chapter.42 永遠の十六歳
「こそこそ隠れないで堂々と人前に出れると気持ちが良いものですね」
紅茶を上品に啜りながらトウコは一息ついた。
三代目ニジウラ・セイル親衛隊との戦闘を終えて、 マコト達と共に食堂へと集まり午後のティータイムが始められた。
「もしかして格納庫の幽霊の正体って貴方だったの?」
ウサミが空中に投影した監視カメラの映像を見せる。
暗闇の中、通路の真ん中を通っているのに防犯センサーに引っ掛からない人影が映っていた。
「ふふふ、来るべき時が来るまで隠れていようと思っていたのですが、何だがお腹が空いてしまい見付からないようにお菓子を持ち出していました。驚かせてしまい申し訳ありません」
深々と頭を下げるトウコ。
「マコトちゃん、顔をこちらへ向けてください」
隣に座っているマコトは言われるがままにトウコへ顔を近付ける。
トウコは小さな手でマコトのレンズにヒビが入った眼鏡を撫でるように触れた。
すると、ヒビは映像を逆再生したかのようにみるみると治ってきき、新品同様の姿に変わった。
「あぁ……ありがとう、トウコちゃんっ!」
涙が出るほど感動したマコトはトウコの小さな身体を思いきり抱き締める。
「マコちゃん良かったね」
機体の整備を終えてきたヨシカとアンヌもやって来た。
時を越えて約半世紀振りに再会したトウコとヨシカ、二人の親友を見るマコト。
片や老け、片や幼くなり、自分は十代から変わらぬままの容姿で少し淋しさを覚えた。
「ところで……トウコさんはどういう関係なんです?」
手を上げてホムラが質問する。
「私の名前は黒須十子(クロス・トウコ)。マコトちゃん、ヨシカさんとは同じ学園の同級生。そして慈愛の女神ゴーイデアのパイロットでした」
「ゴーイデア?」
「ゴッドグレイツの合体したボディですね。もう役目を終えてしまったようですけど」
灰化してしまった《ゴーイデア》は整備員たちが塵一つ残さず纏めて物資の貯蔵庫にあるコンテナに詰めて保管している。
「でも、どうしてトウコちゃんがオボロちゃんの体に?」
「話すと長くなりますので掻い摘まんでお話しします」
「いいよいいよ、詳しく聞かせて?」
と、マコト。親友の声をもっと聞きたかったのだ。
「わかりました。お話ししましょう」
トウコは事の経緯を語った。
◆◇◆◇◆
人工島イデアルフロートとの最終決戦から半年後。
西暦2059年、十二月。
テロリストによる襲撃を受け、凶弾に倒れるヨシカ。
マコトはテロリストを殲滅すべく《ゴッドグレイツ》を呼び出す。
だが親友が撃たれたことにより怒りを燃え上がらせたマコトに共鳴。
制御することが出来なくなり《ゴッドグレイツ》は暴走状態に陥ってしまう。
見境なく街を火の海に変え暴れまわる《ゴッドグレイツ》のマコトを助けるべく、トウコは“慈愛の女神”と呼ばれた愛機である《ゴーイデア》を呼び出し《ゴッドグレイツ》との合体を試みた。
『私が二人を死なせません』
暴走する《ゴッドグレイツ》の中で瀕死状態で取り込まれていたヨシカを、トウコは自らの肉体と精神を《ゴーイデア》の力によって分離。
ヨシカに身体を分け与えて撃たれた傷を治し、機体の外へ排出して外の仲間達へ救出させることに成功した。
だが、夢という深い闇へと落ちてしまい心を閉ざしたマコトを救うのは容易ではなかったのだ。
同じくして《ゴッドグレイツ》からマコトを助け出そうとする傷の男ガイの協力もありマコトは復活する。
それが2100年、現在であった。
◆◇◆◇◆
「二人を助けるには仕方なかったんです。自分を犠牲にするしか方法が思い付かなかった」
「……そうか、だから起きたとき髪の毛が綺麗だったんだ。お陰で毛染めも止めたよ」
ヨシカは年齢のわりに白髪一つない髪を掻く。
「では、その身体は一体何ですか? 身体を整備長に分け与えたのなら、その小さな姿は?」
不思議そうにトウコの姿を見ながらホムラが更に質問した。
「この身体はオボロさんと呼ばれる方のです。この服も彼女が着ていたものでした」
かつてマコトが協力していた組織に所属する謎の少女オボロも不老不死であった。
オボロは戦いの中で窮地に陥った《ゴッドグレイツ》に自ら取り込まれマコト達を救った。
彼女の精神は《ゴッドグレイツ》の中に溶け出してしまったが、何故か肉体は《ゴッドグレイツ》の中に保存されていたためトウコはオボロの身体に入ることによって復活を遂げることが出来たのだ。
「記憶も少しだけですが引き継いでいますが、本人のプライバシーもありますので言いません」
「うーん、よくわかんないけど良かったね」
「不思議なこともあるんもんですね」
頭にハテナを浮かべるヨシカとホムラは無理矢理だが納得した。
「それにしても……あの人は許せませんね。マコトちゃんの大切なお父様の形見の眼鏡に傷を付けるなんて。ほっぺも痛くありませんか?」
「大丈夫だよ、ありがとね」
ヨシヨシ、と小さな手でマコトの頬を擦るトウコ。
「あと、言い忘れてたことがあるの。ヨシカさんを助けてときにもう一人、助け出した子がいる。それはずっとゴーイデアの中にいた彼女……」
と、トウコが喋りだすのを遮るようにフラフラとやって来て席に座る男が一人、イザ・エヒトだ。
「やあ、女子トークに交ぜて貰えるかな?」
「イザ……肝心な時に出撃もしないで、どこをほっつき歩いていたの?!」
立ち上がってアンヌが怒鳴る。
「あー怖い怖い。それよりも今話題のマナミ・アイゼンのことなんですけどね」
イザは一枚の資料を取り出した。どうやら診察書のようだ。
「彼女の身体から薬物の反応が出たと診断されている。これは人の精神を意のままに操って精神制御、洗脳されていたという形跡があったと推測される」
「だからマミさん何か雰囲気がおかしかったんだ……?」
マコトは口に出すも少し引っ掛かった。
マナミから向けられる敵対心は、洗脳されてやったにしては凄みがあったと感じる。
「ちょっと待ってよ、彼女がここに来てから結構時間が経つわよ? そこまで長く残るものなの?」
「ここの船医が言うんだ。詳しくはそっちに聞いてくれ」
「はぁ!? ちゃんと聞いてきなさいよ!」
「あのぉ……それで、シンドウ・アルクさんはどちらですか?」
話を遮られたトウコがアンヌの剣幕に押されて小さく呟いた。
「あぁごめんねトウコちゃん。うん。真道くんね、さぁどこだろう? またシミュレーターでもやってるんじゃない?」
と、マコトが答える。
「そうですか……」
「真道くんがどうかしたの?」
「……ゴーイデアに乗っているとき、私はずっとゴーイデアの中の彼女と繋がっていました。ゴーイデアを失いましたが今も彼女は生きている。そう感じるんですが……この不安な、ざわつく感じがどんどん近付いていく」
急に目眩が起こりトウコは机に突っ伏そうになるが、マコトがトウコの身体を支えた。
「トウコちゃん大丈夫?」
「ありがとうございます……この戦艦は《ソウルダウト》というSVを探して移動しているんですよね? だったら早くしないと、アルクさんはもう」
◇◆◇◆◇
「…………ゴーアルター……そこに、いるんだろう」
電源の入っていない暗いシミュレーターのシートに座り、歩駆はボソッと呟いた。
「歩駆さんいらっしゃいますか?」
コンコン、と外からノックして竜華が呼び掛けた。
「いない」
「そんなところにいては、お体に障りますよ」
「……俺の機体はいつできる?」
「もうすぐです。それまで待ってはいただけませんか……?」
竜華からのお願いに歩駆は無言、返事をしない。
「わかりました。きっと礼奈さんを助け出せる力を用意いたします」
そう言って竜華は去っていった。
「ありがとう竜華。でも、駄目なんだ……俺には、ゴーアルター……じゃない、と…………礼奈」
暗闇の空に手をかざし歩駆は力尽きるようにぐったりと深い眠りに入っていった。
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