Episode.5 エターナル・シックスティーン

chapter.37 手にしたい力

 歩駆たち戦艦イデアルの一行は《ソウルダウト》が地上に現れたと言う情報を聞きつけ、宇宙から再び地球へと降り立った。


「大丈夫なのです? この辺りは統合連合軍の管理する地域ですが……」

 艦橋のモニターに映る航路を見ながら織田竜華がヤマダ・シアラに質問する。


「ネオIDEALは独立部隊なのさァ。ある人物の元、独自の指揮系統で動くことを許可されている。心配ご無用ですよマダム竜華」

 シアラは艦長席でふんぞり返り、爪をヤスリで丁寧に磨きながら答えた。


「サナナギさんと、ウチの御老体のツートップだけじゃ攻めだけで守りが弱い。戦力の補給をしたいなァ」

「お貸し頂いている艦の工房で真道歩駆の新たな機体を建造中です。それが完成すれば……」

 戦う機体の無い歩駆を思い、竜華は歩駆が昏睡状態だった時からスフィア・セレーネで作り始めていたSVとナカライ・ヨシカ率いるメカニックチームを戦艦イデアルに乗船させていた。

 かつて竜華が十代の頃、一目惚れした歩駆のためにオーダーメイドで開発した《Gアーク》は、誰かの手により設計データが流出され統連軍に奪われてしまった。

 その後、月が製造権利を奪い取ることに成功したが今はトヨトミインダストリアルの社長であり孫のユーリ・ヴァールハイトが持っている。


「せめて捕虜が使えればねェ。月とスフィアを相手にするには、もう少し戦力が欲しいところか」

「……貴女はソウルダウトを手に入れて、何をなさるつもりですか?」

 竜華の言葉にシアラの手が止まる。

 ヤスリを白衣のポケットに仕舞うと、椅子をクルリと回転させ竜華に向き合った。


「何もしないよォ?」

 そう言ってシアラは不気味に笑う。

 快晴の空を行く戦艦イデアルは補給のため目的の日本は中京エリアにある統連軍の基地に着陸した。


 ◇◆◇◆◇


「ひっっさびさの地上だぁぁぁ!」

 繁華街の入り口でサナナギ・マコトは大きく腕を伸ばし叫んだ。

 月で目覚めてから数ヶ月ぶりに味わう地球の重力の感覚に安心する。


「今の流行りって何なのかなぁ? でも月と比べて案外そこまで人の服装とかは変わってない感じ? まずは先に食事にして、それで服も見たいなぁ」

 キラリと眼鏡を光らせ一人、異様なハイテンションに先走るマコトの後ろを真道歩駆ら他三人が付いて進む。


「フフフ、マコトちゃん楽しそうね。でもなんか、ムリしてるように見えるのは何故かしら、ねぇ歩駆ちゃん?」

「俺が知るか」

 保護者役のウサミ・ココロは、つまらなそうに空を見上げる歩駆の服の袖を引っ張った。

 数日前、宇宙でシアラの開いた作戦会議の時は険しい表情をしていたのにも関わらず、今はとても楽しそうに笑っている。


「女同士で好き勝手に行けばいいだろ。俺は部屋に戻る……」

「駄目ですよ真道さん。沢山買い物をするんですから男手は必要です」

 帰ろうとする歩駆の腕を掴んだのはマナミ・アイゼンだ。


「それにいいんですか?」

「何がだ?」

「貴方が離れてしまったらチョーカーが爆発を発して私、死んじゃうんですよ?」

 意地悪そうな表情でマナミは首元に取り付けられたリング状の機械を見せつける。


『ある一定の距離を越えたら作動する仕組みになっている。起爆するっても余程近付かなきゃ周りを巻き込むほどじゃないさァ。そして、これは歩駆少年の腕輪だよォ。大丈夫、君のは爆発しないよってか、君の場合は粉微塵になっても死なないだろう。ハハハァ!』

 艦を出る前にヤマダ・シアラによって無理矢理、装着された首輪と腕輪だ。


「余計なことをしてくれる……」

「せっかくの休暇が台無しになってしまいますよ? いいんですか?」

 潤んだ瞳で歩駆を見詰めるマナミ。

 実際の年齢は遥かに上だが歩駆は年上の人間、取り分け女性が大の苦手だ。

 元より童顔だが高校生で肉体年齢の止まった歩駆を見て、マナミから舐められているように感じてしまう。


「……なんで捕虜が脅迫してるんだよ?」

「まま歩駆ちゃん。正義の味方なんだから女の子を頼みは聞くものだよ」

「うるせえチビウサギ、耳ちぎるぞ!」

 道端でトリオ漫才を繰り広げる歩駆たち。三人のやり取りを見た周りの人からクスクスと笑われる。


「ほら早く行くぞ。まずメシだ、メシ食うぞ! サナナギ、班行動だろ? グループから外れた行動るな!」

 ぶっきらぼうにリーダー感を出しながら歩駆は言うと、四人をアーケードを練り歩いた。

 目につくグルメを片っ端から食べ歩き、気に入った服や鞄を買い漁り、ゲームセンターで遊び放題。

 戦いで失われた青春の時間を取り戻すように、四人はひたすらレジャーを満喫した。


 ◇◆◇◆◇


「まだちょっと見たいのあるから真道君、マミさんを頼んだよ」

「集合は最初の入り口のところで。アンヌちゃんの向かえが来る時間までには戻ってくるわ」

 時刻は夕暮れ。

 マコトとココロは歩駆たちを喫茶店に残して、意気揚々と再び買い物をしに街の中へと消えていった。


「あれだけ散々、買っておいてまだ買うのかよ」

 歩駆たちの席にはマコトが購入した服や雑貨などが入った袋が山のように並べられていた。


「アンタも買いにいけ……ないのか。そうだったな」

 マナミの首に付けられたチョーカーをチラリと見て、歩駆は気まずそうにコーヒーを啜る。


「大丈夫ですよ。私はこれだけで十分ですから」

 テーブルに置かれた紙袋を抱き締めながらマナミは言う。購入したものは靴下や下着など必要最低限の衣類ばかりで、おしゃれな服や化粧品などといった類いの物はなかった。


「真道さんはいつも同じ制服ですけど、ファッションには興味ないんですか?」

「誰に見せるわけでもねぇからな。少なくとも戦いが終わらないかぎりは」

「もしかしてレーナ様……渚礼奈さんのためですか?」

 その名前を出され歩駆の表情は険しくなる。


「真道さんはソウルダウトのこと、信じてますか?」

「……なんでそんなことを聞く?」

「本当に世界を思いのままにすることが出来る力があったら、欲しいじゃないですか。真道さんだってexSV、ゴーアルターのパイロットでしょ?」

 マナミは自分の椅子を歩駆に近付ける。


「本人がいないから言いますけど、サナナギさんはズルいと思います。特別な力を持っているのに、ソウルダウトを破壊するなんて言って」

「俺は、特別な力で得したことなんてないぞ」

 歩駆は残ったコーヒーを一気に飲み干し立ち上がる。


「それは手に入れたから言える贅沢です」

「後悔したあとじゃ遅い。無かったことに出来るなら……俺は」

 それ以上は言葉を濁し答えない。

 会計を済ませて二人は喫茶店を後にする。


「……ここ集合場所と真反対だよな? 結構遠いな」

 通りの掲示板に貼られた街の地図を見て歩駆は荷物を地面に置いてげんなりと肩を落とした。

 大量の買物袋を抱えて居る場所から一キロ近い距離を歩くのは不老不死だからといって辛いものだ。


「バス出てるみたいですよ。ちょうど止まるみたいです……来ました」

 マナミが指を差す方向から青い大型バスがこちらにやって来た。バス停には夕方の帰宅ラッシュでかなり列が出来ている。


「先乗りますよ、早くしてください」

「だったら、お前も荷物を持てってーの!」

 停車したバスに乗り込むマナミ。

 歩駆も急いで駆け出すが、そこに青信号になる横断歩道から渡ってきた一団が歩駆の前を塞ぐ。


「ちょっ、待て。退いてくれ!」

 どうにか行き交う人の間をすり抜けてバス停の前に到着するも、バスは歩駆を置いて先に出てしまった。


「はぁ……ん、待て……これは不味いぞっ?!」

 すると歩駆の左腕の腕輪からアラームが鳴り響く。

 確認すると数字のメーターがどんどん大きくなるにつれてアラームの音もテンポが早くなっている。


「待ちやがれ!!」

 このままではマナミに付けられた首輪爆弾が満員のバスの中で爆破してしまう。

 歩駆は抱えていた荷物を放り投げて駆け出した。


 一方、バスの中のマナミ。


「何の音だ?」「誰かのケータイ?」「うるさいなぁ」

 満員の車中、鳴り続ける電子音。

 発信元はマナミの首からだ。


「すいません……すいません……」

 謝るマナミだがチョーカーの音は一行に止まないどころか更に煩くなっていく。

 少しでも音を小さくしようとマナミは自分の首を手で覆い隠す。

 だが、そうすると停車ボタンを押すことが出来ず、誰も降りる者はいなかったので停留所を一つ通過してしまった。


(このままだと、私……)

 大勢の人をを巻き込んだ自爆テロ。

 最悪の事態を想像してマナミは恐怖する。

 

「お客様、車内では携帯電話はマナーモードでお願いします」

 運転手がアナウンスする。

 この音を消し去りたくてマナミも必死だ。

 だが、チョーカーの電子音は止まるどころか、ますます大きく激しくなる。

 マナミはその場にしゃがみこみ、肩をすくめて、首を絞めるように強くチョーカーを押し込める。

 刻一刻と死へのカウントダウンが近付く。

 首を絞めているせいで呼吸をすることが出来なくなり段々、意識も朦朧としてきた。

 

(……誰か……助け……)

 その時だ。

 チョーカーから鳴り響く音が少しずつ弱まっていくのを感じた。

 頭がぼんやりとしてきたせいもあって気を失うせいなのか、とマナミは思ったが気のせいではなく確実に音は小さくなっていった。

 ふと、目の前を見ると満員だった人の数が減っている。

 どこかの停留所に到着したようだ。


「行くぞ!」

 バスに乗ってきた誰かがマナミの手を引っ張り、そのまま車外へと連れ出した。


「はぁ、はぁ、くそー地球の重力にまだ慣れねえ! こんな走るの遅かったっけか?!」

 息を切らしながらマナミを掴んだその人物は歩駆だ。


「歩道は人が多いし、バスはちょうど青信号ばかりで止まらないわ。バス停も通り過ぎるわで追い付くの大変だった! ……大丈夫か?」

「…………こ、怖かった……です。本当に、死ぬかと……思いました」

 緊張の切れたのかマナミは涙を流して歩駆に抱き付いた。


「ほ、本当にすまない! 俺が遅れたばっかりに」

「いいんです。私が先走ってしまったのが、いけないので」

 歩駆の胸に顔を押し付けるマナミからの突然の抱擁に歩駆は顔が真っ赤にする。


「……しばらくの間、こうしててもいいですか?」

 震えているマナミを安心させるため歩駆は黙って立ち尽くした。


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