chapter.82 「大人ぶったガキ」と「ガキのままな大人」
「本当のシンドウ・アルク? それはどういうことなの?」
マナミは物言わぬ老人を見つめてマモリに質問した。
「詳しく説明すると長くなる。簡単に言うと、戦いの中で彼の精神は二つに分裂した。理想とする自分、目を背けたい嫌いな自分にね。アルクは自分の中から嫌な自分を追い出した」
老人のシワだらけな頬を撫でるマモリ。
するとマモリの体が突然光りだし、足下から透けだした。
「それはゴーアルターによって作られた不死の肉体。そして、もう一つこの身体をボクは…………いや、マモリはそれからずっとこのアルクを守ってきたんだ」
かつて冥王星で起こった熾烈な争い。
己の尊厳をかけた同士討ちは、作られた身体を持つ不死の歩駆の勝利で幕を閉じた。
「じゃあ私たちが今までずっと歩駆さんだと思っていたのは偽者?」
「違う。どっちも本物のアルクなんだよ。言ったろ、二つに分裂したってさ」
消えかかるマモリの光が老人の中に入っていく。
何事もなかったかのように静寂が包み込んだ。
「これからどうなるの?! 歩駆さんを助けるって言うからここに来たのよ!?」
「正直、一か八かなんだ。二人が元の一つになれるのかはアルク次第。だからボク、シンドウ・マモルも“タテノ・マモル”の元に帰る。絶対にアルクを助けてみせるから、待っててねマナミ……」
そう言ってマモリの身体は粒子となって消失した。
残されたマナミはただ黙って見てるしかないことに呆然とするだけだった。
◆◇◆◇◆
「…………はっ? 何だ、ここは!?」
意識が一瞬飛んだ感覚に襲われると少年はいつの間にか船の上にいた。
広大な銀河を渡る鋼鉄の船の舵を取るのは、髑髏マークの衣装に身を包む仮面の男。
「気付いたか少年。私はこの船の船長キャプテンSIN! 自由を求めて銀河を駆ける正義の宇宙海賊シン・D・アークさ!」
マントをはためかせ海賊船長シンはポーズを決めた。
「……おっと、早速お出ましかギャラクシーシャーク!」
けたたましい警告を知らせるアラームが船内に響き渡る。
前方数百メートル。浮遊する岩石を蹴散らしながら金色の牙を持った巨大なサメが船に向かって突撃してきた。
「今日こそはお前を仕留めてやる。野郎共、準備はいいか!」
号令をかけるシン船長であったが返事をするものは誰もいない。
それどころか少年と船長以外の乗組員の姿はどこにもないように感じた。
シン船長は舵輪を回し、船を迫り来る巨大サメの方向に向けた。
「船首主砲を発射よーい! エネルギー充填……百パーセント、これでも喰らいやがれ!」
船の先端が展開して現れたビームキャノン砲が閃光する。
目映い光に包まれて少年は視界は何も見えなくなった。
◇◆◇◆◇
夕日が沈む景色を少年は学校の美術室の窓から眺めていた。
「……あれ。俺は、何してたんだっけ?」
下校時間を知らせるチャイムが響く。
しかし、窓から校庭を覗いても少年以外に生徒がいる様子もなく、誰一人も外を歩いていなかった。
振り返って少年は教室を見渡す。
机と椅子は部屋の角に固められ、中心には誰かの描き途中らしい一枚のキャンバスがあった。
そこには二人の女性らしき人物が描かれていたが、何故か顔だけが塗りつぶされている。
「誰だ……? なんでこんなことを」
遠くの方から響く甲高い奇声が部屋の窓ガラスを震わせた。
何事かと外を見るとビルの大きさを越えるトカゲに似た怪獣が、口から紫の炎を破棄ながら街を破壊していた。
「おかしい、さっきから変だぞ。ここは一体どこなんだ?」
火の海になっていく街を進軍するトカゲ怪獣の前に目映い七色の光が地面から広がり天に伸びていく。
その光に包まれなから出現したのは純白の巨人だ。
『我が名はアルターマン。アーク星からやって来た正義の使者!』
名乗ると同時にアルターマンよ名乗る巨人は両手をクロスさせトカゲ怪獣に向かって走り出す。
『この星の平和を乱すものは許さない! くらえ、ダイナムカッター!』
アルターマンの繰り出す光の手刀がトカゲ海賊を四等分に切断する。
勝負の決着はあまりにも一瞬だった。
◇◆◇◆◇
採掘場。
「愛と正義の名の元に悪を滅する仮面の五人を特と見よっ! 機密戦隊ゴランジャー」
「……もういいよ、それ」
少年は冷めたように言う。
全身、真っ赤な戦闘服を纏った仮面の男は深い溜め息を吐いた。
「嫌いかい?」
「どうでもいいんだ。何が正義の味方だよ、おっさんいくつだ?」
「………………」
◆◇◆◇◆
世界が音を立てて崩れ去っていく。
何もない暗闇がどこまでも永遠に広がる中、心を閉ざした少年と心を隠した男が対峙する。
「そういうのはもういいんだよ。夢なんていつか醒める」
あの日見た町並みも、広大な銀河も、全ては作り出した仮想の世界だった。
ありもしない幻想の世界を見せられて少年はうんざりした。
「俺の癖につまらないことを言うんだな。がっかりだ」
夢の箱庭を壊され、仮面の男は少年を睨み付ける。
孤独な男にとってこの終わることの無い永遠の世界こそが現実なのだ。
「現実を見ろって話だ。漫画みたいな都合のいいことなんて起こらない」
「起こらないんじゃない。起こすのが主人公だ」
「そんなものになれると思っているのか?」
「俺は俺だけの役割を求める。だから自分の理想とする配役は自分が決める。それが俺だ」
男は少年の胸ぐらを掴む。
仮面の隙間から覗くその瞳は怒りで血走っていた。
「俺はお前に“俺と言う役割(ロール)”を譲った。今はお前が“俺”なんだよ。なのに、こんな……死にかけてんじゃねえよ!」
「俺は力なんていらなかったんだ。アイツと幸せに暮らせたらそれで良かったんだ。お前はアイツを放っておいて一人で楽しそうだな?」
「お前にはわからないだろうな。ハリボテ相手に何十年間と戦うのは」
「お前にわかるはずないな。半世紀の間、亜空間で無数の敵と永遠戦うことを」
「老いた身体で」
「死ねない身体で」
「「終わらない戦いを何度も」」
「止めてよ二人ともッ!」
言い争う少年と男の間に天から少女が割って入った。
「「マモル」」
二人は同時に空を見上げて、その名前を呼ぶ。
髪の短いボーイッシュな雰囲気の少女、二人にとってもう一人の幼馴染みであるタテノ・マモルが降り立つ。
「……元はと言えばボクはアルクを戦いに巻き込んだようなものだった。ボクがアルクをゴーアルターに乗せたようなものだ」
「違う。それは違うぞマモル」
仮面の男はマモルの頭をそっと撫でた。
「違くないよ! ボクは君を利用したんだ」
「選んだのは俺だ。俺が戦うこと選んだんだよ」
「だけど、それは間違いだった」
少年は蔑んだように言う。
「そのせいで住んでた町が無くなってアイツを危険に晒した」
「けど、じゃなきゃ俺たちは助からなかったはずだ」
「でも……あの時、俺が選ばなきゃアイツと一緒に逃げていれ……ぐふっ!?」
喋っている途中の少年の頬に男が拳を叩き込む。
「なら、なんでお前はここにいる?!」
「……俺は」
「お前は俺を倒して、俺からゴーアルターを奪ったんだぞ!」
今から約60年以上前になる同じもの同士の醜い激闘。
戦いに負けた男は虚無の町で自分をヒーローに奉り慰めるしかなかった。
「違うの! ボクが呼んだんだ! ボクが君のために……」
マモリは男の大きな背中を掴んで止めに入る。
戦いの後、冥王星の作られた世界で男と添い遂げたつもりでいたマモル。
いつの間にか男は自分だけの世界に引きこもって相手にされなくなってしまった。
夢の世界でヒーローを演じても半分になった男の魂は満たされなかった。
現実では次第に老衰していく男の姿を黙って見ているのが辛くなっていったマモルは、男の欠けた魂の半身である少年を男の元に取り戻せば自分のことを見てくれると思い、自身の分身であるマモリを地球に送り込んだのだ。
「その力でアイツを守るのがお前の使命だろ!? お前がれい……うぐっ!」
倒れた少年は飛び上がって駆け出し、仮面の男の顔面に殴り返す。
「助けようとしたさッ!! 俺は月でアイツを取り戻そうと必死に足掻いた。もうすぐ、直ぐそこに居たんだよ!」
血の滲む拳を握りながら、朧気だった少年の記憶が甦っていく。
亜空間でさ迷い、戦い続けて戻ってきた2100年の地球。
少年にとって破棄したいはず力で戦うことに矛盾を感じながらも、ようやく再開までこぎ着けた直前だった。
「もうすぐで俺の手が届いたはずなんだ……なのに、俺の身体は持たなかった。俺は……俺は礼奈を助けたい……だからっ……」
少年は膝をつき大粒の涙を流す。
男も仮面の左半分の割れて露出した、皺だらけの乾いた目尻が涙と血で滲んでいる。
「…………やっぱり、ボクじゃ駄目だったみたいだね」
マモルは後悔した。
二人が一つに融合できなくても、あわよくば少年も自分のものにしてしまおうと計画していたが、男たちが見ていたのは一人の少女だけだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます