chapter.72 届かない手
歩駆を乗せた輸送艦は崩壊するルナシティ上空を航行する。
月面に作られた都市の半分以上を焼かれ、残った人々は避難船で宇宙に上がり、TTインダストリアルからはレスキュー用SVが街を覆う外壁の修復や人命救助に当たっていた。
「……礼奈は、そこにいるのか?」
被害の少ない区域に注目する。
数キロ先にある大きなドームの中に礼奈の存在を感じた。
だが、安心するのも束の間。
歩駆の乗る輸送艦は遠距離から離れたビームにより轟沈する。
爆発する艦の外に吹き飛ばされた歩駆。
宇宙を漂うその刹那「これが最後の戦いなんだ」と心の中で思うと不思議と力が溢れ出る気がした。
「ゴーアルター」
歩駆は静かにその名を呼ぶ。
白き鋼の機神が歩駆の中から光を放ち発現する。
全長30メートルの巨大SVは瓦礫の上に降り立ち、ビームが飛んできた方向を睨む。
『これ以上、先に行かせるわけにはいかない……なァ』
対峙する漆黒SV。
かつて歩駆が《ゴーアルター》を失ったときに、織田竜華は歩駆のために製造した特別製のSVである漆黒の《Gアーク》が立ち塞がった。
『真道歩駆。何故お前は冥王星に行かない?』
同じく月面に降り立つ《Gアーク・ストライク“ブラックX”》のパイロット、サナナギ・マコトのパートナーである傷の男ガイは問い掛けた。
「……お前は、ヤマダ・アラシか?」
『そうだ、なァ……いや、そうとも言えるし、そうでないとも言える』
「どっちだろうが関係ない、そこを退け。俺が礼奈を救うんだ」
『なんで俺が渚礼奈を月に運んだと思う?』
「もう一度言う。三度目はない……そこを退け」
『今のお前では渚礼奈を救うことは出来ない』
宣言通り《ゴーアルター》の瞳からフォトンビームが迸った。
不意打ち気味の攻撃だったが、人の心を読むことが出来るガイに不意を突いた攻撃は通用しない。
『自分のいない間にお前の戦いが伝説のように世界で語られて、地球を救ったヒーローになっているなんて羨ましいな? 一人の女も守れないのに』
二つの交わる光線をガイの《ブラックX》は目視で避けた。
「お前が礼奈を誘拐したんだろう?!」
『なら、どうしてゴーアルターと異次元に消えた? 何十年も何をやってたんだよ?』
「質問に質問で返すなよ! 今、答えるのはお前だ!」
軽いステップで横に移動した先の背後から《ゴーアルター》が瞬間移動でもしたかのような早さで迫る。
最初に撃ったレーザーは囮で本命は接近しての攻撃だ、と言う歩駆の作戦もガイに筒抜けでバレていた。
『サナナギ・ マコト、俺の愛する女のためだァ!』
仰々しく叫び急上昇したガイの《ブラックX》は《ゴーアルター》の大振りなパンチを空振りさせる。
『俺はマコトを救うためにお前を探していたんだ。ある女の研究データから発見した不老不死の力を持つお前を……』
真上に位置取る《ブラックX》のロングライフルが《ゴーアルター》顔面に直撃。歩駆の目は閃光に眩んだが《ゴーアルター》自体に致命傷を負わせられる程のダメージではなかった。
「く……それと礼奈を誘拐することに何の関係があるっ!?」
『あるだろう。渚礼奈も不老不死だ』
ボヤける視界の中で歩駆は《ゴーアルター》の全身からフォトンレーザーを出鱈目に放った。
当然、見当違いな方向に飛んでいくレーザーは《ブラックX》に当たらなかったが、月都市の方に向かって飛び交うレーザーをガイは見逃さなかった。
『俺は渚礼奈を亡き者にしようと企む魔の手から救いだしたんだ。感謝するならいいが恨まれる筋合いはない』
街に当たらないようにガイは《ブラックX》のライフルでフォトンレーザーを相殺する。
しばらくして視力が回復したのか、ガイに当たった手応えを感じなかった歩駆はレーザー発射を止める。
「ちっ、礼奈を利用しようとするのはお前らも一緒だろうが!」
『口を開けば礼奈、礼奈、頭の中でも礼奈と……彼女は協力関係だと言って欲しい。人類繁栄のためにも必要なことだ』
「なら、ダイザンゴウに……SVに乗せて戦わせたのも繁栄のためだってのかよ!」
『そうだ。あんな兵器を開発したヒト以下に成り下がった地球統合連合軍に対抗するために完成したのが、これだァ!』
黒い装甲が赤い光を放って《ブラックX》は背中のウイングが大きく展開する。
『ADD(アンチダイナムドライブ)システム、発動』
ウイングの隙間から散布される赤い微粒子が広範囲に散らばり広がっていく。
近距離で微粒子を浴びた《ゴーアルター》だったが触れてもダメージは全くない。が、その時だった。
「なんだ、ゴーアルターから力が……いや、俺がか?」
身体から力が抜けていく。
しかし、不快感というよりもそれは安らぎに近い不思議な感覚だった。
『これは渚礼奈の意思だ。統連軍のプロパガンダに利用されたお前に代わって戦いを止める。この粒子は戦う者の意思を奪う……お前に聞こえるか? 彼女の声が』
ガイに言われて歩駆は目と閉じ、耳を済ます。
それはとても懐かしく、心の底からずっと聞きたかった声が歩駆の中に響いた。
──月に集まった全ての人達に問いかけています。
──今すぐ戦闘行為を中止して、ここから立ち去ってください。
──争いは悲しみを生み、悲劇の連鎖を作るだけです。
「……礼奈、そこにいるのか……礼奈が!?」
赤い微粒子を通して歩駆は礼奈の位置を特定することができた。
ガイの《ブラックX》の遥か後方、一際目立つビルが飛び出した大きなドームの中だ。
先にある希望に真っ直ぐ見詰めて、歩駆はガイがいることなど気にも止めず《ゴーアルター》の力を精一杯、振り絞って一歩ずつ歩行させた。
『流石はexSV。まだ動けるようだが、先には行かせるわけにはいかん』
ノロノロと歩く《ゴーアルター》に《ブラックX》は足を引っ掻けて倒す。
だが這いつくばってでも進み続けようとするのでガイは《ブラックX》で突っ伏す《ゴーアルター》を持ち上げ、ジャイアントスイングのようにグルグルと振り回した勢いで宇宙に放り投げた。
「ぐぅ……!? 動け、動け、動けよゴーアルターッ!」
『自分でわかっているんだろう真道歩駆? 既にゴーアルターの力を引き出すだけの力はお前の中に残ってなんかない』
「それでも……俺は、礼奈を」
『気持ちだけで何も守れやしないぞっ!』
一喝するガイは宙でジタバタと浮遊する《ゴーアルター》に背部に搭載されたミサイルの標準を合わせた。
それは条約で禁止された禁断兵器である“グラヴィティミサイル”だ。
『こんな状態のお前を渚礼奈に会わせるわけにはいかん。俺がここで引導を渡してやる』
無駄な足掻きをする歩駆に失望したガイは躊躇なく引き金を引いた。
全長2メートルサイズのミサイル一発で、大都市を丸ごと飲み込むブラックホールを発生させるグラヴィティミサイルは《ゴーアルター》へと一直線に突き進む。
『我が救世主をやらせるわけにはいかないですよ』
衝突しようとした寸前、 グラヴィティミサイルが《ゴーアルター》の眼前で宇宙の闇に忽然と消失した。
『大丈夫ですか? 愛しの救世主様』
どこからともなく姿を表したのは、地球と月が争うきっかけになった煌めく銀色のSV。
南極の戦いからイザ・エヒトと共に行方不明となっていた《ソウルダウト》だ。
『ソウルダウト……お前が“記憶喪失の語り部”イザ・エヒトか』
『お初にお目にかかります、月面騎士団リーダーガイ』
『南極から行方不明になったと聞いたが、自分の正体でも思い出したか?』
『えぇ、お陰さまで』
ガイは会話の中でイザの思考を読み取ろうと試みるが、見えたのは何もない空っぽな空間だけだった。
『その機体、ソウルダウトが何か分かっているんだろう? 目的は何だ?』
『貴方が言った通り、僕は語り部です。僕が鍵(ソウルダウト)の力を使うことはありません。その時が来れば託すだけです……我が救世主』
巨体な《ゴーアルター》を三分の一サイズしかない華奢な《ソウルダウト》が起こす。
『戦う力が欲しいですか?』
イザは歩駆に問い掛け《ゴーアルター》が頷いた。
『では力を取り戻しなさい。冥王星に行くのです』
「ま、待ってくれ……すぐそこに礼奈が居るんだよ! 礼奈を先に助けないと……!」
『それは無駄ですよ』
イザは言うと《ソウルダウト》の腕がしなる。
すると、空間に大きな亀裂が入り、別の宇宙空間の道が裂けて開いた。
『ゴーアルターと貴方と彼女の魂は繋がってます。欠けた状態で再会しても意味がありません』
「でも……!」
『冥王星までの直通ゲートですよ。あとは貴方次第です』
ようやく月の礼奈まであと一歩で届くと言うのに歩駆は躊躇した。
まごまごしている二機の間に数発のビームが通過する。
ガイの《ブラックX》から威嚇射撃だ。
『行かせはしない。ソウルダウトの力は俺とマコトで使う。そして真道歩駆には消えてもらう。イザ・エヒト、お前もな』
『さぁ早くっ! 時間がないですからね、頼みますよ救世主』
「……っ…………ぅぅ、クソッ……礼奈……ッ!!」
覚悟の決まらない歩駆をイザの《ソウルダウト》は《ゴーアルター》の後ろに回り込んでゲートに無理矢理、押し込もうとした。
だが、その時。
冥王星へと繋がる異空間より、新たなる脅威が顔を覗かせるのだった。
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