chapter.52 擬神

 また月が遠くなった。


 空へ伸ばした手が切り刻まれ、指先からみるみる内に無くなっていく。

 立ち上がるための足も消え去って起き上がることも出来ない。


 自分が消滅する恐怖に真道歩駆は泣き叫んだ。


 喉元に突き付けられた白銀の剣が押し込められると大量に血が吹き出す。

 ヒュー、と開かれた喉から漏れ出る空気の抜ける音が静かに鳴り響くだけ。


 血を吐き出しながらの声にならない声で歩駆は剣の持ち主に罵声を浴びせる。

 大量出血のせいか視界が暗くなり剣の持ち主が誰なのかわからない。


 月光に照らされて光る白銀の剣が降り下ろされる。


 歩駆は見た悪夢はここで途切れた。


 ◆◇◆◇◆


 淡い日差しが顔を照らし、眩しさて思わず起き上がる。 

 夢から覚めた歩駆が一番に確認したのは自分の手足だった。


「…………あるよな、そりゃ。俺のじゃないか」

 擦ったベッドのシーツは大量の汗で湿っている。

 軽く咳払いをして歩駆は酷く喉の乾きを感じたが、質素なタンスと灰色の壁で囲まれた簡素な部屋の中には飲み物どころか水道すら見当たらない。


「確か、ソウルダウトにやられそうになってて……そしたら空から何が大量に……あれはグラヴィティミサイルだ……それからは……えーっと、どうなったんだっけ?」

 戦いの最後の光景は南極を崩壊に導くグラヴィティミサイルの波動。

 全てを飲み込む漆黒の光が白き大地を無に帰す。

 それからどうやって助かったのか、悪い夢を見たせいか頭が痛み思い出せなかった。


「お、君やっと起きたんだね。ずーっと眠りっぱなしだったのよ?」

 歩駆の声に気付いたのか、ドアを開けて女性が部屋に入ってきた。

 見た目は同世代にも親ぐらい年上にも感じるが、とても美人な女性で歩駆はその顔に見覚えがあった。


「……あんた、クロガネ・カイナか?」

 それは歩駆が《模造獣(イミテイト)》との戦いから一時的に離れていた時間。

 謎の転校生クロガネ・カイナは歩駆を監視するためにやってきたIDEALのアンドロイドだ。

 失意の歩駆を励まし、再び戦いへと復帰できたのも彼女のおかげだったが、最後の戦いのあと役目を終えて機能を停止するのだった。


「でも何か違うな…………違うなぁ?」

「その間は何なのよ? 失礼しちゃうわ」

 まじまじと女性の顔を見る。

 不老不死とは別に《ゴーアルター》の副作用で人の魂を判別できる能力を持つ歩駆。

 その魂がクロガネ・カイナのモノとよく似ている気がするが、記憶の中にある本人の見た目と思っているのより老けている。

 流石に見知らぬ人間に対してそれは流石に言えなかった。


「いや、すいません。人違いかも知れない」

「ふふん、では私の名前を聞けばわかるはずよ。私の名前は虹浦愛留。どう? ニジウラ・アイル、これなら知っているでしょう?」

「虹浦? ああ虹浦セイルなら知っている。もしかして子孫、孫か何かか?」

 的外れな歩駆の言葉に愛留は古臭いリアクションでコケてみせた。


「そんなことより俺のゴーアルターは?」

「まずは恩人にありがとうごさいます、でしょ。君のSVは君を助けるときに消滅したわ。残念だけど諦めなさい」

 それを聞いて歩駆は先程見た悪夢を思い出す。


「そう、なのか……そうか。すまない、マモル」

「マモル? 君の友達?」

「……まぁ、そうっすね。俺を守ってくれたんだ」

「友達思いなのね」

「でも、裏切ったのは俺なんだ。俺が選んだのは……礼奈なんだ」

 せっかく手にしたSVを失い全ては振り出しに戻ってしまった。

 これからどうするのか、歩駆が悩んでいると外からドタドタ、と騒がしい音を立てながら部屋に飛び込んできた少女が一人。


「遂に起きたの?! 死んでなかったんだ!?」

 いきなりやって来た少女は派手なアイドルの衣装に身を包んでいた。

 手には何故かプラスチックのフォークを持っている。


「…………あ、お前はセイルモドキの」

「その声、もしかして青白デカいSVのパイロット?! ちょっと、お母さん! なんで、こんな人助けたの!?」

 アイドル少女、三代目ニジウラ・セイルは歩駆のことをフォークで刺そうとするが、愛廬は猫を扱うかのように衣装の襟を掴んで引き離した。


「だから、私は貴方の母親じゃないし、歩駆君を助けるのは私の勝手でしょ」

「だってだってお母さん! コイツ、セイルのこと殴ったんだよ?! ぶん投げたんだよ?! 宇宙的大アイドルにこんなことして良いの?! 弁護士を呼んで!」

 ジタバタ暴れる三代目ニジウラ・セイルを持ち上げながら愛留は呆れて果てていた。


「取り合えず食事にしましょう。と言ってもインスタントしかないけどね」

 ベッドから起き上がり歩駆は愛留たちの後を追い部屋を出た。


「なぁ、ここは何処なんだ?」

 通路の窓からは透き通る青い海と綺麗な砂浜が一面に広がっている。

 見慣れない木や植物が生えているのを察するに日本ではないようだった。


「オーストラリアにある私のプライベートアイランド。まさか私もまだここの別荘が使えるとは思ってなかったけどね、どれがいい」

 リビングに到着すると愛留がテーブルからカゴを差し出した。

 中にはカップ麺が数種類、外国語が書いてあるがいくつかは日本で見たことのあるメーカーの物があったのでそれを手に取る。


「じゃあシーフード」

「セイルと同じの選ばないでよ!」

 既に食べ始めていた三代目ニジウラ・セイルが舌を出す。

 歩駆は無視してシーフード味のカップ麺に電気ポットからお湯を注いだ。


「さて、何から話すべきかな?」

 大盛りのカップ焼きそばを選んだ愛留が、テーブルからリモコンを拾いテレビのスイッチを入れる。


「まず何で俺達を助けた?」

「それは簡単よ。敵を倒す力が欲しいってだけ」

「俺にそんな力がない、無くなったのはアンタも知ってるだろ」

「そんなことないでしょお? 今は無理なだけで」

 歩駆からの言葉を愛留は多すぎるチャンネルをザッピングを続ける。


「セイルをスフィアに帰してよ!? きっと全宇宙が私の帰りを待ってるに違いないわ!」

「それは確実にないんじゃないかなぁ……ここだね」

 愛留は目当てのニュース番組を発見し、音声のボリュームを上げる。

 歌手のライブ会場を映したら映像であったが歌ではなく高らかに何かを訴え、演説している。

 その人物は歩駆の目の前にいる少女にそっくりだった。


『地球の人たちは英雄であり偉大なアイドルの先輩でもある私の母が眠る南極に条約で禁止されている超重力波弾頭(グラヴィティミサイル)を発射しました。そのせいで長年の問題である海面上昇問題を加速させ、海辺に住む人々を苦しめています。住むところを失った人達を私たちジャイロスフィアは歓迎します。この三代目ニジウラ・セイルは、地球環境を破壊する統合連合軍に改めて抗議したいと思います。私の母、ニジウラ・アイルの名に賭けて!』

 ステージア上で小さな少女の力強い言葉は会場を熱気の渦に包んだ。


「……あれ? こんなライブ収録してたっけ?」

「生放送みたいよこれ」

 愛留が指差す画面右上に小さく“LIVE”という文字が表示されている。

 宇宙から地球全土に向けて放送しているようだ。


「イヤイヤイヤ、だってセイルはここにいるもん! 今日ライブするってセイル聞いてないもん! スケジュール表にもないし……えぇ?」

 テレビに映る自分そっくりな自分に三代目ニジウラ・セイルは混乱していた。


「そうだ! 電話すればいいんだよ。ヤマPに電話を……」

 服のポケットから取り出した携帯電話で事務所に連絡を入れる。

 だが、いくら掛けても通じず、他の事務所スタッフや関係者にも電話は繋がらなかった。


「…………ドッキリだ! そうに決まってるよ! 全く、ドッキリはNGにしてるのになんでバラエティの仕事を取ってくるのかなもう、アハハ……」

 笑って気持ちを誤魔化す三代目ニジウラ・セイルだったが、テレビで歌って踊るもう一人の自分の姿を見て次第に涙を浮かべる。


「嘘だよね? 本当にドッキリ番組だよね。だって百年ぐらい前に死んだ虹浦愛留がここに居るはずないもんね。皆そっくりさんでしょ?」

「残念だけど現実よ。私は正真正銘の虹浦愛流で、貴方は虹浦星流(ニジウラ・セイル)のクローン人間。今テレビに出てるのも貴方と同じクローンよ」

「嘘だっ!」

 三代目ニジウラ・セイルは食べかけのカップ麺を投げ付け、何処かへ行ってしまう。

 弧を描くカップ麺が部屋の壁に叩きつけられる前に歩駆がキャッチして何とか中身が飛び散ることはなかった。


「……いいのかよ、あいつを追わなくて」

「あんな子を育てた覚えはないもの。同じ遺伝子でも赤の他人よ」

 歩駆の問いに愛留は冷たく言い放つ。


「それよりも大事なことがこれから起きる……いえ、今からかもしれない」

 カップ焼きそばを蓋を愛留が開けようとした時、建物を揺らすほど大きく耳障りな音が周囲に響き渡った。


「虫のようなSVと戦ったことがあるでしょう? あれは“鍵”を狙う者が現れたときに、その力を試すようプログラムされた防衛システムなの」

 嫌な胸騒ぎを感じてベランダから外へ出る歩駆と、それを追う愛留。

 昼間なのにどんよりと暗い空を見上げると、そこには黄金色に輝く異形の巨大物体が曇天の中から舞い降りる。


「私はあれを《擬神》と呼んでる。歩駆君、この地球が取り返しのつかないことになる前に、貴方にはあれを倒して欲しいのよ」

 その忌々しい姿、歩駆にとっては忘れることのできない因縁の“敵 ”であった。

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