1-16
「ボクはおじさんとは行けないよ! 助けて先生!」
「この! 黙れ!!」
暴れるスーの口を男は肉厚な手のひらで押さえて黙らせた。頭を自分の胴に押し込めるようにしてしっかりと抱き抱えて身動きを封じる。
「ストランジェット! くそ……っ!」
息を塞がれ圧し固められてしまうスーを見、アプスが焦り男に立ち向かおうとする。
……するのだが、どうしたことか彼は一向に構えるだけで剣を抜いて敵に振って掛かろうとはしない。
それは相手の立場が騎士だからなのだろうか。自分よりも筋骨隆々で勝ち目がないから飛び掛かって切りつけることをしないのか。
答えは、そのどちらでもない。
妙だとは思っていた。大袈裟な武器を背負って歩いているにも関わらず、彼は鞘に触るばかりで柄を握る動作を俺に会ってからまったく見せていない。彼が綺麗な服を着ているのを見ながら、新品のようだと思った剣はまさに未使用の新品そのものだったのだ。
もしかしたら、鞘から引き抜いて刃を見たことだけなら数回あったかもしれないが、おそらく。
(アプスは自分の剣を抜いて戦ったことがこの世に生まれてこれまでで一度も無いんだ。だから身動きがとれないのか!)
そのことに俺が気付いたのは、今ではなくもっと後になってのことだった。
「アプス、どうして……」
「や、やだな……知ってるでしょう? 貴方が本物のマグ先生なら。僕が剣なんて使ったことないって……!」
「なんだって……?」
何故相手に向かっていかないのかと俺が問おうとすると、苛立った声でアプスは返した。
彼の声に合わせて、手元の光がバチバチと線香花火のように短く無数に弾ける。
背負った武器が悲鳴を上げて泣いているかのように輝く電気の波が伝う。
それが勢いを無くすと、路地裏を照らしていた明かりが終わって急に暗くなった。
「先生助けてください。僕には出来ないんです……! 貴方の得意な魔法で、僕の友達を……!」
真実を自ら暴き先ほどまでの勇ましさを放り投げて、弱々しく俺に縋るアプス。
自分ではどうしようもないという悲痛を全面に出した声だった。
彼の気持ちを知ってやりたかったが、俺は彼が言う、彼をよく知るマグではない。
彼が戦えないことも薄々予想はしていなかったわけではないが、この展開になるということに気付くまで今この瞬間がくるまでの時間を思い切り費やしてしまった。もっと早く知っていたところで、事態が急変することもなさそうだが。
「ま、魔法でって……? だって俺、何も覚えてなくて……!」
期待に応えたいのは、否、今応えなくては彼らの憧れである教師・マグの名前をも廃らせてしまう。
気持ちの中ではおうと頷き、すぐにでも二人の力になりたい。
けれど現実はそう上手くいかないことばかりで、俺の気持ちもこのままでは挫けそうだ。
――――――魔法とは一体、どうやって使うものなのか。
まったくわからない。
俺には、剣が抜けないアプスを責めることも、不注意で拐われたスーを叱ることもこのままでは出来ない。二人の教師として振る舞うなんてもってのほかだ。
誰かが、例えばこの世界に来るときに魔法についての説明や扱い方を教えてくれたならすぐに俺にも見せ場が出来ていたかもしれない。
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