第4話 知識欲旺盛型令嬢の場合3

 ……その日は早朝からザワザワと後宮が騒がしいような不穏な空気が

流れていた。

部屋を出てみれば、本来後宮には出入りできるはずがない男性の騎士が大勢出入りしているのも見える。


「一体なにがあったのかしら…」

不安に駆られてブレンダはいつも世話をしてくれるメイドに問いかけた。

メイドは早速情報を集めに行こうとした時に、こちらにやってきた騎士に

止められた。


「お待ちください、部屋へお戻りを!どなたも外へでてはなりません」


「騎士様、いったいなにがあったのですか?」

ブレンダは困惑したまま騎士へ問いかける。


「今朝がた後宮内でとあるご令嬢が遺体で発見されました! どうやら毒殺された

ようです」

と険しい顔で騎士は答えた。


「えっ?! ど、毒ですって! 一体何の毒でどなたがお亡くなりになったんですか?」

事態の恐ろしさと不安から、動揺を隠せないままにブレンダは騎士へ質問を投げかける。  それに答えた騎士が言うには、なんと亡くなったのはブレンダが嫌われていた高位貴族の令嬢だというではないか。


「毒の種類は今、宮廷医師が鑑定を試みているところです。 とりあえず後宮にお住まいのご令嬢方全員からお話を伺いますので、くれぐれも部屋の外へお出になりませんように」

そう言いながら騎士は令嬢を部屋へ押し戻し見張りの為に部屋の前に立った。


「なんて恐ろしい…早く犯人が見つかればいいけど…」

ブレンダは恐怖におびえながら部屋の椅子に座りゾッと身を震わせていた。


 …それからかなりの時間がすぎ、じっと待っていたブレンダの部屋へ

大勢の人が入ってくる。

その中にどこか見覚えのあるような人影をブレンダは見つけた。

その人物はまっすぐブレンダにむかい声をかけた。


「やぁ久しぶりだね!詳しく話を聞かせてもらいに来たよ」

 異常事態だというのに軽い雰囲気でにこやかにブレンダに話しかける王太子。


「えっ! その声…もしやあなたはあの時の!?」

ブレンダは驚愕しながら王太子をじっと見つめている。


それを見た王太子の護衛騎士の一人が色めき立ち

「こちらのお方は王太子殿下です。お控えください!」

ブレンダに向かってカッとなった騎士が怒鳴る。


突然、真横で怒鳴られた王太子はたまらず

「ちょっと!いきなり怒鳴るのは止めてよ、うるさいしビックリするでしょ!」

無礼よりも真横で大声を出されるほうが迷惑だったようで、王太子は騎士に向かって抗議する。

「た…大変失礼いたしました…」

真っ青になった護衛騎士が平伏する。


「もういいからちょっと黙っててよ…」

飽きれた口調で王太子はシッシッと騎士を横に追いやる。


それを茫然と見ていたブレンダは

「お…王太子様…だったのですか…知らなかったとはいえ私はなんということを…」

蒼白になって礼をとってはいるが今にも倒れそうだ。


「あー…うん。たしかあの時、君の眼鏡壊れてたしとりあえずそういうのは

今は不問でいいからとにかく話を聞かせて欲しいんだ」

眉を寄せて渋い顔をしながら王太子は話を進めていく。


「は、はい。 私にわかることでしたらなんでもお答えいたします」

ブレンダは恐る恐る顔を上げた。


「じゃあ早速だけど、今回殺害された令嬢と君はあまり仲良くなかったみたいだね? そのせいで他の令嬢とも上手くいってなかったという話も聞いたよ」

王太子は笑みを消しブレンダに問いかける。


ブレンダはビクリと体を震わせながら首を振る。

「た…たしかにあのお方とは仲が良かったとは申し上げられません! ですがわたくしはあのお方を毒殺などという恐ろしいことは天に誓ってしておりません! どうか…どうか信じてくださいませ…」

疑いをかけられているという事実の、あまりの恐ろしさに目に涙を浮かべ訴えかけた。


しかし王太子は眉をひそめながら

「でもね、この後宮の警備はその特性上、厳重にされていて外部からの犯行というのはまず考えられないんだ。しかも、実は『昨日の夜に君が令嬢の部屋を訪ねているのを見た』という証人もでているんだよ。」


ブレンダは驚愕して叫んだ。

「そ…そんなバカな! わたくしはあのお方の部屋など一度も訪ねた事はございません!他の誰かと見間違ったとしか思えません…どうかもう一度お調べください!お願いいたします…」

泣き叫ぶようにブレンダは懇願する。


「うーん…困ったなぁ。 まぁとりあえずその件は置いといて、先に君の部屋を調べさせてよ。何も出なかったら君の無実の証明の一端にもなるでしょう?」

なだめるように王太子はブレンダに話しかける。


その声に多少落ち着いたのか

「は、はい! もちろんどうぞお調べくださいませ。」

と王太子へうなずいた。


「よし、では皆手分けして部屋を捜索してくれ!」

騎士たちがそれぞれに部屋の中を調べていく、その中所在なさげに立ち尽くしているブレンダ。

…どれくらい時間がたっただろうか…


「王太子様!こちらをご覧ください!」

と騎士が王太子を呼ぶ声がする、その声を聞きつけ移動した王太子は

「これ…薬の瓶?」

持参した布に包むようにして騎士から小さな瓶を受け取る。

茶色い色をした小さな瓶の中にほんの少しだけ何かの液体と思われるものが入っている。

「これを宮廷医師に渡して鑑定してもらってくれる?」

そばにいた騎士にそう命じると、ブレンダに向き直り問いただす。

「あれなんかの薬だよね? 宮廷医師が君に薬を処方した記録はないって言ってたしなんの薬なのかな?」


硬い表情でブレンダを見ながら王太子は続ける

「この後宮にいる限り、薬が必要な場合はかならず後宮の女官から宮廷医師に申請され、その上で受理され処方された薬以外の所持は罰せられるのは君も知ってるよね?」

真っ青な顔でガクガクと震えながらブレンダは叫んだ

「う…嘘です! そんな瓶わたくしは存じ上げませんっ! 絶対なにかの間違いです! どうか…どうかちゃんと調べてくださいませ!」


その言葉を受けて王太子は言い放つ

「君はそういうけどさ、君が令嬢の部屋を訪ねたっていう証言もあるし、疑うなって方が無理だよねぇ。それにね?毒についてだけど宮廷医師の話ではさ、毒の材料は実は後宮内でも比較的簡単に手に入るけど、それを生成するには最新の薬学知識を持つ者にしかできないような珍しい毒だったんだって。

ほら確か君、薬学得意だったよね?」


ニッコリとブレンダに微笑みかける、もはや真っ白にまで顔色をなくし膝をついたブレンダは、ハラハラと涙をこぼしながら首を横に振りつつ王太子を無言で見上げている。


すると部屋の奥から

「王太子様!こちらもご覧ください!」

と騎士がなにやら書物のようなものを手に戻りながら王太子へ報告する。

「このブレンダのベッドルームに置いてありました! これは薬学の書物と思われます」

手渡された王太子はパラパラと本をめくる。


「あー。 確かにこれは薬学の書物だねぇ、しかもこれまだ王宮図書館にもおいてない最新版だよ! こーんな難しい本読むなんて、やっぱり君は頭がいいんだねぇ」

とニコニコしながら本をめくっていたが、ふとあるページを見て手を止めた。


「そっ!? それはたしかにわたくしが両親から後宮へ上がるときに頂いた薬学の本でございますが、悪用したことはなど一切ございません!」

ブレンダは悲鳴を上げるかのように叫ぶ。


「でもここに例の毒、ちゃんと載ってるよ?」

と本のページを開いたまま皆に見せつけた。


「確かにっ!…確かにその毒は知識として覚えておりますっ! しかし、わたくしは毒など作ってもおりませんし、あのお方の部屋も訪ねておりません! ましてや毒殺などという恐ろしいことなどしておりません…」

ブレンダは半狂乱になり王太子に取りすがろうとして騎士に腕を取られ拘束された。


それを見ながら王太子は

「君は無実だっていいたいんだろうけど、此処まで証拠がでちゃったらねぇ…。 とりあえず小瓶の鑑定待ちではあるけど詳しい話を聞こうか、連れて行って」

と騎士に指示する。 ブレンダはますます半狂乱になり

「いやああああ! こんなの嘘ですっ! わたくしはなにもしておりませんわ濡れ衣ですっ…!  …あっ!…そうですわ! わたくしについているメイドに聞いてくださいませ! 夕べは確かに部屋から一歩も出ていないと証言してくれるはずです!どうかお願いしますっ!」

と騎士の拘束から逃れようともがく。

それに対し

「残念だけど、そのメイドが証言してくれたんだよ? 君が深夜にご令嬢の部屋を訪ねたってね」

と、小首をかしげながら王太子は言い放つ。


「そ…そんなバカな…嘘だ…これは悪い夢…そうに決まってる…」

絶望に飲まれながら力なくつぶやくブレンダは騎士に連れていかれた…。


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