chapter.89 背負う者の炎
「三時方向から来ますよ、マコトちゃん!」
「くっ、ゴッドグレイツ!!」
前回の戦闘、突如現れた謎の《Dアルター》に打ち負かされてからマコトが目覚めたのは二日後。
十二月三十日、昨日のことだ。
不機嫌そうな表情を浮かべながら目を覚ますマコトは不機嫌がずっと顔に出ていた。
必要最低限の受け答え以外はずっと黙っているのでパートナーであるトウコは心配でしかたなかった。
「……ふんっ、歯応えがないったらありゃしない。こんなものかな、アンタたちのアイドル信仰はっ?」
敵陣に近づくにつれて三代目ニジウラ・セイル親衛隊のSVは数を増していく。
調子が悪いのか《ゴッドグレイツ》の戦いはいつもより精彩を欠いていた。
「ジャイロスフィアが動いています! やっぱり、向こうは囮だったみたいですね」
「ちぃ……邪魔だぁーっ!!」
群れで近づく親衛隊SV部隊を《ゴッドグレイツ》は一体一体、紅蓮の拳で焼き尽くすがジャイロスフィア・ミナヅキから涌き出るSVに悪戦苦闘。
そうこうしている内に、不気味なオーラを纏いながらミナヅキは地球へ向けて加速を始めた。
「マコトちゃん、もしかして誕生日のことを引きずってますか?」
「……それは違うよトウコちゃん。私は怒ってなんかいない、いないけどさ」
パイロットであるマコトの感情により《ゴッドグレイツ》に引き出される炎の威力が上がるように、コクピットの温度も連動して上昇する。
「なにが不安なんですか?」
そんなことを戦闘中のマコトは全く気にも止めていないが“コクピット内気温の調節をすること=メンタルのケアが大事”だとトウコは常々、考えていた。
温度管理を徹底することがマコトの戦いを大きく左右することになるので、常にメーターの動きは欠かさずチェックしている。
「だってガイが、迷わず俺を撃てなんて言うから……私に撃てるかな」
マコトの弱気な言葉に《ゴッドグレイツ》の発する温度が上がり下がりを何度も繰り返す。
炎の出にもムラがあり、回りに散らばるSVの残骸も焦がし具合に差があった。
「マコトちゃん。今殺したパイロット達はマコトちゃんにとってなんですか? ただのお邪魔なモブですか? 彼らだって生きてましたよ。それで私達を殺しに向かってきました。相手を知れば殺さなかったですか?」
「そんなの……っ! それは、その……」
口ごもるマコト。
「敵として来るのであれば、彼の願い通り戦ってあげるのが流儀です。そうして来たのがマコトちゃんでしょう?」
敢えて厳しい事を言うトウコ。
自分の命もマコトと《ゴッドグレイツ》に預けているのだ。
「それに、いつも手なら出してるじゃないですか? 喧嘩っ早いのがマコトちゃんですよ」
「……褒めてる、ソレ?」
「ふふ、さぁ時間がありませんよ。ゴッドグレイツが食い止めなければ日本にスフィアが落ちます。全てはマコトちゃんにかかってます。頑張ってください、ファイト!」
今のマコトはガイのことで冷静さを失っている。
気持ちの揺らぎは《ゴッドグレイツ》の能力に大きく影響し、戦う意思が弱まれば生死に関わる。
『今さら怖じ気付いた子は下がりなさい。足手まといよ』
後方からやって来るのは《ゴッドグレイツ》によく似た合体システムを持つ虹浦愛留の《ルクスブライト》だ。
前回の戦闘で得た本体の純白Jなカラーリングと合う《Dアルター》ではなく、本体サイズもカラーもアンバランスがある零琉の《アレルイヤ・カスタム》と合体している。
『うちの零琉ちゃんのやる気に満ちた表情を見て?』
『…………』
どう見ても不機嫌な零琉の顔を通信モニターに撮しながら愛留は言った。
『……私があの子を倒す。今度こそ私が本当のセイルに……』
『と言うわけでお先に!』
背部のウイングを広げて《ルクスブライト》はミナヅキを追い掛け親衛隊の部隊がひしめく群れに飛び込んだた。
「……いいんですか? ジェシカさんの仇もあの人たちに取られちゃいますよ?」
「カラクリを知っちゃったもの。拳の振りどころを見失った」
三代目ニジウラ・セイルと言う人間が複製人間(クローン)であり零琉と名乗る少女がセイルクローンの一人で、この時代で出来た親友のナカライ・ジェシカの仇だと言う事をマコトはわかっていた。
しかし、今は戦いに少しでも多くの戦力が必要なので、取り合えずこの間の半殺しで一先ず許すつもりだ。
もちろん、この戦いが終われば責任を取らせる事を忘れない。
「では、奮う拳の先は誰かわかってますよね?」
「忘れてたよ。自分がやらなきゃいけないことを」
「がんばりましょうね、マコトちゃん」
「うん……奴が出て来たっ!」
眼前に飛び込んでくる火球を素早く横にかわす。
これは《ゴッドグレイツ》と同じタイプ。
意思の力で燃える思念の炎だ。
『はっはっはァー! やァやァ、これはこれは、この私のパンチ一発で伸びちゃったサナナナギさァん、じゃあないですかァーッ!?』
不快な高笑いを上げるのは真紅の重装甲に包まれた四肢を持つ《Dアルター》に乗るヤマダ・シアラであった。
『見覚えがないかい、この手を? 君が奪ったイデアルフロートで開発していたアームドアームの試作品。その完成品さァ。その名もDアルターGッ!』
「だから何だってのよ!?」
『わからないかァい? 頭部しかない《ゴッドグレイツ》をパーフェクトにするために作られたァ。この手ェ! 足ィ! 胸ェ! 君たちの作った模造品じゃなく、この天才が作った正規の純正パーツだってことなのさァ!!』
叫ぶシアラは《DアルターG》の胸部装甲を展開させると、胸の中心から火炎を放射する。
対抗して《ゴッドグレイツ》は両手を広げ炎のカーテンを作り出す。
『ほらほらほらァ! 力比べだァー!! どっちが上なのか今わからせてやるんだァ!!』
狂気の声を上げるシアラ。
ぶつかり混ざり合う激しい炎でマコト達の周りの空間が熱気で歪んでいた。
「くっ、アンタたちの目的はなんなの?! 何だって地球にスフィアを落とす!?」
『ふふふ、わからないだろォ!? 私にもわからない』
「なにっ?!」
『アイドルに渡った《Dアルター・フォトンスマッシャー》の威力は凄まじかったなァ。地球からでも光の筋がバァーッて通りすぎる様子がハッキリ見えたァ。流石に天才である私のSVだァ!』
火炎放射を止めてシアラの《DアルターG》が接近戦を試みる。
『新しい世界を作るためには破壊が必要だァッ! 破壊は新たな創造を産むゥ! 君たちもこの天才の破壊を受け入れろやァー!!』
真紅の手甲が《ゴッドグレイツ》の装甲に叩き付けられ、彼方に吹き飛んだ。
「くっ……ヤマダ・シアラ、アンタだけは絶対に許せない!」
『許さなかったらどうだってんだよォ。イラつくんだよ、このヒーロー気取りの眼鏡女がさァ!!』
追撃する《DアルターG》は両手から作り出す火の玉を連続で投げ付けた。
火の玉から連鎖的に起こる小爆発の嵐が《ゴッドグレイツ》へのダメージを蓄積させる。
『所詮は紛い物のボディさァッ! 純正パーツを兼ね備えたこのDアルターGに勝てるわきゃねぇのにさァ!』
「それは、違うッ!」
やられっぱなしの《ゴッドグレイツ》は火の玉の雨を、マコトの気合から発した衝撃波で全弾、打ち返した。
その内の一球が《DアルターG》の頭部に直撃し、木っ端微塵に爆発した。
『クッ……この天才の顔に傷を付けたなァッ?! 何が違うと言うのだぁ!?』
「ゴッドグレイツには私とトウコちゃん、そして父さんとオボロちゃんの魂、この機体を託してくれたイイちゃん達メカニックの情熱が詰め込まれてるんだ! それは紛れもなく本物なんだ!』
マコトと《ゴッドグレイツ》は近付いて、今までやられた分の攻撃を《DアルターG》にお見舞いする。
超高速で繰り出される突進のラッシュが《DアルターG》の装甲を砕いていく。
『それがどうしたァ?! 有象無象が束になったところでなァ、この天才であるヤマダ・シアラに勝てないのさァ!!』
「そこが自惚れなんだよ! 私はアンタと違って一人で戦ってるんじゃないんだ。皆の思いを背負って、それを力にしてるんだよ!」
マコトの表情から迷いが消えると《ゴッドグレイツ》の体から溢れる炎が燃え盛り、みるみる大きくなっていった。
それはマコトと見守る人々の思いが形となって《ゴッドグレイツ》を包み込むようだった。
『有り体のヒーローみたいなテンプレ反論なんぞ聞きたくないんだよなァー!!』
怒りに満ちた目で《ゴッドグレイツ》を睨むシアラ。
頭部を破壊され全身もボロボロの満身創痍な《DアルターG》から黒い憎悪の炎が吹き出した。
宇宙を沸騰させる二つの業火。
互いの生存を賭けて今、激突する。
『天才の私が負けるわけない……ヤマダ・シアラは宇宙で唯一無二の天才。だから、貴様は否定するっ! 強くて、最強の、天才は二人もォ要らないのさァァーッ!!』
「この、わからず屋がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
暗闇の宇宙に閃光が駆け巡る。
まるで太陽のように目映すぎる光は周囲で戦う者達の視界を奪った。
「…………行くよ、トウコちゃん」
「はい、行きましょう」
爆心の光からゆっくりと現れた影は真紅の魔神であった。
背中に後光を浴びながら、因縁の戦いに勝利したマコトと《ゴッドグレイツ》は地球への降下を開始するジャイロスフィア・ミナヅキへ急いだ。
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