第24話 これが君の真の課題だ
僕の提案に、白殿が腕を組む。
「どこまで話を戻すつもりですか。課題は、杏の学力を向上させることと決まっているでしょう」
「はぁ。そういうところだぞ、白殿。前提や既存のルールを疑わない。だから、思考が停滞する。まるでエアホッケーのパックみたいに台の中から出られない」
課題解決の際に、なかなか解決策が現れず、堂々巡りしてしまうことがよくある。そういうとき、そのまま議論を続行するのは時間の無駄。煮詰まったら、まず課題自体を疑うこと。そもそも課題の設定は正しいか。本当に解決すべき課題か。もっと別の課題があるのではないか。
一考して、遠回りのように思えるかもしれないが、無意味な議論を繰り返すよりも有意義といえる。まぁ、言い方を変えれば白紙に戻すということだから、やり過ぎるのも問題だけど。
「……言いたいことはいろいろとありますが、とりあえず、昨日、ぼろ負けしたくせに、エアホッケーで例えるという、そのセンスのなさに驚きを禁じ得ません」
「うっせぇな! ちょっとゲームで勝ったからって調子に乗んじゃねぇよ!」
あぁ、くっそ! 思い出すと余計にむかついてくる!
いや、落ち着け。昨日の出来事は、事故だと納得したはずじゃないか。白殿は宇宙人。僕の理解の外からぶつかってきた事故。気に病むことはない。深呼吸だ。すーはー。
「いいから、課題の設定をやり直すぞ。おい、香月」
「え? あ、はい」
話についてこれていなかった香月が、小動物のように、びくんと身体を震わせた。
「香月は、学力をあげたいのか?」
「え、うん。テストで赤点取らないくらいに」
「そう、そこだ。つまり、学力をあげたいんじゃなくて、テストの点数をあげたいんだな?」
「そう、だけど、それって何が違うの?」
香月が首を傾げる。
「全然違う。テストの点数をあげるだけならば、パッと思いつく限りで、学力を向上させる以外に3つも達成方法がある」
「え、そうなの?」
驚く香月の前に、僕は指を立てる。
「あぁ、まずはカンニングだな。正解を見ながら写すだけなんだから、バカでも点数をあげられる。それに、高々、学校のテストだ。教師の目を盗むくらい簡単だろう」
「ダメです」
「……二つ目は、テスト問題の入手。答えさえわかればテストの点数を上げることなど簡単だ。教師のセキュリティ意識なんて、小学生並みだからな。盗み出すなんて造作もない」
「却下です」
「……三つ目は、賄賂だな。この方法が最も直接的で効果的だな。教師に賄賂を贈って点数をあげてもらう。大丈夫だ。教師なんてみんなロリコンの変態だ。おっぱい揉ませてやれば10点くらい上げてくれる」
「変態はあなたです。もう死んでください」
えー、僕、一生懸命考えているのに。
「君、否定してばっかりじゃないか」
「あなたが、否定されるようなことばかり言うからです」
さいですか。
「つまり、僕が言いたいのは、課題を変えることで手段が変わるということだ」
で、だ。
「香月」
「ん?」
「テストの点数をあげること。僕は、これも、まだ本当の課題ではないと思う。君は、何でテストの点数をあげたいんだい?」
僕は再度尋ねる。
白殿などは呆れているが、ここが肝心肝要。香月の中心、悩みの真ん中に届く問い。
「え? 塾に通いたくないからだけど?」
「それだ。どうして塾に通わなくちゃいけない?」
「だから、それはテストの点数が低いからで」
「違うな。テストの点数が低くても、別にかまわないじゃないか」
「うちはかまわないよ。でも、うちのお母さんが」
「そこだな」
僕が指摘すると、香月が首を傾げる。
「どこ?」
「今、君が言ったことだ」
僕は彼女の言葉を言い換える。
「塾に通わそうとしてくる母親を説得する。これが君の真の課題だ」
「はっ! 確かに!」
香月が、ぽんと手を打った。なんとなくノリだけの動作に見えるが、本当に理解しているのだろうか。
一方で、白殿が鼻を鳴らす。
「はっきり言って、問題の先送りにしか聞こえませんが、仮に、それが課題だとして、学力の向上以外に、いったいどんな解決方法があるというのですか?」
「あるだろう、いくらでも。いいか、母親はなぜ塾に通わせたいか。それは、大学受験があるからだ。テストとは、大学受験に受かるための訓練。この訓練が疎かになっているから、母親は不安になり、塾に通わせようとする」
「ですから、お母様の不安を取り除くためにも学力を向上させるべきでしょう」
「いや、もっと簡単な方法がある」
僕は告げる。
「大学受験をしないことだ」
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