第44話 いや、僕、不登校なんで関係ないです

 7月上旬の期末テストが終わったら、旅行にでも行こうかと僕は考えていた。一般的に夏休みが始まるのは、7月の下旬。つまり、そのあたりから交通機関は、ふん詰まりにおちいるわけだから、それ以前に旅行でもしようという考えだ。


 まぁ、企画したのは、僕ではなく、兄の知り合いの不良大学生だが。彼らは、日程を調整しやすい分、付き合うのが楽でいい。


 路銀ろぎんの確保のために、バイトを少し増やそうかと思っていたところ、彼はやってきた。予想外の訪問者ではなく、むしろ不登校の僕の家への訪問者としてはひどく順当な者。


「久しぶりだな」

「えぇ、そうですね、井尻いじり先生」


 黒く太いふちの眼鏡と白の混じった髪が、老けた印象をつくっているが、まだ30そこらの歳だったはずだ。以前会ったときよりも少し太っただろうか。教師というのも苦労の多い職業だからな、健康には気を付けていただきたい。


「調子はどうだ?」

「まぁ、ぼちぼちですよ」

「ぼちぼち、か。それは、何よりだな」

「えぇ。で、急に何の用ですか?」

「何の用はないだろう。俺は堂環どうわのクラスの担任なんだぞ。たまには様子を見に来るさ」


 井尻先生の言うことは、教師として至極真っ当に聞こえるが、この男、4月冒頭に訪れて以来、2ヵ月間、音沙汰がなかったのだ。その代わり不登校問題の解消のためにを送り込んでくる始末。


 そう思えば、井尻先生の言葉が先生らしければらしいほど、嘘くさく聞こえる。


「なるほど。でしたら、要件は済みましたね。お引き取りを」

「いやいや、せっかく会いに来たんだから、もう少し世間話をだな」

「いえ、けっこうです」

「まぁ、そう言わずに、クラスの近況報告でもさせてくれよ」

「いえ、興味ないので」

「何でだよ。おまえのクラスメイトのことだぞ」

「いや、僕、不登校なんで関係ないです」

「……聞くだけ、な?」


 井尻先生は、強引に話を続けようとしてくる。この辺りの粘り強さは教師ならではといえるが。


「で、もう前置きはいいでしょう」


 彼のペースで進行するのは気に食わないので、僕は強引に話を進めた。


「結局、要件は何なんですか?」

「はぁ、まったく、最近の子供は話の順序というものを知らない。すぐに結論を出したがるんだから、まったく、こらしょうがないったらあらしない」


 事務処理に無駄が介在することが嫌なだけだ。時間の無駄でしかないし、誰も得しない。


 そういう無駄を人情味にんじょうみだなどという人がいるけれど、無駄の種類が違う。事務処理の無駄は単なる害悪である。排除するに越したことはない。そして、教師との会話は事務処理に等しい。ゆえに、無駄は限りなく排除したい。


「説教なら、文書で送ってもらえますか? 時間があったら読みますので」

「この……! そういう人をなめた態度は社会に出たら通用しないんだぞ」

に社会とか言われても」

「……くそガキ」


 小中高、そして大学、教員採用試験を受けて、再びいずれかの学校へと戻る教師は、基本的に学校の中から出たことがない。そういう意味で、彼らのいう社会とは、学校の中のことであり、まぁ、よくてバイト先程度である。


 ゆえに、学校の中から出たことがないと揶揄やゆされることが多く、この手の批判は、教師にとってクリティカルもクリティカル、といえる。


 だからといって、くそガキはどうなんだ。教師として。


「まぁ、要するにお互い時間を有効に使いましょうってことですよ。先生だって、残業は嫌でしょ」

「いったい誰のせいで……、まぁ、いい。確かに、今日は、おまえの話をしに来たわけじゃないんだ」


 だったら、何しに来たんだと口から出そうになるのを抑えて、井尻先生の次の言葉を待った。


 井尻先生は、疲れたようなため息をついてから、やっと要件を告げた。


「実は、白殿しらとのが不登校になったんだ」






 ……パラドゥーン?

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