3-52


「無駄だ! ファリーが暴走しているのはあの黒い結晶のせいなんだ! 俺の角と魔王を包んでいたのと同じあれが原因なんだよ……!」


もはや誰に向けてでもない。自分自身に言うように必死の形相だった。ファレルファタルムの行動に対抗するべくイレクトリアが次の呪文を読み上げる前にマグが叫ぶ。


「あれを取り除くんだ! そうすれば、彼女だって正気に戻るはずだ!」

「は? まおー? 取り除くって? マグちん何、倒し方わかんならどーにかできるヮケ?! やり方知ってんの?!」

「わからない! でも、俺がやる。やってみせるよ!」


ミレイから振り向き彼が指し示す先。両足の拘束を解かれたファレルファタルムが大きく羽撃(はばた)く。自ら引き起こした一瞬の雨を散らして弾き、黒く染まった体を旋回させ飛び立とうとする。


「ファリーを追って飛んでくれ、スー!」

「わ、わかった!」


悲痛な叫びを挙げながら逃避の姿勢を取る彼女を追うように指示をし、マグはスーの背をしっかりと掴んだ。

浮いたままの体勢を整えて翼を動かすスー。力強く飛び、母竜へ近寄るべく加速する。


ファレルファタルムまであと少し。鈍くも艶めき黒ずんだ姿はまるで蒸気機関車のようだ。煙に代わる黒影を傷付いた胸の結晶から溢しながら逃げる彼女の尾まで追い付く。

マグは右手で魔法辞典(スペルリスト)を開き、スーから身を乗り出して彼女に腕を近付けようとする。

シグマのエメラルドリングを介して彼に制御されている風の魔法がスーに力を与えれば飛行速度が増し、すぐに尾から付け根、腰から上まで飛び付ける位置にまで出た。


カーチェイスを繰り広げるかのように単車ほど小型のスーが何度も機関車大のファレルファタルムへと接近しては距離を離す。

繰り返して数度目。黒い結晶に向けている腕の狙いがなかなか定まらずマグが苦戦していると、


「おいクソトンボ! テメェ最後まで責任持ってアイツをとっちめろ!」

「せ、先生さぁん!」


彼を後押ししたのはジンガの怒声と、聞き覚えのある怯えたような女声だった。

激励とは違うまたひどく乱暴な蛮勇と悲鳴に近い絞声。対照的な二つの声にマグはそちらを振り向き見た。


「ジンガさん?! それにフィーブルさん!」

「半端なことしてっとテメェのケツごと殺(や)るつったろうが!!」


相変わらずのがさつな口振りが今は頼もしくも聞こえる。

ジンガは既にマグの叫び声を聞き思いを汲み取りイレクトリアより先に次の手までを判断。既に決定してフィーブルに指示を出し此処まで来ていた。

牛娘は逃亡するファレルファタルムの退路を予測、待ち構えるために先回りで隊長を抱えて走り、遅れて一同と合流を果たすなり即刻見せ場をつくりにきたらしい。

ジンガがフィーブルの腕から抜け、彼女に目配せで合図をする。


「散々振り回してくれやがったな……おい、フィー!」

「はいっ隊長! い、いいっ、いきますよぉ~~!!」


常人ならざる怪力で筋肉質な成人男性を打ち上げ、一息に投げ飛ばす。目標は大竜の頭上。

フィーブルが組んだ手を踏み、両足の軸をバネにして高く高く跳躍し、ジンガが空へと舞い上がる。

右半身に輝く赤い光の片腕を展開、爪を開いた形を握り締め空中を裂くように弧を描きながら再び集約。腕とは違う形に構築。


「観念しな! 年貢の納め時だぜ、守り神さんよォ!」


ファレルファタルムへと飛び掛かるジンガの腕に現れたのは巨大で長大な一本の槍だった。

彼やマグらの身丈の数倍……約十倍にも及ぶ深紅の鋭利な武器を作り出せば、勢いで振りかぶったまま体重を落下に乗せる。

彼の赤い腕は鉄塔の先端の如く閃き、ファレルファタルムの背中に深く突き刺さる。黒くなった鱗を引き剥がし、下に残った本来の銀白を抉り、長く太い真芯針を竜の体躯に貫通させた。

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