Episode.12 √真道歩駆:復活篇
chapter.79 行く少女、祈る少女
「時間がないよ。奴等の次元転移能力は正確になりつつあるんだ。今度はもっとだ、沢山来る。人類同士で争っている場合じゃないんだよ」
冥王星よりの使者シンドウ・マモリ、その彼女の中から現れたもう一つの人格タテノ・マモルの言葉を月の人々は簡単には信じられなかった。
月の戦いを経て彼等の肉体と精神は疲れきっていた。
ジャイロスフィアと協力関係にあった地球やスフィアにより地球が危機になろうとも助ける義理はないし知ったことではない。
ましてや別次元から来る未知の軍勢を相手にするなど今は考えたくもなかった。
この三日間、親交のあるウサミ・ココロと共にマモルの意思を持つマモリは各所へ協力を求めだが、誰も耳を傾ける者はいない。
諦めかけた中、マモリたちの演説に一人立ち上がる者がいた。
「何を作ったらいい?」
声をかけたのはTTインダストリアルの社長、織田ユーリだ。
「どうしたら彼は助かる? 教えてくれ」
月のトップからの申し出だったがマモリは拒絶反応を起こした。
彼女らTTインダストリアルは、地球で歩駆を待ち続けていた渚礼奈を月へ連れ去った張本人たちである。
「レーナ様……渚礼奈のことで君が僕を嫌っているのは承知している。父と母から会社を引き継ぎ、宇宙に住まう人々が未来を生きるには仕方なかった……僕は王様になりたかったんだよ。でも、それは間違っていたのかもしれない」
月決戦で祖母であり前々社長の織田竜華が病に倒れた。
各地を回る戦いのストレスが蓄積し元々、心臓が悪いのもあって緊張の糸が途切れてしまったのだ。
双子の妹であるアンヌが付きっきりで看病をしている。
──お願い、彼を……真道歩駆さんを救って。
ベッドの上で眠りながら竜華はうわ言で呟いていた。
「自分の役目を果たす。TTインダストリアルの社長として僕に出来ることがあるならなんでも言ってくれ!」
手を差し伸べるユーリを渋い顔で見詰めて躊躇するマモリだったが、その手を引っ張ってウサミが二人を握手させた。
◇◆◇◆◇
一週間後。
残るTTインダストリアルの力を結集して一体のSVの改修作業が完了、それと同時に出発の日となった。
「名前を付けるなら《ガイザンゴーアルター》って感じかな。冥王星までの片道切符になるだろうけど大丈夫なのマモリ?」
全身に戦艦用のブースターやジェットエンジンを多数、搭載した前時代的な打上ロケットのような大型機体。
分厚い装甲をの足下から問題がないかチェックしながら見上げて、開発責任者のナカライ・ヨシカは言った。
元になったのは月の防衛用SVである《ガイザンゴウ》で、機体の中に《ゴーアルター》を収納している。
「自分達で作っておいて何だけど、ゴーアルターをエンジン代わりにして本当に年明けまでに冥王星に行って帰ってこられるの?? もう二十日を切ってるし」
「外装と機体の融合が完了すれば直ぐに行けるはず」
イエローのパイロットスーツに着替えたマモリは軽くストレッチをした。
「その間、ガイザンゴウのコクピットから操縦をしてくれる人を……て言うか行くのはボク一人だけで良かったのに」
不貞腐れているマモリの後ろから現れたのは《ガイザンゴーアルター》のパイロットに選ばれたマナミ・アイゼンだ。
「あのガイザンゴウはとっても扱いが難しい機体です。亜高速だろうとやって見せます。行きましょう、中で歩駆さんが待ってます」
マナミは決意の表情で《ガイザンゴーアルター》に深々と一礼するとクレーンで機体上部に登り搭乗した。
「行ってらっしゃいマモリ」
「うん、絶対に帰ってくる。それまで待っててね」
ヨシカに別れを告げてマモリはマナミの後を追い、機体の中へと入っていった。
◇◆◇◆◇
広々とした《ガイザンゴーアルター》のコクピットをマモリは一通り眺める。
二人乗りのシートは前列に操縦桿や計器が集中していた。
マモリが乗る後列のシートには思考を機体に伝達するための特殊なヘッドマウントディスプレイや球体型操作レバーが備え付けられている。
「……歩駆さんとはどういう関係なんですか?」
二人乗りの前列シートに座り、操縦システムのチェックを行いながらマナミは質問した。
「同じシンドウって名字なんて……まさか」
「ボクは、歩駆やサナナギ・マコトと違って人間じゃない。模造(イミテイト)のヒトから生まれた……何なんだろう?」
自分が何者なのか改めてマモリは考える。
「それを聞いているんですけど? イミテイトって模造獣の? 子供が出来るんですか?」
「イミテイトは交配しない。そのカタチを変えて宇宙を何万年、何億年と漂流する生命の出来損ない……」
「歴史の教科書でしか知らないんですけど、そんな宇宙生物が地球にやって来て人を学び、恋を知ったって素敵じゃないですか?」
宇宙の壮大なロマンチックさを感じてマナミは言う。
「貴方は何かの真似じゃないでしょ」
「ボクの中には母の、マモルの記憶の断片が入っている。ボクは地球に送り込まれた冥王星の使いなのさ」
「でも君が居なければ歩駆さんを助けることは出来なかった。好きなんでしょ、歩駆さんが?」
「…………マモルは真道歩駆に好意を寄せている。でも、ボクは……貴方はどうなんですか?」
マモリはマナミに質問する。
「だってほら、彼には愛する人がいるから」
「昔、竜華お婆ちゃんも同じことを言ってた気がするよ」
「ズルいよね。彼にはレーナ様しか見えないのに」
発進の時間が来るまで、二人は歩駆のことを語りあって過ごした。
◇◆◇◆◇
急造の発射台へマモリとマナミを乗せた《ガイザンゴーアルター》が移動を開始する。
月の民たちに見守られて《ガイザンゴーアルター》は轟音を響かせながら宇宙の彼方へと飛び出した。
「…………あ……歩駆……」
病室を抜け出し、フラフラとした重い足取りで渚礼奈は宇宙(ソラ)を見上げる。
その手にはかつて歩駆の形見が入ったケースを握っていた。
歩駆を乗せた《ガイザンゴーアルター》が離れ行くほどに意識が朦朧として立っているのも辛かった。
礼奈と歩駆の魂は《ゴーアルター》が存在する限り繋がっている。
だが、それも時間の問題である。
今は生命活動を停止した歩駆を《ゴーアルター》に乗せたことによりに辛うじて礼奈と繋ぎ止めている状態だ。
かつての礼奈と同じように、歩駆が《ゴーアルター》へ乗っている限りは死ぬことはない。
だがそれは歩駆を永遠に戦いの中へ閉じ込めてしまうことになるのだ。
──私はいつまで囚われのお姫様気分でいるのか。
ある時、記憶の欠落が頻繁に起きる症状に悩まされ、月の織田竜華に助けを求めた。
それがいつの間にか当時のTTインダストリアル社内で起きた親族同士の争いに巻き込まれてしまい誘拐事件へと発展する。
幽閉された礼奈は不死の力を利用され、月の巫女レーナとして崇められるのことになった。
「……悔しいなぁ。力が、私にもあったら」
思考を巡らせるが今は歩駆を信じ、祈ることしか選択肢はない。
礼奈はケースの中から中身を取り出した。
弦に“NR”と刻印された赤い眼鏡は15歳の誕生日に歩駆から貰った大切な形見だ。
記憶を失いながらも肌身離さず持っていたが、月へ来てから一度も装着する事がなかったその眼鏡を久し振りに付ける。
「歩駆……」
当時はかなり視力が悪かったが、不老不死になったせいか今は度数が合わず視界はボンヤリである。
しかし、景色は見えずもと礼奈は歩駆の旅立った先が見える気がした。
昔の思い出に更けながら礼奈はしばらく宇宙を見つめ続けるのだった。
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