chapter.71 偶像vs魔神

 一隻の輸送艦が混迷の月宙域に到着した。


 ジャイロスフィア・ミナヅキで三代目ニジウラ・セイルがライブツアーと称して、月を攻撃すると事務所の社長から情報を手に入れた歩駆たち一行。

 遠くからでも確認できる月の表面に出来た悲惨な傷跡を目の当たりにして歩駆は居ても立ってもいられなかった。


「礼奈……あそこに礼奈がいるんだぞ?!」

「少し落ち着きなさい、歩駆君。心配しなくても彼女なら無事よ」

 今にも窓を叩き割って飛びしそうな歩駆を宥める虹浦愛留。


「何故そんなことがわかるんだ!?」

「女の感……ってやつかな?」

「ふん、下らない」

「貴方は世界を救う希望なの。ギリギリまで近付いて、そこから月に向かいなさい。今、全力を出してはダメよ?」

 愛留に説得される歩駆。だが彼女の言うことは正しかった。

 ますます自分の中にある力の衰えを歩駆は感じていた。

 もしかしたら《ゴーアルター》を召喚しても敵にやられてしまうのではないか、と不安があるのだ。


「……心、感情で動かす」

「急に何?」

「初めてゴーアルターに乗ったときヤマダ・アラシに言われたよ。熱い魂でどこまでも強くなるってさ」

 今の歩駆にあるのはネガティブなイメージだ。

 本当に礼奈が無事なのか、助け出すことが出来るのか、出会うことが出来たら何を話せば良いのか。

 頭の中でグルグルと思考が巡る。


「ここまで来て歩駆君は諦めるの?」

「そんな、まさか。助け出すに決まっているだろ」

「なら頑張りなさい。私達が君を全力でサポートするからね」

 歩駆の背中を叩き励ます愛留。

 二人は急いで輸送艦の後部にある格納庫に向かった。


「レイルは準備万端みたいね」

 発進準備が整った《アレルイヤ・カスタム》の前に立つ虹浦零琉。

 やって来た愛留に笑顔で手を振るが、隣の歩駆を見るなり不機嫌な表情で顔を背け、そそくさとコクピットに乗り込んでいった。


「なんだか嫌われてるみたいね」

「どうでもいい。顔を見るのもこれで最後だからな」

 冷めたような態度の歩駆。

 仲直りをしようにも遅かった。

 機体が出撃準備に入るので格納庫内に警報が鳴り響く。

 歩駆たちは急いで管制室に移動し、発進する《アレルイヤC》を見送る。


『虹浦零琉、アレルイヤC出るよ!』

 充満されてた空気は抜けて完全な無重力となると重たいゲートが開き、ハッチが開放される。

 射出カタパルトに乗せられた《アレルイヤC》は勢いよく戦場の宇宙に飛び出していった。


「私もルクスブライドで行くよ。じゃあね、歩駆君」

「ん、あぁ………………んんっ……?!」

 零琉の《アレルイヤC》の背中を眺めながら適当な返事をする歩駆の顔が強引に愛留へ強引に引き寄せられる。

 歩駆と愛留、お互いの唇が重なりあっていた。

 突然のキスに呆気に取られて固まる歩駆を見て愛留は笑う。


「もし、渚礼奈を助けられなかったから続きをしましょう」

「……え……縁起でもねえことを言うな……!」

「ふふふ、じゃ頑張りなさいね“あーくん”」

 頭をぽんぽん、と撫でて別れを告げる愛留は管制室を後にした。

 残された歩駆は唇に感じた柔らかい感触を消すように袖で拭った。


「……“あーくん”か…………」

 幼馴染みである渚礼奈には、幼稚園の頃からアダ名でそう呼ばれていたのを思い出す。


「……待ってろ、今助けに行く」

 ウジウジと考えたところで解決するわけではない。


 礼奈に会える。


 会ってそれからどうなるかは会ってから考えればいいのだ。

 決意の歩駆を運ぶ輸送艦は、痛々しい大きな傷を負った月へと真っ直ぐ突き進む。



 ◇◆◇◆◇



『きゃははは! ザァコザコザコ、お姉さん達ザコっちいよぉーっ!?』

 三代目ニジウラ・セイルは《アレルイヤ・ゴスペル》のステージ型コクピットで歌い躍りながら、マコトの《ゴッドグレイツZ》を弄んでいた。

 彼女を守る騎士ナイトオブ7の《アレルイヤ・ダミー》が六機と控えで待機していた《DアルターFS(フォトンスマッシャー砲装備)》が十機、寄って集って《ゴッドグレイツZ》に攻撃を集中させていた。


「敵が明らかに強くなっている? 左右から、マコトちゃん気を付けて!」

「やってるってーの!!」

 マコトの苛立ちの元は三代目ニジウラ・セイルの歌だ。

 聞きたくもないアイドルソングが耳障りで集中力を著しく削いでしまう。

 対しては相手は三代目ニジウラ・セイルの歌に合わせて《DアルターFS》軍団が、遠距離から着かず離れず《ゴッドグレイツZ》をフォトンビームで狙い打つ。


「あの機体、でかいビームだけじゃなく単発でも撃てるのか?!」

「塵も積もればなんとやらですよ、マコトちゃん」

『いけ! やれ! そこだー! がんばれセイルのDアルターっ!』

 防戦一方のマコト。三代目ニジウラ・セイルよりも先に鬱陶しい《DアルターFS》たちを攻撃しようとするが今度はナイトオブ7の《アレルイヤ・ダミー》がそれを阻む。


「退きなよ黒いヤツ!」

 掌から炎を生み《ゴッドグレイツZ》は《アレルイヤ・ダミー》に拳を振るう。バリアーを展開して《アレルイヤ・ダミー》は攻撃を受け止める。

 小型のSVでありながら《ゴッドグレイツZ》の巨腕を弾き飛ばし、バリアー状態のまま突撃する。

 頭部を小突かれバランスを崩した《ゴッドグレイツZ》に《アレルイヤ・ダミー》は一斉にバリアーの連続タックルをお見舞いした。


「ま……マコトちゃん!?」

「くっ、群れて来るんだったら纏めて吹き飛ばすまでだッ!!」

 ふらふら状態の巨体を無理矢理、勢いをつけて回転させるマコト。

 超高速の螺旋を描いて《ゴッドグレイツZ》は巨大な炎の竜巻を発生させた。


「消し飛ばされろッ!!」

『ふっふーん、チェックメイトだよ!』

 指を鳴らす三代目ニジウラ・セイル。

 すると竜巻の周りに整列する《DアルターFS》がフォトンビームを発射する。だが、それはこれまでのとは違い、各方位から放ったフォトンビームの光が球体状になり竜巻と中の《ゴッドグレイツZ》を覆っていく。


『名付けてミラーボール大作戦。そのまま潰れちゃえ!』

 目映く鮮やかな光の球体は一気に収縮していく。


「うぅぅ……あぁぁぁぁぁぁー!!」

 苦痛に叫ぶマコト。

 必死に両手足で球体の縮みを中から押し返そうとする《ゴッドグレイツZ》だったが、光の収縮は一行に止まらず強さを増していく。


『これがセイル達の力よ! 悪の月帝国は成敗され……』

 三代目ニジウラ・セイルは背後に気配を感じ、近場にいたナイトオブ7の《アレルイヤ・ダミー》を盾にして弾丸の雨をバリアーで弾いた。


『誰ちゃん?』

『わたしは……わたしは、虹浦零琉だっ!!』

 高速飛行でやって来るそのピンクゴールドのSV。

 零琉の《アレルイヤ・カスタム》が咆哮する。

 開閉された口部のマスクが牙を剥き、放たれる衝撃波が三代目ニジウラ・セイル達を襲う。

 通信機器に乱れを生じさせると、強制的に流れ込んできた三代目ニジウラ・セイルの歌を一時的に掻き消した。


『ちょっとちょっとちょっと何なのぉ? あなたモノマネ芸人? 本物のライブにニセモノが割り込むなんて反則じゃない?』

『貴方も偽物でしょ。私の娘はこの世に一人だけよ』

 三代目ニジウラ・セイルの前を通り過ぎる光条。

 一機の《DアルターFS》が他の《DアルターFS》を攻撃していた。


「マコトちゃん、パワーが弱まりましたよ!」

「あれ……白いジーオッド? どうして、アナザーシリーズは全部壊したはずなのに」

 拳に力を込めて光の球体を叩き壊して《ゴッドグレイツZ》は脱出する。

 マコトたちを助けた《DアルターFS》は頭部が他の機体とデザインが異なる。

 そして、それは《ゴッドグレイツ》とよく似た合体ロボットであった。


『はじめまして、真薙真さん。私の名は虹浦愛留……この機体はルクスブライトよ。訳あって助太刀するわ』

 純白の白兜。

 愛留の《ルクスブライト》は撃ち終わった胸部のフォトンスマッシャー砲とパイロットを切り離して、残りの敵たちに向き合った。


『……歩駆君、上手くやりなさいよ。彼が来る前に……』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る