温泉と監査と婚約破棄お姫 1

冒険者ギルドは、いくつかの組織に分かれている。

といっても人数も少ないから、どの組織もメンバーが一緒なのだが、形式上いくつもの組織がギルド内に存在している。

本体は冒険者ギルドそのものであり、ここでギルドメンバーの管理や仕事の発注をしている大元締めである。仕事の対価からメンバーの報酬を出すのもここだし、仕事のやりくりをしているのもここだ。この組織のトップはマスターであり、サブリーダーはギルバードさんで、私はただの受付だ。

ほかには解体購買部というのがある。メンバーが狩ってきた獲物を解体して売却したり、逆にメンバーに必要なものを調達したりする組織である。メンバーにココアやお酒を出したり、食事を出したりするのも実はここのお仕事である。ここのリーダーは実は私になっている。といっても私オンリーの一人組織だ。

最近できたのは温泉部である。公衆浴場をやっている組織であり、ここのリーダーはお姫でサブリーダーが私である。公衆浴場自体、建物はお姫の出資100%で作られているため、そのまま責任者になったのだ。なぜか私がサブリーダーだが。

他にも清掃衛生部、警備部、消防部などなどいろいろある。いろいろ分かれているといっても、基本的にはみな手紙はギルド宛だ。一応解体購買部と温泉部は本体と独立していることになっているが、そんな細かくなんてみんな考えていない。


だからこそ、わざわざ『白雪冒険者ギルド温泉部』宛なんて手紙が来たら、必然的に目に留まった。いったい何だろうと思い開けてみると、そこにあったのは警告文だった。







「いやあ、やってしまったねぇ。ついに来たかー」


えへへー、とかわいらしく笑うお姫は、全く反省をしていないようだ。

警告文は国の司法部からのものであり、公衆浴場『天然 聖剣温泉』の表記が誤解を与える表現だというものであった。確かに、川の水を引いてきて、聖剣パワーで温めただけであるから、天然温泉どころかそもそも泉ですらない。誤解を与えるどころかそもそもほとんどウソである。聖剣の部分以外まるで本当の要素がない。

こんな表記にしたのは、お姫がこれにしよう、と言い出したからである。お姫の出資で建物は作られたので、お姫がそういうと、皆もそれでいいかと納得してしまった。


「だから聖剣風呂にしようって言ったのに。温泉要素まるでないじゃない」

「なんか風呂ってダサいでしょ。温泉がいいと思ったんだもの」


お姫の感性はときどき意味が分からない。風呂だろうが温泉だろうが一緒だろうに。

なんにしろ、名前が嘘っぱち過ぎるということで監査が入ることになったらしい。警告文には監査の日程も記載されている。


「ひとまず調査項目への返答をしないといけないんだけど……」

「受付ちゃん任せた!!」

「まてや」

「ぐえっ」


私に全部押し付けて逃げようとしたお姫の脚を蹴飛ばして転ばせる。決して逃がすつもりはない。そのまま背中を踏みつけると、お姫は無様にもがいていた。

お姫は書類仕事が得意だが嫌いである。まあ好きな人はめったにいない仕事の種類なのは確かであるが、基本的に私に全部押し付けようとする。毎回ケーキやらなんやらでごまかされてきたが、そろそろ私のお腹のぜい肉と堪忍袋の緒が限界である。


「お姫が書いたほうが早いし、そもそも原因はあなたなんだから、自分で書きなさい。今すぐ」

「じ、実はこれから用事がありまして」

「キャンセルになって残念ね。ほら、いいから座って書きなさい」


逃がさないように首に腕を回して確保する。観念したお姫はゆっくりと報告書を書いていった。

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