chapter.41 親衛隊と巫女
海上を行くネオIDEAL一行を襲ったのは連日やってきた虫型SV群ではなかった。
円盤の様な形をした旧式の大気圏内用飛行ユニットに搭乗するSVが五機。
月のTTインダストリアルの量産機である《アユチ》なのだが、問題はそのカラーリングだ。
機体デザインに似合わない派手なピンク色で肩装甲やシールドには少女のイラストが施してあった。
「……あれって三代目ニジウラ・セイルさんですよね?」
戦艦イデアルの艦橋(ブリッジ)。艦長役として復帰したオノサキ・イツキはモニターに拡大された映像を見て困惑する。
五機の《アユチ》はこちらが進行方向を変えると、それを邪魔するかのように移動して正面に立ちはだかった。
「あぁ、何とも趣味の悪いSVだよこりゃァ」
隣でヤマダ・シアラが眉間にシワを寄せ、気分が悪そうに吐くマネをした。
「呼び掛けてみたらどうだァ?」
「え、えぇ……?! 私がですかぁ?」
「そりゃまァ、艦長役は君なのだからねェ」
シアラはこう言うがイツキが療養していた間、艦の指揮はシアラが取っている。
あくまで艦長“役”で最終的な権限はネオIDEALリーダーのシアラに一任されている。
イツキはお飾りに過ぎないのだ。
「……わかりました、やってみましょう。回線、開いてください」
イツキは立ち上がるとピンクの《アユチ》に向かって通信を送り会話を試みた。
「えーと、こちらは地球統連軍所属の特務機関ネオIDEAL、戦艦イデアルの艦長オノサキ・イツキです。我々に交戦の意思はありません。ここを通して頂けませんか?」
相手を刺激しないよう丁重に話しかけると《アユチ》側から通信が繋がった。
モニターに映し出されたのは、旧世代のアイドルファンが身に付けているようなハチマキや法被を着た男だった。
「おおォ……秘匿通信じゃなく顔出しとは勇気があるわァ」
突然、場違いな人間が現れてシアラは引いた。
相手には戦艦イデアル側の通信は声だけを送っているので姿は見えないようになっている。
『ワタクシは三代目ニジウラ・セイルファンクラブ会員ナンバー01983よっピーであります。残念ですが貴殿たちを通すわけには参りませぬ』
「ファ、ファンクラブって……民間の方ですか?」
『そうです! 我らは三代目ニジウラ・セイルちゃんを守るために発足したSV親衛隊!』
男が合図を出すと、どこかともなく歌が流れ始めて、五機の《アユチ》が陣形を組み独特のポーズを決める。
「おいオタク共、ここに来るって誰から聞いたァ?」
『フッフッ、我らが同士は地球にも宇宙にも潜んでいる。内部情報を手に入れるなんてお茶のこサイサイよ!』
特製のうちわを仰ぎながら男は自慢気に言った。
「あのー……民間人が勝手に軍用のSVを使ってはいけないと思うのですが?」
『我々には大義があります。三代目ニジウラ・セイルの故郷である地球を守るため、二つの危険な力を持つ貴殿らを野放しにするわけにはいきませぬ! この《愛アユチ》で覚悟してもらいますよ、親衛隊……GO!』
一方的に通信が切れると親衛隊を名乗る男らの《愛アユチ》が攻撃を開始した。
「弾幕展開だァ! あんなキモいのを近付けさせるなよなァ!」
武装した銃やミサイルを撃ち込み迫る《愛アユチ》たちを戦艦イデアルは対空機関砲で相殺し追い払う。
「出せる機体はァ?!」
オペレーターに問うシアラ。
「今パイロットに呼び掛けていますが誰も……いえ、一機もうカタパルトに居ます。ミナミノ少尉の《Dアルター》です」
『ブリッジ、聞こえるか?! ホムラ・ミナミノだ! 機体が何者かに盗まれた! アレに乗っているのは私じゃない!』
間髪入れずに格納庫のホムラからの応答が来るも《Dアルター》は既に発進した後だった。
◇◆◇◆◇
「さぁ、久々の実戦です。マコトちゃんにいいところを見せないとですね」
巫女服の袖を捲り意気揚々と操縦桿を握り締める《Dアルター》を盗んだ幼い少女。
精神を統一し、自分と機体が一体化するイメージを浮かべて鋼の肉体に血を通わせる。
天高く飛び上がった《Dアルター》は格納庫から拝借した対SV用狙撃ライフルを構えた。
「風向き、角度調整……ッ」
息を止めトリガーを引く。スコープ越しに目があった《愛アユチ》にライフル弾が命中する。
頭部からコクピット、右足にかけて弾丸が貫通するとバランスを崩した《愛アユチ》は飛行ユニットから海へ落下した。
『マサユメ氏ぃぃぃ!!』
「煩いですね」
即座に次弾を装填して二発を隣の《愛アユチ》に叩き込む。だが、最初のようにはいかず肩装甲を掠めただけだった。
『まずはあの似非スーパーロボットを退治だ!』
『たった一機、負けるはずはなしさっ』
『良いやつだった……地球人では珍しい会員ナンバー三桁代』
『敵はワタクシたちで取りますぞ!!』
外部に自分達の叫びを垂れ流しながら四機の《愛アユチ》は散会して《Dアルター》の周囲を回りながら一定の距離を保ち取り囲む。
その内の一機、飛行ユニットから大音量の音楽を鳴らす《愛アユチ》が突撃した。
両手に持った二つの光子ソードを、サイリウムのように振り回して《Dアルター》へと切りかかる。
『チェストー』
「素人が出てきたところで!」
とっさに《Dアルター》はその場で後転すると突撃する《愛アユチ》を避け、回転の勢いで《愛アユチ》の背部を蹴り上げる。
機体は上下真っ二つに分断されコクピットのある《愛アユチ》の上半身は落ちた先の岩礁によって砕け散った。
『くっ、待たしても……よっピー氏! アレを使おう!』
『あぁそうだ! こんなところじゃ終われない!』
『三代目セイルちゃんの為に! セーフティーロック解除、俺達の熱い魂を思いしれ!』
雄叫びを上げる残った三機の《愛アユチ》は、一ヶ所に集まり輪になって組んだ手を天高く掲げる。
すると装甲の隙間から虹色が粒子が吹き出し《愛アユチ》を包み込んだ。
◇◆◇◆◇
「あれは……ダイナムドライブの光だ」
格納庫から戦闘を眺めている歩駆が敵機の姿を見て呟いた。
その《愛アユチ》は歩駆の《ゴーアルター》に搭載の動力源、異生体イミテイトから作られた“ダイナムドライブ”による発光現象と同じものに思えた。
◇◆◇◆◇
『ストリームフォーメーションアタックで決めるぞ!』
『『おうっ!!』』
リーダーの合図で《愛アユチ》は飛行ユニットを乗り捨てて飛び出す。虹の粒子により機体の出力が向上した《愛アユチ》達は先程と同じ様に《Dアルター》を中心に周囲を回りだす。
『これが愛の力! 愛のパフォーマンスダンスだ!!』
回転は速度を増し、肉眼では捉えられないほどの加速を出すと三機の《愛愛アユチ》が二倍、三倍、何倍にも増えて見えるように錯覚するほどの超スピードを叩き出した。
『『『終わりだッッッ!!!』』』
前後左右上下から無数の《愛アユチ》が《Dアルター》に襲い掛かる。
「だから、素人の浅知恵なのです」
巫女服の少女は呆れて笑った。
その刹那。
三発の衝撃音が木霊すると《Dアルター》を包み込んでいた虹の光が破られる。
「さて、帰艦しましょうか」
空中で攻撃の施政で《愛アユチ》の胸部には大きな穴が開けられていた。そのままピクリとも動かず、三機は降下しながらゆっくりとバラバラに崩壊する。
帰艦する《Dアルター》の両手と右足は、虹色の粒子が炎のように揺らめいていた。
◇◆◇◆◇
カタパルトデッキに降り立ち格納庫へ移送される《Dアルター》を歩駆が恐る恐る見守っていた。
機体をハンガーに固定すると《Dアルター》のコクピットから謎のパイロットが降りてきた。
漆のように黒く長い髪に巫女服を着た十代前半ぐらいの少女。
彼女を見て一番に飛び出したのはマコトだった。
「…………オボロちゃん……みたいだけど、違う?」
「確かに肉体はそうです。私の魂は黒須十子。貴方の一番の親友ですよ、マコトちゃん」
巫女服の少女、トウコはマコトのヒビ割れた眼鏡にそっと触れると優しく微笑んだ。
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