chapter.90 燃える大気圏
宇宙に浮かぶ母なる青い星、地球。
様々な海洋生物が暮らす青い海と、そこに住む人々が暮らす広い大地。
本来ならば来る二十二世紀、2101年までのカウントダウンで盛り上がりを見せている頃であった。
午後11時30分。
日本。
連日報道されるアイドルの凶行が、遂に現実となって空に現れた。
天より迫る終末の赤い光を見て思う事は人それぞれだ。
助かると信じる者。
自暴自棄になり発狂する者。
何もなかったことにして眠る者。
その他さまざまだ。
地上の統合連合軍は、もしも宇宙部隊がジャイロスフィアの落下を阻止できなかった場合に備えて条約違反である禁断兵器の“グラヴィティミサイル”の使用を決定した。
◆◇◆◇◆
地球を目前に捉えマコト達の《ゴッドグレイツ》はジャイロスフィア・ミナヅキにようやく追い付いた。
シアラを倒した時の圧倒的な力を見せ付けられ、ミナヅキを守る親衛隊は《ゴッドグレイツ》との戦闘を避けるようになってしまった。
楽勝ムードなマコト達だったが既にミナヅキは地球の重力に引っ張られ、軌道を変えられない位置まで来ていた。
「マコトちゃん、何か聞こえませんか?」
「これは、お経……?」
地球に向けて加速するミナヅキから漂う異様なオーラと、頭に響く気味の悪い合唱に思わず足を止める。
「あぁ、もう煩い! とにかく少しでもスフィアを壊す! 行くよ、トウコちゃん!」
それを吹き飛ばすように大声を上げるマコトは《ゴッドグレイツ》でミナヅキに攻撃を仕掛けた。
「焼き斬れろっ!」
真っ直ぐ加速しながら《ゴッドグレイツ》は掌に溜めた炎を剣状に伸ばして大きく振りかぶる。
「くっ、なんだ!?」
腕に伝わる衝撃に驚くマコト。
炎の刃はミナヅキの壁面に辿り着く前に、あの異様なオーラによって弾かれてしまった。
もう一度攻撃を試みたマコトだったが、そのオーラが三代目ニジウラ・セイルを含む何十人もの意思が働いてバリアを作り出しているのを感じ取った。
「この感じるプレッシャーのせいでしょうか…………マコトちゃん、避けてっ!!」
トウコに言われるまでもなくマコトは《ゴッドグレイツ》の身体を反らすと、攻撃を与えた壁の空間が光って歪み、そこからビームが拡散して放たれた。
間一髪でマコト達が避けるが、その位置の遥か後方で戦う何が爆発した閃光が戦場で戦う者達を無差別に消し去った。
「反射した……こっちの攻撃に反応してるのか?」
「マコトちゃん、機体の接近がありますよ。注意してください」
「くそ、このままじゃ地球に堕ちるっていうのに……!」
マコトはレーダーを確認する。
識別反応は味方のアイコン、それも二つだ。
しかし、その二つは月から渚礼奈を連れて逃亡した二人のSVであった。
『ようやく来たかァ、ゴッドグレイツ!』
「ガイ……それは!?」
ミナヅキの影から現れた黒いSVが姿を現す。
『どうやらシアラがやられたようだなァ? こっちも邪魔なヤツを一人片付けたところでなァ』
ガイの《ブラックX》はその手に掴んだ残骸を放る。
ネイビーブルーの宇宙迷彩を施した装甲の《Dアルター・エース》は今にも外れそうな腕でライフルを《ブラックX》に向ける。
『アバター風情が逆らうからこうなるんだァ』
『……お、俺は……屈し、ない……っ! ここで、お前を……道連れにして……母に、詫びを入れさせて……やるっ!』
潰れたコクピットの中で息も途絶えそうになりながら、ゴウ・ツキカゲは震える指を操縦桿のトリガーに引っ掛けて《ブラックX》を睨んだ。
『死に損ないがァ、まァだ抵抗するのかァ? しょうがない、今しがた“腕”が……届いたァ!』
『な…………くそがァーッ!!』
トリガーを引くゴウよりも早く、彼方より飛来する赤い巨拳。
マコトが倒したはずの《DアルターG》の腕が《Dアルターエース》を包み、握り潰す。
「止めて、ガイ!!」
叫ぶマコト。
掌の中で《Dアルター・エース》のチャージしたライフルのエネルギーが暴発。赤い巨拳もろとも爆発を引き起こし、跡形もなく消滅した。
「……ガイ、あんたは……っ!」
『んー? あァ、すまない。やっと邪魔者を片付け終わったァ。Yの意思に抵抗しなければ死なずに済んだものをなァ?』
「そのキモい喋り方、マジで止めてもらえない? 本当にどういうつもりなの? 訳がわからないよ」
ガイから感じる違和感にマコトは困惑する。
それはまるで何者がガイの中でいるような、身体を乗っ取って喋らせているのようにマコトは思った。
『なァ、お前は何故スフィア落としを止めようとする? これが落ちたところでお前には関係ないだろう?』
「関係ないことないでしょ! 例え時代が違くても私のいる世界には変わりはない! そこを退いてよっ!」
突破しようとする《ゴッドグレイツ》の前に《ゴッドグレイツ》は立ちはだかる。
ライフルの銃口を向けて《ゴッドグレイツ》に当てないよう二、三発撃った。
『いいやァ、ここは俺たちの世界じゃァない。お前も知っているだろ、ソウルダウトがあれば元いた世界に戻れるんだァ』
「それとスフィアを地球に落とすのになんの関係があるっていうのよ!?」
『扉を開くためさァ。世界再生には地球崩壊が必要不可欠なんだァ。だから、邪魔をするんじゃないぞ、次は本当に……っ?!』
ガイの台詞が言い終わる前に《ゴッドグレイツ》の鉄拳が《ブラックX》を殴り飛ばす。
派手に吹き飛ぶ《ブラックX》はミナヅキの外壁に叩き付けられた。
「…………やっぱり、アンタはガイじゃない。ガイならこれぐらい避けられたはずなんだ。アンタは誰なの? 本当のガイはどこ行ったの!」
『ふ……ふふ、ハハハ…………ッ!』
マコトの問いにガイは不気味に笑いだす。
「何がおかしい!?」
「もしかして、真道さんが言ってました“ヤマダ・アラシ”と言う人なんです?」
頭に血が上るマコトと変わりにトウコが質問する。
『ククク……半分は正解だァ。だが、間違っているぞ?』
「間違い!?」
『確かに俺と言う存在の個はガイと言う男である。だが、それはヤマダ・アラシのアバターにすぎないと言うことさァ……来い、アームドアーム!!』
ガイが呼ぶと、ミナヅキの中から真紅の手足が次々と射出された。
何十基のアームドアームが周囲に浮遊し、その内の一組が《ブラックX》との合体を果す。
『ミナヅキが地球に落ちるまでの時間稼ぎにはなるだろうなァ?』
「そんな手とか足なんか並べても、全部ぶっ壊せばいいだけでしょ!」
『だったら、やってみろやァッ!!』
ガイの怒号と共にアームドアームは一斉に《ゴッドグレイツ》へと襲い掛かる。
360度、四方八方から飛んでくる激しい火炎を帯びた手足が《ゴッドグレイツ》を衝突する。
それらを破壊しようとマコトは《ゴッドグレイツ》を動かすが、アームドアームのスピードは早く、捕まえることは出来ない。
「だったら、これで、どうだぁーッ!!」
一つ一つ相手にしていては埒が空かない。
マコトは《ゴッドグレイツ》の装甲を白熱化させると、エネルギーを全身から放出させ周囲にアームドアームを巻き込む爆発を起こした。
閃光を放ち、小さな太陽と化した《ゴッドグレイツ》は超高熱のエネルギーを発したまま《ブラックX》に突撃する。
「はああぁぁぁぁあぁぁーッ!!」
『そんな電球ぐらいなんだと言うんだよ、さっさと来いやァー!!』
勢い付いて何十メートル以上もの巨大な光になっていく《ゴッドグレイツ》の光を《ブラックX》は受け止めた。
アームドアームの腕で始めの数秒は耐え抜いたものの、次第に《ブラックX》の装甲はマコトの気迫で温度を上げり続ける熱で蕩けていく。
『…………マ、コト……それでいい』
二機を包む極光は、大気圏に突入するジャイロスフィア・ミナヅキの中へ突貫していった。
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