魔法でさっさと仕事を片付けてくれるなら、これほど楽なことはないのだが……


「え、嫌ですよ。私は報告書を書くので忙しいですし、暇をもてあまして女の子にちょっかいかける余裕がある魔王様が自分でやればいいじゃないですか」

「さくらが冷たい……」

「昨日だって、酒場に遊びに行っていましたよね。私が書類仕事しているのを置いて」

「あ、あれは町の状況を確認するために……」

「知りません」


つんっ、とそっぽを向くさくらさん。いつもピシッとしたお姉さんがそういうかわいい動作をすると、かわいすぎてやばい。そんなさくらさんが何か書類を書いている横で、魔王は肩を落として何か魔法を使い始めた。一瞬のち、書類はきれいに出来上がっていた。


「これが複写魔法かぁ、すごく便利だね」

「難しい魔法なのは確かだが、現在同じ仕組みの魔道具を開発中だ。できればきっと便利になるだろう」

「確かに、値段次第だけどほしいかも」


帳簿類がきれいな帳簿にバージョンアップされていた。これは非常にうれしい。書式の用紙をもらえばあとは追加で書いていけるだろう。何にもできない人かと思っていたが、今の様子を見ると魔王も案外優秀なようだ。好感度をゴキブリ以下からある程度上方修正しておく。

そんなこんなで、数時間で監査は終了し、調査団の報告書も出来上がっていた。案外あっけなく調査は終わった。


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