chapter.96 終末への突貫

 太平洋のど真ん中へ落ちる《ゴーアルター》を追って《ゴッドグレイツ》は大気圏に突入した。

 真紅のボディが摩擦熱で更に赤く染りコクピット内の温度も上昇する。


「ガイ、お前はマコトを守るんじゃなかったのか?」

 今はトウコの物となっている身体を借りて、オボロはガイを問い詰める。

 俯き、黙るガイ。

 だが、モニター画面越しからも伝わってくるオボロの鋭い視線に答えざるを得なかった。


「……俺は自分がわからなくなった。俺の生まれた目的、何をしたいのか、何をするべきなのか、それすらも」

「ふんっ、情けない奴だ。そんなことだからあの男に身体を乗っ取られることになるんだ」

「オボロにはわからないだろうッ!? 自分が自分じゃない何かに支配されるのを」

 ガイを蝕む狂気の人格。

 これまでマコトたちの前では平然を装っていたが、本当は恐怖で押し潰されそうになっていた。


「私はこの身体をクロス・トウコに預け、魂をゴッドグレイツに捧げた。私はサナナギ・マコトに全てを託した」

「俺は、夢を奪われた。俺にはもうマコトを守る力なんてない……なんで殺してくれなかった」

 マコトの前では格好をつけたかった。

 こんな無様な姿を一番見られたくなった、とガイは憔悴しきった顔で言う。


「ガイ……バカっ!!」

 怒鳴るマコト。


「私はガイが居てくれて嬉しかったんだ。この2100年の未来の世界で、一番に私のことを待っていてくれた」

 マコトは正直な気持ちを言う。


「ガイが何者かなんて私は気にしない。私にとってガイはガイだよ」

「マコト……」

「言ってくれたよね。私と私の夢を守るって……今度は私がガイを守る番だよ!」

「マコト…………フッ」

 顔を伏せてガイは笑った。


「な、何よ!? なんで笑うの?!」

「ハハ、そこまでマコトに言われるなんてな。さすが俺の見込んだお姫様だ」

 表裏のないストレートな感情表現。

 人の心が読めるガイにとって、マコトと言う女性ほど理想的な人間はいなさった。

 そこにガイは惚れたのだ。


「良かったですね、マコトちゃん?」

「あれ、トウコちゃん? オボロちゃんはどうしたの?」

「恥ずかしくて見てられないって引っ込んじゃいましたよ。それと“あとは任せた”って言っていました」

 トウコは二人の関係が少し羨ましかったが、この二人を見ていると自分も幸せな気持ちになる、とそう思った。


「そっか……ありがとねオボロちゃん、トウコちゃん」


 ◇◆◇◆◇


 四人の絆が結ばれながらも《ゴッドグレイツ》は大気圏を抜け、太平洋上を音速のスピードで降下中である。

 

「おいマコト、ゴーアルターが見えてきたぞ」

「わかってる。真道君、手を伸ばして!」

 荒れ狂う海面への激突スレスレのところで《ゴッドグレイツ》は《ゴーアルター》の肩を掴むと、そのままUターンして急速に上昇する。

 マコトの目線の先、空を覆い隠すほど広がってきた次元の裂け目は、最初の時よりも小さくなった気がした。


「大丈夫なの真道君?」

「ん……あぁ、もう俺は冷静だ、問題ない。少し、油断しただけだ」

 モニター越しに目を反らす歩駆の声は震えていた。


「…………礼奈は、ヤマダに操られているだけなんだ……アイツがあんなことするわけがない」

「それは違うぞ真道歩駆」

 と、ガイは否定する。


「……は? 違うってなんだよ。礼奈は俺に助けを求めて来たんだ。そんなわけあるかよ」

「途中までは、な。今は違う……お前の変わりに次の世界で戦う宿命を背負おうとしている」

「それはヤマダの出鱈目だ! 何を証拠にそんなこと……っ!」

「まさか、父さんもそうだってんじゃないでしょうね?」

 マコトが間を割って入る。


「さぁてな……どっちにしたって戦うんだ。あとは本人の口から聞けばいい」

 言いたいことだけ言ってガイは通信画面を切る。

 すると入れ替わりに戦艦ルナティクスから通信コールがコクピットに鳴り響く。


『……マ……ちゃ……マコっちゃん?! そっちは大丈夫なの……?』

「イイちゃん!? 無事だったんだ?!」

 応答するとノイズで途切れ途切れの声が、宇宙に上がってくにつれて段々クリアに聞こえる。

 ブリッジから通信を送ってきたのは整備士長のナカライ・ヨシカだ。


『よかったぁ、やっと通じたよ。まさか死んじゃったかと心配したんだよ?』

「簡単には死なない。それより丁度良い、一旦艦に戻ろうかと思ってたんだ」

『聞こえるか諸君。こちらは戦艦ルナティクスのヴェント・モンターニャだ。マコト・サナナギ、一旦とはどういうことだ?』

 横から顔を出したのはルナティクス艦長代理ヴェントである。

 マコトたちはこれまでに起こった経緯を簡単に説明した。

 

『わかった。ルナティクスも同行しよう。つまりは真の黒幕がそこにいるというわけだな?』

「ざっくり言うとそうなの」

『では待っているぞ。急ぎたまえ』

 通信を終え、レーダーで戦艦ルナティクスの方を確認して《ゴッドグレイツ》と《ゴーアルター》は飛ぶ。

 だが二機の前には行く手を阻む異形の怪物たちがマコトたちを行かせまいと取り掛かろうとした。


「ちっ、擬神に構ってる暇はないのに……!」

 火炎弾をばら蒔いてやり過ごそうとする《ゴッドグレイツ》だったが《擬神》を倒すには火力が全く足らず、表面を少し焦がす程度だった。


「邪魔だ! 放しやがれっ!」

 歩駆の《ゴーアルター》も応戦するが複数の《擬神》に身体を拘束され身動きが取れない。

 連戦の疲れもあり《擬神》の多さにマコトも歩駆も精神的に余裕がなかった。

 その時、目映い光が混戦する《擬神》の群れを一瞬にして消滅させる。


「ま、眩しい……なんなのあのSVは?!」

 薄目を開けて光の方に向くマコト。


「大丈夫か君たち!」

 マントを翻して黄金の騎士型SVが大剣を天空に掲げると、切っ先から放たれ閃光が《擬神》を一掃する。


「その声はユーリ社長? その機体は?」

「これはTTインダストリアルに伝わる伝説のSV。名を《錦・尾張》と言う……だが、この機体でもこんな自体は止められなかった」

 織田ユーリ・ヴァールハイトは胸元のペンダントの写真──幼少期に叔母と撮った──を見て酷く落ち込んだ。


「そんなことはないよ! まだ望みはある。一緒についてきて!」

「そうか、わかった。君たちの指示に従うよ」

 三機は力を振り絞って《擬神》を退ける。

 急いでマコトたちを収容した戦艦ルナティクスは、収縮しつつある次元の裂け目に向けて突貫した。



 ◆◇◆◇◆



 真っ白な闇。


 空間に浮かぶ扉の前に《ソウルダウト》はひっそりと佇む。


 真の救世主が《ソウルダウト》を使い、扉を開けるのをイザ・エヒトは待っていた。


「想定していたシナリオとはかけ離れてしまったが、物語もいよいよ終わる。彼らは新たな時代を紡ぐことができるのか……それとも」


 これは神話でも英雄譚でもない。


 模造品(イミテイター)の偶像(イドル)により繰り返される壮大な茶番劇。


 本当の真実は光の中へ消える。

 

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