chapter.54 最悪で最愛

「歩駆くん、レイルちゃん、早く早く!」

 子供のようにはしゃぐ愛留に歩駆と三代目ニジウラ・セイルは呆れながらついていく。

 あの戦いの後、三代目ニジウラ・セイルの《アレルイヤ》を個人経営らしい非正規のSV整備工場まで運び入れ、くたくたになりながらファストフード店にやって来て食事を取ることにした歩駆たち三人。

 日本にもあるピエロのマスコットキャラクターが有名なハンバーガーチェーンの店なので注文は容易であった。


「頼みすぎじゃねえの?」

「いいの、いいの! 食べきれなかったな歩駆くん食べてね?」

 愛留のトレーにはハンバーガーとフライドポテトとチキンナゲットとドリンクが山のように積まれていた。

 器用にバランスを取りながら混雑する店内を探索する。

 吹き抜けの二階席まで登り、開いた席を見付けて三人は座った。


「これ歩駆くん。これレイルちゃん」

「……あの」

 それぞれに品を配る愛留を三代目ニジウラ・セイルが睨む。

 元々ショートカットだった髪型が、いつの間にか更に短くなっていた。


「なに、レイルちゃん?」

「セイルの名前はセイルなんだけど」

「虹浦星流は私の娘の名前なのでダメ。大体、いちいち長いのよ名前が。三代目、三代目ってなに勝手に襲名してるのよ。メンドクサイ」

「だからって髪の毛まで勝手に切らされて……むぐっ?!」

 愛留はブツブツ言う三代目ニジウラ・セイルの口にフライドポテトを放り込んだ。


「だから、君を私の養子にするために名前も変えます。初代より前、だから新しい名前は零琉(レイル)です。良い名前でしょ?」

 反論させまいと更にバニラシェイクのストローを突っ込む。

 口をモゴモゴと動かし一生懸命、租借する少女の背中を歩駆は摩ってあげた。


「おいおい、無理に食わせんなよ!」

「細すぎるのよレイルは。アイドルは身体が資本なんだから体型の維持より体力をつけないと!」

 三代目ニジウラ・セイル改め、虹浦零琉は表面上、嫌そうな顔してみせるが本当は今の状況が嫌いではない。

 まるで本当の家族のような和気あいあいとした雰囲気に、宇宙で戦うアイドルとして活動していた時とは違う高揚感があった。


「そうだ歩駆くん、君も私の家族にしてあげようか?」

「冗談。俺には礼奈がいる」

「ふーん、でもね今のままでは君と渚礼奈はいっしょにはなれないよ」

 そう言うと愛留はブラックコーヒーを一口啜る。

 チェーン店ながら絶妙な苦味と酸味の味わい深い良いコーヒーだった。


「君の心は欠けている。君の肉体はもう限界まで来ているんだ。そう感じることない?」

 愛留に言われ歩駆は思い当たる節を頭の中で探してみる。


「……そう言われてみれば、眠りが長くなったような気がする。ゴーアルターに乗っていたときは、むしろ睡眠をあまり取らなかった」

「肉体の再生が間に合っていないのね。でも今は失われた心の半分をゴーアルターが補っている」

 前回の戦闘後に《ゴーアルター》は歩駆の精神と融合し、一心同体の存在となった。

 心の中で強く念じれば《ゴーアルター》をいつでも呼び出せるようになったのだ。


「あんなデッカイSVが入っちゃうんだもん。凄いじゃんお兄ちゃん」

 零琉は羨ましそうに歩駆の身体をペタペタ触るが心境は複雑だった。


「今は利用してやるが礼奈を取り戻したらゴーアルターの力はいらない。さっさと俺の体から出ていってもらう」

「だからね、そうしたいなら渚礼奈を月から取り戻す前に心半分を元に戻さいけないのよ」

「……抽象的だな。本当アンタは一体、何なんだよ?」

「見てわからないの? ただの虹浦愛留よ」

 パチリ、とウインクをする愛留。

 元アイドルだけにその姿は座っているだけでドラマやCMのワンシーンを見ているようだった。


「敵を倒す力が欲しいって何だ? 擬神、って言ってたよな。あれをアンタは倒したいと?」

「それもある。私が本当に倒したい……いや、殺したいと思っているのは」

 会話の途中に、ふと何者かの気配を感じて愛留は顔を振り向く。

 そこにいたのは国籍不明な怪しい五人の男性集団だ。

 男たちはお店の雰囲気に不釣り合いなピンク色の派手な法被(はっぴ)に『アイ・ラブ・セイル』と書かれたハチマキ、古めかしいジャパニーズアイドルオタクファッションに身を包んでいる。

 そんな彼らの奇抜な姿が珍しいのか、客席の何人かは遠目から動画や写真を撮っている。


「何だ? まだ食っている途中なんだから退かないぞ」

「今、その美人さんが虹浦なんとかと聞いて……もしやと思い」

「面白いわね。私の時代でもそんなファンの格好は絶滅危惧種よ。確かに私は虹浦愛留よ」

 ニッコリとアイドル仕込みの営業スマイルをする愛留を見て、男たちは集まってブツブツと何か相談し出す。


「……なんだ、こいつら?」

「とても心苦しいのでござるが……」

 するとモジモジする先頭の男が意を決して法被の懐から黒光りする何かを取り出す。

 それは拳銃だった。


「……命を、貰うっ!」

 男が引き金を引いた一瞬、愛留は姿勢を低くして下からテーブルを思いきり蹴り上げる。

 拳銃から放たれた弾丸の軌道を反らしつつ、男の顎下にテーブルをぶつけて突き飛ばした。


「逃げるわよ!」

 謎の法被男たちが怯んだ隙に、愛留は歩駆と零琉の手を引いて柵を足蹴に吹き抜けから飛び降りる。

 客が入ってきて開かれた自動ドアを通り抜け、そのまま店から脱出した。


「逃がすな、追えーっ!!」

 歩道に溢れる通行人を上手に避けながら歩駆たち三人は街中を駆ける。


「何だよアイツら、イカれてんのか!?」

「あの人たち、背中に三代目ニジウラ・セイル親衛隊って書いてたよ」

「じゃあ、お前んとこの過激ファンかよ!?」

「セイ……零琉は知らないよ、あんな人たち。あっ、でもでも……最前列で凄い踊ってた人たちがあんなジャケットを羽織ってたかも?」

 自分のライブ映像を何度も見返す零琉は、カメラに悪目立ちする先頭集団のことをよく覚えていた。

 彼らのことを出禁にして欲しいと何度もプロデューサーに掛け合ったが『ファンを無下にしてはいけない』と断られてしまうのだ。


「あぁ思い出すわ。人気絶頂期に彼とスキャンダル狙いの記者に追っ掛けられた時のことを。あれはいつだったかな」

「そんなことは今どうでもいいだろう!?」

 思い出話を始めようとする愛留を引っ張って歩駆たちは裏路地に逃げ込む。

 これて撒いたと安心した歩駆だったが、その先には法被男が先回りして待ち兼ねていたけ。


「居たぞ!」

 背後には通行人を突き飛ばして他の法被男たちが押し寄せようとやってくる。

 左右はビルに挟まれドアも無く、前にと後ろの法被男たちがチャンスとばかりに襲い掛かってきた。


「この調子に乗りやがって!!」

 壁に寄り添い、零琉を庇う愛留を後ろにして歩駆は法被男たちを突破する策を短い時間の中で思考する。

 もし、ここで《ゴーアルター》を召喚すればどうにかなるのか。

 こんな狭い場所で全高30メートル近い《ゴーアルター》など出せば敵の男たちは街にも被害か及ぶだろう。

 だが、正義の味方でもあるまいし行きずりの人間がどうなろうが歩駆の知ったことではない。

 しかし、無闇に暴れたりして騒ぎを起こすのは面倒である。

 ならばどうすればいいのか。


「どうするの? お母さん、歩駆お兄ちゃん?」

「俺がゴーアルターと一体化している、イメージを……」

 右からは木材を手に、左にスタンガンを突き出す法被男が数十センチというところまで迫った。

 その瞬間、左右の男の顔面が同時にひしゃげて吹き飛んだ。

 

「お兄ちゃんから……何か出た?!」

 驚く零琉。

 一瞬でよく見えなかったが歩駆の背中から白い鋼鉄の巨腕が伸びたように見えた。

 法被男たちも何が起きたのかわからず困惑するが、それでも目的を達成するため歩駆たちを襲うのを止めない。

 残る三人で一斉に歩駆へ飛び掛かった。


「しつこい!」

 歩駆から繰り出される見えない拳の高速連打が男たちを容赦なく打ちのめし、表の道を通り越して車道の方まで弾き飛ばした。


「行くわよ皆」

 通りの方で悲鳴が聞こえる。

 結局は通行人が騒ぎたてる事態になってしまったが、自分たちの存在がバレる前に愛留は零琉をおぶって、歩駆と共に裏道の更に奥へと駆け抜けた。


「ねぇねぇ歩駆お兄ちゃん! さっきのアレなんなの?!」

「あぁ、あんな場所でゴーアルターを呼び出せないからな。力を最小限に絞って出しただけだ」

 歩駆自身、無我夢中で偶然に発動した一発だったが《ゴーアルター》を人間サイズにして一瞬だけ繰り出すこの技はこれっきりで二度とやらないようにしようと思った。

 体力の消耗が異様なまでに多く、身体がバラバラになりそうな痛みが全身に走っている。


「いや本当、当時のことを思い出すわ。楽しいね!?」

「命狙われてんのに楽しいわけあるか!!」

「昔のアイドルって大変なんだぁ……」

 迷路のように複雑な路地を追ってから必死に逃げ回ること数時間後、歩駆たちは人気の少ない公園にたどり着いた。

 体力の限界な歩駆は悲鳴を上げながらベンチに寝そべった。


「も、無理……ダメだっ……し、死ぬ」

「男の子でしょ、しっかりしなさい。あ、ここは……」

「お母さん、ここ来たことあるの?」

「いいえ、公園にはちょっと思い出があるの」

 白い砂浜、そして透き通るような海が見える綺麗に整備された自然公園。

 疎らに人はいるが、その全員が体を寄り添いながら歩いているカップルのようだった。


「公園って良いわよね。公園と言えばね」

「また昔話かよ……いてて」

「そうね、そうだ。まだ私の倒したい相手って何か言ってなかったわね」

 日が落ちかけ海は赤く染まり、空に月が昇っている。

 愛留は月に向かって拳を握った。


「殺したいほど愛してる最悪で最愛なあの人。アーくん……いえ、ヤマダ・アラシを」

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