Killer classS

@strider

act.1 美学

「オフの日の殺し屋なんて、無警戒の一般人と変わらねぇだろ。気が乗らねぇなぁ」

 サトルは舌打ちをして、裸のままベッドから上体を起こした。硬くなったマットレスのバネが、軋んで嫌な音を立てる。そろそろ買い替え時かもしれない。

「そう言うなよ。ほれ、報酬を見てみろよ。目ん玉が飛び出そうな額だろ?」

 相棒のイブキが依頼の書かれた紙を見せた。


 たしかに、悪くない報酬だ。電子通貨スカイマネーでの支払いと言うのが気に入らないが、クラスSの殺し屋を相手に、不渡り電子通貨フェイク・スカイをつかませて、報酬を踏み倒すなんて馬鹿な真似をする奴は、そうはいないだろう。


「でもなぁ。寝込みを襲うみたいでよ」

「いいじゃないか。楽な仕事だぜ」

「俺は正々堂々ってのが好きなの。卑怯なのは大嫌い。分かる?」

「それでよく殺し屋なんて出来るもんだよ」

「いつも言うけどよぉ、俺は最高ランクの殺し屋だぜ。つまり、殺し屋としてのスタイルは、俺の方が正しいの」

 サトルは依頼の紙を丸めて、ベッド脇のくずかごに放り込んだ。

「誰と比べてだよ」

「そこいらの弱小殺し屋たちかな?」

「まあ、下を見ればそうだけろうどさ。そのスタンスのおかげで失敗も多くて、だからKiller SS最高の殺し屋になり損なったんじゃんか」

「でも、面と向かって戦ってきたおかげで、体も技術も鍛えられた。殺しの腕ならKiller SS最高の殺し屋にだって負けないはずだ」

「それは良いんだけど、難しい仕事ばっかり選ぶのはやめなよ。仕事のたんびに傷を増やして。こんなパイナップルみたいな体になってさ」

 イブキはサトルの体にある無数の傷を見てため息をつき、肩にある傷をそっと指でなぞった。


「筋骨隆々の逞しい体に、ワイルドな傷痕、カッコいいだろ?」

「うん、まあ、カッコいいけどさ……」

 照れるような顔をしてイブキがうつむいた。

「もっと見せてやろうか。ベッドに入って来いよ」

 サトルがからかうと、イブキはサトルの胸を突き飛ばした。

「馬鹿っ。気持ち悪いこと言うなよ」

「そんなに気持ち悪いか?」

「当たり前だろ。それより、依頼は断ればいいんだな?」

「いや、受けるよ。お前が探してきた依頼だからな。それに報酬がいい。その額なら新しい偽造生体チップタグが買える。そうすりゃ、もっといい街に住めるからな」


「でも、それ」

 イブキはくずかごの中の依頼用紙を指差した。


「内容は全部しっかり頭に叩き込んであるよ」

「あの一瞬でかよ?」

「近頃、この辺りで、電子麻薬エレクトドラッグの生産工場の取締役が立て続けに殺されている。それをやった殺し屋を、殺せばいいんだろ」


「ねぐらの場所と、顔写真は?」

「覚えた。問題ない」

 サトルが事も無げに言うと、イブキはヒューと口笛を吹いた。

「にしても、馬鹿な奴だよな。末端の売人なら何人殺したってかまわないが、大物ばかり連続して殺せば、目を付けられるって分かりそうな物なのにさ」

 イブキの言葉に、サトルも同意して肯いた。そして、自分の体に這う、無数の傷痕を眺めた。赤黒く変色した傷口の肌。その傷の一本一本が何処で付けられたものなのかは、はっきりとは覚えていない。だが、それらの傷は死地を生き抜いた証であり、経験や強さの証明だった。


「俺は美学を持って仕事をしているけどな、殺し屋には金のためだけに仕事をしている奴が多い。そいつも、そうなんだろうな。だから、無茶をして死期を早めるんだ」

「ふふっ、そいつだって、サトルには無茶だとか言われたくないだろうけどな」

 イブキは可笑しそうに笑って、ピカピカに磨かれた拳銃や、革のシースに包まれたナイフをベッドに置いた。その横に、赤、白、青、三色の小型の機械端末を並べる。

「これは?」

「今回の仕事には必要になりそうだからな。補助システムを入れたマシンだよ」

「それは分かるけど」

「まずこの赤いのがプロテクト解除装置。建物の警備システムにつなげれば、電子ロックも、防犯カメラも、自動防衛装置オートキラーも、全部無効化できる」

「信用できるのか?」

「パスワードを無視して、システムを直接書き換えるからな。相手が第三世代のシステムまでだったら、万能に使えるよ。最新のシステムには対応していないけど、政府要人を相手にするんじゃあるまいし、充分だと思うぜ」


「これとこれは?」

「ドラッグのデータを改変して造った。言うなら、電子毒薬エレクトポイズンだよ。脳神経に影響を与える特殊なパルスを光や音に変換して発生させる。白が光で、青が音だ。零コンマ数秒の刺激だけど、まともに受けたら三十分は体が動かなくなるはずだぜ」

「赤いのだけもらっとくよ」

 サトルが赤い端末だけ受け取ると、イブキは不満そうに眉毛を波打たせた。

「使う瞬間に目をつぶるとか、耳をふさぐとかすれば自分は影響を受けない。でも半径二十メートル以内にいる奴らは、まとめて倒せるんだぜ。それでも役に立たないか?」

「いや、役には立つだろうけどさ。でも、なんだか卑怯っぽいだろ?」

「サトルが嫌がるだろうとは思ってたけどさ。でも、なっ、お守りだと思って」

 イブキは心配そうに顔をゆがめ、二つの端末をサトルに押し付けた。

「分かった、分かった」

 サトルは端末を三つとも受け取り、枕元に置いた。それから、紙巻煙草クラシックシガーに火をつけて、ベッドに横になった。


「僕も吸いたい」

 イブキがねだり、サトルは「ほらよ」と着火筒ペンシルを投げた。


 イブキの煙草にも火がつくと、サトルは指をパチンと鳴らした。センサーが反応して、部屋の明かりが消えた。窓から青白い月明かりが差し込んでくる。

 薄暗い部屋には、けぶたく香るオレンジの光が二つ、蛍のように重なりつ離れつ、ふわふわと漂っている。

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