chapter.16 現実と空想のゴーアルター

 大気圏を突破して《戦艦イデアル》は青き母星から星の海原に進出する。

 組織を名を関する白き戦が今から向かう先はシアラの宣言通り月であるが、その前にジャイロスフィアで一度、補給をする必要があった。


「ここの台詞、もうちょっと勢いが欲しいかなァ。で、このシーンはカットする。今これ言っちゃうと後々ストーリーが繋がんなくなる」

「は、はい了解しました。それで来期のテーマソングのことなんですけどぉ」

「三代目虹浦セイルは無しって言ったでしょ。アイツの歌は魂が籠ってない。新曲は炎木のアニキに頼んであるからァ」

「十年前の劇場版振りじゃないですか?! よく引き受けてくれましたね」

「まァ、そりゃ総監督だからさァ。ようはコレよ、コレ!」

 ネオIDEALとしてではなくアニメ会社ラエディとして、ブリッジクルー兼アニメスタッフたちと楽しく和気あいあいと作品のチェックを行うシアラ。そこへ突然、緊急の通信が入った。


『勝手に動かれては困るぞ、シアラ・ヤマダ司令!』

 軍の特別回線でスクリーンに映し出された中年の軍人は慌てふためいている。一見、頼りなさげな見た目の男は地球統連軍の総司令であった。


「どうしたんですかァ、イシズエ元帥? 私はゴーアルター最新話とコミック版の修正で忙しいのだが?」

『そんなことはどうだっていい! 今、統連政府は月と和平に向かって交渉が進んでることについては知っているだろう? いくら君でも、そのような暴挙を許すわけには行かんよ』

 イシズエ元帥は声を荒げて言うがシアラは全く萎縮したりする素振りもなく面倒臭そうな顔を露骨にする。


「和平だァ? なに寝言を言ってるんすか元帥閣下? あと私の肩書きは総監督ね、そこんとこ間違えないで」

 細かな訂正をするシアラは艦長席にふんぞり返り脚をデスクに投げ出し、おもむろに白衣のポケットから棒付きキャンディを取り出す。二重の意味で舐めていた。


「流石は地球を密かに侵略した穏健派の人外さまだ。ヒトとは考え方が違う」

『しれ……総監督、口を慎みたまえよ。秘匿回線とはいえ滅多なことは言うもんじゃない』

 驚く声を押さえてイシズエは通信機のスピーカーやマイクを手で覆いながら小声で喋る。


「かつての地球を襲った侵略宇宙生物・模造獣と呼ばれたイミテイトはヒトに擬態し地球に溶け込んでいる。彼らには何か壮大な計画があったらしいが、残されたイミテイターは既に能力を失いヒトより寿命が長いだけの生き物になってしまった」

『……彼らは優秀だ。人類より多くの知識を吸収し社会に役立てている、今後の世界にとって必要な存在なのだよ』

 目を逸らし、しどろもどろになるイシズエ。

 何かに怯えてるか、恐怖しているかのような素振りだった。


「元帥閣下は“ヒト”なんですよねェ? 貴方は十数年ぶりにヒトが地球のトップに立ったんです。目的を失い、ふぬけている邪魔な奴等の言うことを聞く必要はない!」

 挙動不審なイシズエを面白がってシアラはわざと大声で捲し立てる。


『君は彼らと我々、どっちの味方なのだ?』

「もちろん地球人類です。地球を守るため悪の月帝国を攻めにいきます!」

『だから独断が過ぎるぞ! 瀕死の君を保護し、君の中にある彼の頭脳を買って今の地位に与えた恩は忘れたわけじゃないだろうな?』

「頭脳ねぇ……そちらだって私という存在が無ければ、力を失った統連軍が月に対抗できるまでに戻ったことをお忘れなく!」

 いい大人がまるで子供の口喧嘩である。イシズエの一言が癪に触ったシアラは捨て台詞を吐いて向こうからの通信を一方的に遮断するのだった。


 ◇◆◇◆◇


 地球は日本。

 半分が機械化されている山を拠点に作られた統合連合軍の総本部フジ。

 執務室でぐったりとする椅子に座るイシズエ元帥に、秘書は冷たいドリンクを差し出した。


「ずいぶんとヒートアップしていましたね」

「勝手に言わせて置けばよいのだ。あんな行き遅れの小娘など」

 助けなければよかったと後悔する。途中までは既に育ての親なりに情を感じていたが、年月が経つにつれてシアラの力は大きくなる。

 彼女の中にある天才の頭脳を利用しようとしたが、イシズエには手に負えない存在へと変貌してしまった。


「だが、奴は知らない」

 イシズエはタンブラーの蓋を開けて、凍りごとガリガリと噛みながらお茶を飲み干す。

 無言でタンブラーを秘書に渡し、おかわりを要求する。


「再改の剣……ソウルダウトの位置は既に観測済み、最早この手にあるも同然。勝利するのは統連軍、いや人類だ」

 机の引き出しから資料を取りだしてイシズエは笑みを浮かべる。つい先日、観測衛星から送られてきた写真に映っているのは、地球をバックに宇宙を浮遊する銀色の剣だった。


「だが、万が一のこともあるが知れん。ネオIDEALの連中に見つかる前に確保するのだ」

「わかりました。早急に部隊を手配します」


 ◇◆◇◆◇


 再び《戦艦イデアル》のブリッジ。

 スタッフ会議が終わり必要データを地球の第二スタジオへと送ると、目的地までブリッジクルーは交代で哨戒任務に当たる。

 特にやることないシアラは暇そうに宇宙を見つめる。

 自分の部屋に戻ってもいいのだが、誰かに構って欲しくて仕方がなかった。


「……アイツらさァ、アホなんだよ」

「ヒャアッ!?」

 そろりとシアラは隣に座る副監督兼艦の副長を勤める地味な眼鏡の女性、オノサキ・イツキの後ろから耳元で囁いた。吐息をかけられイツキは椅子から飛び上がる。


「な、何ですか総監督っ?!」

「ソウルダウトを手に入れたところで肝心の“鍵”が無ければ意味がない。それをわかってないのさァ……」

「わかりましたから。い、一旦離れてください!」

 イツキにグイっと体を高く持ち上げられ引き離されるシアラ。その大人しそうな見た目とは裏腹に、立ち上がると普通の男性より背の大きな女性であった。

 

「その鍵って言うのが真道歩駆さんなんです?」

「……もちろん剣を振るうのは彼さァ。けど剣にも乗り手が必要なんでね。だから月に行く前にジャイロスフィアに寄るのさァ」

「あのぉ総監督……」

 オドオドと小さく手を上げてイツキが質問する。


「もしかしてそれって、ゴーアルターの話じゃないですよね?」

「ゴーアルターの話だよ。現実の方のね」

「あぁ……やっぱり」

 イツキはうなだれ耳を塞ぐ。


「あの子が本当にアーク・ストレイロードの元になった……アニメのアークと全然違うじゃないですか」

 正に絵に描いたようなイケメンのカッコいい理想のヒーロー像とはかけ離れた、何処にでもいそうな学ラン制服の少年にイツキはショックを受けていた。


「事実は小説よりも奇なり、と言うさァ。私らは理想のアークを求めている。彼もそうなる」

 三年前までの彼女は何処にでもいるただのアニメオタクであった。

 製作に興味を持ち、大好きなアニメ・ゴーアルターのスタッフ募集をしていた株式会社ラエディことネオIDEALに入社したはいいものの、本当の戦い、軍艦に乗るとは想像していなかった。


「キサララギちゃん好きでしょゴーアルター。前々期とOVA版、脚本と演出を全て任したけど凄い評判よかったしさァ。作画回も人気高いし、スタッフからの信頼も厚い。私嫉妬でムクムクしちゃうよ?」

「はは……ありがとうございます。あとラが多いです」

 十代から書いてきた同人誌が面接で評価され、アニメ製作を任される内にあれよあれよと会社での地位が上がる。

 そして若手なのも若手なのにラエディがネオIDEALと言う統連軍の秘密組織だと言うことをシアラから直接、知らされてしまう。

 ロボットアニメは好きだが別に軍人になりたかったわけじゃないのだ。


「大丈夫だよ。月との戦争が終われば独立だって許しちゃうさァ……こそこそ、何人かでゴーアルター以外のロボットアニメ作ってること知ってるよ?」

「ひぅ?! 何故それを……」

「まだ発表はしたらダメだよ? 全てが終わったら、ね?」

 表面上はにこやかなに笑っているシアラだが、これはイツキを逃がさないための脅しであると言う黒い圧力をイツキは感じた。

 密かな楽しみすら許されないとは、やはりこの会社に入ったのは間違いだったのかもしれない。


「そ、総監督はどうして私なんかを?」

「うーん、それは私がちょっと好きだった人に似てるからかなァ? 眼鏡とかァ?」

「はぁ……」

 感傷的な表情を見せるシアラ。

 そもそもこの人は何歳なのだろう、と特に今は関係ないことを疑問に思うイツキだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る