1-12
「あいつばっかり贔屓するのはやめてくださいよ、先生。僕だって……」
振り返らずに注意めいた言葉を投げ掛け、彼は途中でハッとなった。
「……まぁ、僕は貴方がマグ先生だなんて信じてませんけど」
そして、言い換える。
さては俺のことを「先生」と呼んでしまったことを気にしたな。
彼は常識的で生真面目ではあるが、歳相応の子供だったようだ。
その言動に俺の表情が綻んだことに気付いたのか、俯いたかと思えば彼の先を行く歩幅が狭く速くなった。図星だと肯定するように足音が石畳の上に響く。
***
「……ここですね」
「ああ」
出発するときはそこまで余裕がなくよく見ていなかったが、海辺の三階建てカフェレストランという呼称だけでもお洒落だったんだな。と、俺とアプスの前に建つシグマの店の外観を見直し俺は改めてそう思った。
白い砂浜に浮き立つような、更に白い外壁が太陽の光と海の飛沫の色を反射してキラキラと輝いて見える。
階ごとに開いた窓から純白のテーブルクロスがはためいており、スタッフが優雅な客人たちをこれまた優雅にもてなしている。
なるほど確かに高級そうだ。
この様子を外から見ていたら最初から店には入らなかっただろう。「誰か俺とスーの服装を見て止めてくれたらよかったのに……」と俺はひとりごちた。
そういえば、アプスは心なしか俺たちよりも良い服を着ている気がする。
女神の風貌を持つビアフランカでさえ法衣として形容する他ない服装だったし、スーにいたっては尻尾や羽根の自由のために布の面積が常人より格段小さい。
それに対してアプスは裏がついてしっかりとした裾の短いベストをシャツの上から羽織っており、背中の剣もまるで新品のように綺麗だ。もしかしたら彼は俺たちよりもちょっと良い家庭で暮らしているのかもしれない。
上品な金の手すりを視線で交互に追ってから順番に真っ直ぐな柱をなぞり、俺がスーと食事をした三階のテラス席を見上げると、
「おーい! 先生ー! あれっ、あっくんも一緒に来たの~?」
白い細長いものが視界の先でたなびいた。スーの髪だ。
「スー、よかった。無事だったんだな!」
「ストランジェット! 君はまた勝手な行動をして!」
にっこり笑顔で手を振り上げる少女に、男二人は下から同時に声を掛けた。
見慣れた顔が戻ってきたことに安堵したのだろう、スーはぴょこぴょこと小動物のように身軽な動きですぐに俺たちのいる一階まで階段を駆け降りる。
「待ってたよー! 先生!」
そして、一目散に俺に飛び付いた。
無邪気なハグを繰り返す彼女の顔が勢いよく近づけられ、受け止めながら竜角の先が顔に触れる冷たい感触をかわした。
「危なっ……ところで、その格好は?」
「えへへ。似合う? シグマさんの奥さんに頂いたの」
スーが楽しそうに尾を揺らしてスカートをつまむと、アプスが俺の隣で反射的に顔を背けたのがわかった。
(年頃の真面目な男の子くんめ)
スーは俺と出会った時の薄着ではなく、この店の制服に身を包んでいた。
ベルベットのカーテンが背景に似合う欧風の高級な布をふんだんに使用した従業員服。シグマや他のスタッフが着ていたものと同じ材質なのだろう。
「先生たち早かったねぇ。ボク、待ってる間にお手伝いしようと思って着替えさせてもらったんだ」
「へぇ。よく似合ってるな」
「それはいいけど、君はその格好で学校に戻るつもりか?」
「えー、だめなの? あっくんのケチー。鬼の風紀委員長ー」
「なっ、僕は鬼なんかじゃなくて当たり前のことを……!」
ウェイトレス姿のスーが得意気にくるりと回る。背面は羽根を出すための切り込みが入っているためか、後ろを見ればやっぱり薄着にはかわりなかった。
何でも真面目に受け取ってしまうアプスと、からかい上手なスーの言い争いが始まる。
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