chapter.78 戦いの終わりと戦いの始まり

 地球からでも月に深く刻まれた一直線に伸びる戦火の痕ははっきりと確認できた。

 壊滅したルナシティから一千万人近くの死傷者と行方不明者を出した。

 現在、生き残った者たちで街の復興作業が大急ぎで行われているが、行き場を失った避難民たちが乗る艦は今も月周辺をさ迷っている。


 ◆◇◆◇◆


 戦いを終えて一週間。

 マコトたちアキサメ隊も混乱の中にいた。


 ◇◆◇◆◇


 アキサメ改の艦長であるヴェント・ヤマダ・モンターニャはブリッジで統合連合軍本部に通信を送る。

 今回の戦闘について、スフィア側が統連軍の主用SVである《Dアルター》を率いて月を攻撃したことに総司令であるイシズエ・マサキに説明を求めた。

 しかし、イシズエの回答は思いもよらぬことだった。


『君達が月と共謀していることはわかっている。残念だよ、君達が裏切り者になろうとは…』


 全くの寝耳に水だった。


 ヴェント達からすれば裏切ったのは統連軍だ。

 今回、アキサメ改が月にやって来たのも、月と地球の和平交渉にやってきた目的はTTインダストリアルの社長と月の巫女であるレーナ様の帰還を護衛任務のはずだった。


 そして突然、月に対して攻撃を仕掛けるジャイロスフィアの三代目ニジウラ・セイル。


 TTインダストリアルのSV生産工場があるとはいえ、月の本社と比べれば戦力に乏しいスフィア側に軍のデータにない《Dアルター》のカスタム機を与え、自分達の手を汚さず潰そうとした。

 これに猛抗議するヴェントだったがイシズエは聞く耳を持たず、通信は強制的に遮断されてしまった。


 軍のために尽くしてきたはずだったのに、ショックで項垂れるヴェントの元に楯野ツルギ。

がやって来て一枚の写真を取り出して見せた。


「……あのSVを作ったのはヤマダ・シアラだ」

 その写真はSVの内部を撮影した画像であった。

 虹浦愛留を名乗る人物が《ゴッドグレイツ》によく似た機体で奪った《Dアルター》を解体して発見した謎のラクガキ。

 そのラクガキが刻印された装置は特別製のネオダイナムドライブであり、ネオIDEALでしか製造されていないヤマダ・シアラのサインだった。


「やはり殺しておくべきだった」

 地球を睨むヴェント。

 心の中で復讐の炎が再燃していた。


 ◇◆◇◆◇


 月都市の病室で母、虹浦愛留に見守られながら眠る少女。

 虹浦零琉はもう一人の自分、三代目ニジウラ・セイルに勝利した。


 歩駆たち《ゴッドアルターG》と《鳳凰擬神》と戦闘を繰り広げている最中で決着が付いた。


 互いにボロボロになる死闘の末、零琉の《アレルイヤ・カスタム》が至近距離で放った両腕のガトリング砲が三代目ニジウラ・セイルの《アレルイヤ・ゴスペル》のコクピットを蜂の巣にする。

 戦いに勝利して疲れから気を失った零琉を駆けつけたツキカゲ・ゴウの《Dアルター・エース》が回収した。


 全身の打撲傷を負ったが幸い命に別状はない。

 打撲の内、顔面が大きく腫れているのは、一緒にアキサメ改に帰還したマコトによる殴打が原因だ。


 三代目ニジウラ・セイルが仕掛けた最初の事件。


 月で開催されたライブにやってきた三代目ニジウラ・セイルの乱射事件の発端は零琉である。

 虹浦愛留ら回りに居た者たちが直ぐに仲裁に入ってその場は収まった。


 マコトから距離を放すためと、月の住民に対して罪滅ぼしにと零琉は戦闘に巻き込まれ怪我を負った子供たちを元気付けるために歌を教えることになった。

 幸い、零琉が三代目ニジウラ・セイルだと言うことは、ボーイッシュな短い髪型と殴られたせいで付けられた湿布と包帯でバレることはなかった。

 初めは不貞腐れていた零琉だったが子供達の前で歌っている内に明るさを取り戻していった。

 だが彼女の表情を曇らせるニュースがテレビから流れ出した。


 映し出されたのは殺したはずの三代目ニジウラ・セイル。


 彼女の次の目的は地球へのスフィア落としだった。


 ◇◆◇◆◇


 そして、マコト。


「……起きてますか?」

 アキサメ改の廊下、自室の前でうたた寝するマコトの顔をトウコは覗き込む。


「起きてるよ」

「かなりお疲れですね。ちゃんとお風呂入ってます?」

 トウコの小さな手を取りマコトは立ち上がる。

 連日連夜、過酷な復興作業を手伝ってマコトの身体はボロボロ、髪もボサボサだ。

 だが、同じ仕事をしているはずトウコはと言うと長い黒髪はツヤツヤ、サラサラで顔色も良い。


「……ねえ見た? 昨日のスフィアの放送。あのクソガキ……」

「一ヶ月以内に統合連合軍を解体しないと地球にスフィアを落とす、ですね」

 零琉が撃墜し、機体を回収して中の死体も確認したはずの三代目ニジウラ・セイルは月での戦いなど無かったかのように笑顔を見せながら全世界に向けて配信を行っていた。

 映像の中で背後に立つ“ナイトオブ7”と呼ばれる同じ背丈で仮面を着けた少女たちが“5人組”なことにトウコは気になった。


「もちろんマコトちゃんは止めに行くんですよね?」

 トウコの問いにマコトは顔を伏せて言い淀んだ。


「私はお父さんみたいな……ううん、自分の信じる正義で皆を助けるヒーローになるんだ、って戦ってきた。でも……なんか、何を戦う理由が無くなってる気がしてきた」

「人を助けるのに理由なんていらないですよ。それがヒーローなんじゃないですか?」

「……あの零琉とかって子を思いきり殴っちゃって、だってジェシーを殺したのアイツなんだよ?! でも」

 あの日、戦いを終えた零琉がコクピット降りたの狙って、マコトは不意打ちで襲いかかった。

 自分より小さい少女に一方的に殴りかかる姿はマコトの目指すヒーローとは真逆の行為だ。

 罰として人手の足りない瓦礫の撤去や建物の修復など力のいる復興作業を男たちに混じってやらされていた。


「ゴメンね、トウコちゃんは関係ないのに」

「連帯責任ですよ。私も止めませんでしたし」

「……ゴメン」

 土や埃で汚れた両手を見つめるマコト。

 感情が押さえられないと昔から後先を考えず手が出るのは悪い癖だ、と言うことを自分でもわかっていた。


「それにしても統連軍はどうするんでしょうね? 一ヶ月後ってもう年が開けますよ」

「2101年……二十二世紀かぁ」

 二人の頭の中に二頭身のSF(少し不思議な)な青いロボットが浮かび上がる。

 現実の未来は漫画のように希望のある明るい世界にはなっていなかった。


「スフィア落としもそうなんですが、あの擬神と呼ばれる謎の敵の問題もありますよ」

「出現の法則性がわかればいいんだけどなぁ」

 人類共通の敵であるにも関わらず各勢力は協力と裏切りを繰り返し、同族同士の戦いは泥沼化していた。


「ソウルダウトも何処かへ行ってしまいましたし、ゴーアルターを動かせる人がいたなら……」

 その名前を口に出してしまいトウコはチラリとマコトを見る。


「……私もあんな風になっちゃうのかな」

 マコトは呟く。


 不老不死であったはずの真道歩駆は死んだ。


 この未来世界で月に囚われてしまった渚礼奈を救うべく戦った少年は、彼女の元にたどり着くと電池が切れたように絶命した。

 歩駆の死にショックを受け、渚礼奈も倒れてしまう。

 生きてはいるが意識不明で今できる最大限の治療を施したが未だに目覚めなかった。


「二人はまだ助かるよ」

 心の声に突然、返答されてマコトとトウコは振り返る。

 そこに居たのはシンドウ・マモリだ。


「どうしてそんなことが言える?」

「ゴーアルターが存在しているから。ゴーアルターが礼奈と歩駆の命を繋いでる。歩駆の半身を取り込めば歩駆は甦り、礼奈も目覚めるはず」

「マモリさん、半身ってどう言うことですか? その半身と言うのはどこに?」

「……人類によって惑星から降格された九番目の星、冥王星。ボクが歩駆をそこに連れていく!」

 そう言うとマモリの身体が発光し、その姿に光の輪郭が重なっていく。

 光に包まれ現れたその少女の顔にマコトたちは見覚えがあった。


「改めまして始めまして、ボクの名前はマモル。タテノ・マモルだよ」

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