第26話 わるくない

 肩がって、僕は目を覚ました。


 先日の、エアホッケー戦で負けて以来、僕は密かにエアホッケーの練習を行っていた。初めは妹を連れ出そうかと思っていたのだけれども、全力で拒否されたため、別の友人を手配した。しかしながら、仮想白殿には役者不足。

 練習にならないと気付き、仕方なく、父さんに対戦相手を頼んだら、ぼこぼこに負かされた。白殿に匹敵する強さ。中年とは思えないフットワークの軽さであった。


 エアホッケー奥深し。


 そんなふうにエアホッケーの奥深さを再確認したまではよかったのだけれども、父さんの体育会系魂に火がついてしまい、猛特訓を受けるハメになった。


 結果、筋肉痛である。


 これだから、体育会系は。

 

 僕は、ゆっくりと肩を回しつつ、ベッドを降りて部屋を出た。さっさと朝食を用意しなくては、また妹が怒り出しかねない。ただ、フライパンが重いと感じるのだから、これは重傷だ。


 適当に飯をつくってから、しばらく休み、ちんたらと家事をこなしていたら、いつの間にか午前中が終わっていた。


 午後から、英語と日本史の勉強をする。近々ある中間テストに向けてのテスト勉強。範囲は周知済みだ。

 学校の中間テストでは、しばしば授業で教師の出した独自の問題が出題されることがある。ただ、近年では、モンスターペアレントなどの活躍により、そういったアバウトな出題は減ったらしい。特に、うちの高校では、徹底されており、教科書と問題集からしか出題されない。

 数学以外は、ただ覚えるだけの単調な作業だ。甚だ退屈ともいえる。


「前々から、思っていたのですが、あなた、進学するつもりがないのに、どうしてそんなに勉強しているんですか?」


 放課後になって、やってきた青髪の少女、白殿零は、仏頂面でそんなことを言う。


「うーん、なんというか、ソシャゲ感覚?」

「は?」

「いや、学校のテストって、同学年の生徒強制参加のクイズゲームみたいなかんじじゃん」

「はぁ」

「しかも、予備校主催の学力テストだったら、日本中の学生が参加するんだ。そう考えると、日本最大級のソシャゲだよな。これって、すごくね?」

「何を言っているのか、さっぱりわかりません。聞いた私がバカでした」


 さいですか。


「で、白殿は何で今日もうちに来ているわけ? おっぱいでも揉ませてくれるの?」

「死んでください」


 こいつ、すぐに殺そうとしてくるな。


「でさ、実際問題、ここにいていいの? テスト近いんだし、勉強しなくていいわけ?」

「はぁ、本心から言えば、さっさと帰って試験勉強をしたいところなのですが、野暮用がありまして」

「野暮用?」

「杏のことです」


 白殿は、嫌そうな顔を隠そうともせずに、僕の方に向けて、それから佇まいを直した。


「杏は進学することにしたようです」

「そうか」


 まぁ、予想はしていたが。

 普通に進学を選ぶ、つまりは、現状の維持。人は変化を恐れるものだ。特に学校の中には、はみ出し者を許さないといった雰囲気が伝統的に蔓延している。彼女もそれに従ったに過ぎないのだろう。


 ただ、だとすると、白殿のこの不機嫌そうな顔は何なんだ? この展開は、白殿の望んだものでは?


「ただし、らしいですが」

「あぁ、そうきたか」


 そのやり方は、想定していなかった。言われてみれば、正当のような気もする。まぁ、体育会系ならでは、の手段といえる。


 白殿の話によると、杏はここ一週間、両親としっかり話し合ったらしい。まぁ、進学を辞めて就職するとか、娘がいきなり言い出したら、両親も心配するのも道理だ。彼女達が何を話し合ったのかわからりかねるが、結果的に、スポーツ推薦を目指すということで折り合いがついたのだろう。


「で、香月は?」

「今日も部活です」

「ん? 部活ってテスト休みじゃないのか?」

「……部活なんです」

「そうか」


 こいつ、香月にはあまいんだよな。


「杏からの伝言です。相談に乗ってくれてありがとう。今度、何かお礼する。ただし、えっちなのは無しで、だそうです」


 だったら、あいつに頼むことはないな。


「それから、零と……」

「君と?」

「いえ、これは告げる必要もないでしょう。戯言の類です」

「そこまで言ったら言えよ。気になるじゃん」

「プライバシーです」


 いや、それは違うだろ。


「まぁ、いいや。菓子でも食べる? 作り置きしかないけど」

「いえ、今日はもう帰ります。あなたの言う通り、テスト勉強をしなくてはなりませんので」

「そうかい」

「えぇ、次こそはあなたに勝ちます」

「ふふふ、どうかな。今回の試験範囲は、僕もけっこう自信があるよ」

「ふん、エアホッケー戦のように、こてんぱんにしてみせます」

「いずれ、そっちも雪辱してやる」


 まぁ、エアホッケーの方は時間がかかりそうだが。


 そうだ。どうせだから何か賭けるか。今回の試験範囲に自信があるというのも本当だし、白殿に負けっぱなしというのも癪だ。どうせ、白殿は登校しろ、とか言ってくるんだろう。だったら、僕は、白殿のおっぱいを頂こうか。


 どうせ、負けてません、とか言い出すんだろうけど。


 まぁ、白殿の悔しがる顔を堪能するのもわるくない。

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