モニター国家
nobuotto
第1話
二階から良純が降りてきた。
「みんなおはよう。今日も実にいい天気だ」
朝から良純はハイテンションであった。
「あら、就寝前薬ゲンキロンが効いてるみたいね」
キッチンから明子の声がした。
「そうか、自分ではあまりわからないけど、確かに目覚めがいい。気分もいい。これは評価が高いな」
テーブルに座ると、評価表格納ボックスから「ゲキロン評価表」を取り出し採点を書き込み始めた。
今年中学生になったばかりの高志は、別メニューのご飯と鮭と味噌汁の朝食である。
「ママ、味噌汁はまだ残ってるか」
「残ってるわよ」
「じゃあ、朝食食べ終わったら、俺にも味噌汁だしてくれ」
妻の良子は持ってきた朝食セットを良純の前に置いた。
プレートには、真っ白いパンと、真っ黒なパンがひとつづつ載せられていた。
同じプレートを持ってきた良子もテーブルに座りパンを食べ始めた。
パンを少しづつほうばっては、良純と良子はボックスから取り出した「水なしパン試作品評価表」に記入している。
「今日で三日目だね。父さんも母さんも飽きないの」
「まあ、3日くらいは大丈夫だよ。そこで、高志に問題だ。なぜ私は何日も食べ続けるのでしょう」
「その方が正確に評価できるからだろ。学校で習ったよ」
「その通り!ちゃんと勉強してるみたいだな。その調子でがんばれよ」
良純は高志の肩を叩いて一人で喜んでいる。「ゲキロン」が効いているに違いない。
「ところで母さん、こっちの白い方のパンだけど黒いのと比べてなんとなく喉越し悪くないか」
「そうねえ、ちょっと口の中で溶けきれていないという感じね。元の麦は同じだけど、編集した遺伝子が違うって説明書に書いてあったわ。その違いなのかしら。あっいけない。あなた、評価中に自分の意見言わないでよ。私の評価に影響しちゃうじゃないの」
「すまん、すまん」
そして二人は黙々とパンを食べ、食べ終わると評価表の項目を埋めていくのだった。
「ごちそうさま」
朝食がすんだ高志はバックを肩から掛けると走ってリビングを出ていった。
「はい、あなた」
良子が味噌汁を持ってきた。
「あまりに美味しそうでがまんできなくてな、まあ、これ一杯くらいはいいだろう」
「昼食まで後五時間はあるから、まだ大丈夫よ」
良純はおいしそうに味噌汁をすすった。
「さて、俺もいくか」
「あなた、今日は早く帰れるかしら。新しい夕食メニュー、インドネシアの会社のセットなんだけど、調味料の調合の仕方が複雑そうで手伝ってほしいんだけど」
「いいよ。今日はイギリスのゴルフセットで一ホール回って評価する仕事だけだから四時過ぎには帰れるよ」
「助かるわ。洗濯洗剤の試験やるから。あなた、パジャマ頂戴」
脱いだばかりのパジャマを受け取ると良子はソースをこすりつけた。
***
入学行事が終わってやっと授業らしい授業が始まった。
「日本国民教育」の三回目の今日は、入学式に渡された授業用タブレットの使用感の発表であった。
出席番号順で青木が発表する。
「このタブレットで教科書の文章を百行書いてみました。書きやすい文字もあれば書きにくい文字もありました」
桜田先生が青木の発表内容について感想を聞く。
高志は元気よく手をあげて答えた。
「先生、書きやすいとか書くにくいとかという評価は曖昧だと思います」
「そう感情の問題ですね。けれど、とても重要なポイントです。ではどうやって評価すればいいでしょうか」
「うーん。もっと多くの人に同じ文字を書いてもらい、そのうち何人が書きやすいと思ったのか、その人数を文字毎に集めればいいと思います」
「よく、できました」
桜田に褒められた高志はガッツポーズを取るのであった。
「日本国民教育」担当の先生は、国から全国の中学校に派遣されたとても優秀な人達だという。だから、どの先生に褒められるよりも桜田に褒めてもらえることが、嬉しいのであった。
「感情が含まれる評価については3年生の授業で行います。高志君が言った人数、量的評価ですが」
「先生、多変量解析ですね」
後の席から声がした。同じ小学校から来た佐藤健だ。佐藤は、小学校の時から塾に通って勉強をしている。中学のカリキュラムを先取りした勉強も塾でやっていた。
「はい、そうです。ただ、それは方法のひとつです。みなさんが入学式に配られたバッグがありますね。これは10カ国の企業が皆さんの勉強のために無償で提供してくださったものです」
「先生、どうしてみんな違う種類なんですか」
佐藤がまた後ろから質問した。きっと答えを知っていて質問しているに違いないと高志は思った。
「バッグというひとつのカテゴリで複数種類の商品がある場合の評価方法を2年生の最初に勉強します。この時、みなさんの一年分の評価結果を使います。この学校のデータ、この地域のデータ、日本全国のデータと色々な観点で評価を行う楽しくて、ためになる授業です。1年生で習う統計学が基礎となるので、今年一年しっかり勉強して下さい」
生徒たちは「はい」と声を揃えて応えるのであった。
「最初の授業でも話しましたが、とても大事なことですので、繰り返し話したいと思います」
桜田は黒板に大きな文字で「モニターの国、日本」と書いた。
「みなさんのご家族は既に自分達の生活を支えるモニタリングを日々行われています。お家族を見てて分かるように、誰もが心から喜んでモリタリングを行うのが、この日本という国なのです」
桜田は黒板に「勤勉・鋭い感性・正直・無私の心」と書いた。
「いま世界中の会社が、私達日本人のこうした素晴らしい国民性を信頼し、各社の製品の試験、評価を依頼してきます。これによって、私たちは、昔の半分も働く必要がなくなりました。それだけではありません。教育費も、医療費も無償の国、世界中が憧れる国となったのです。日本を真似ようとしても、私達のこの素晴らしい国民性だけは真似ることはできません。しかし、ただ国民性と言っているだけではだめですね。正しい評価・モニタリング技術を習得しなくてはいけません。中学生になったあなた達もご家族と一緒にモニター生活を送るための準備が始まりました。自分達の幸せのためにも、私達の国のためにも、これからしっかり学習して立派なモニターになりましょう」
生徒たちは大きな声で「はい」と応えるのであった。
***
夕食はインドネシアで世界進出を開始した郷土料理店のセットであった。
良子は原色に近い色合いの材料を気持ち悪そうに見ている。
「まあ、ママ。見た目が気にくわないことは評価するとして、味をちゃんと評価しないとな。料理の原材料と調理方法をまずは見ようか」
郷土料理店から届けられた説明ビデオを見る。日本では手にいれることが難しい珍しい素材である。その素材を活かした調味料の作成手順がビデオに流れた。
「煮込む温度を間違えると成分が変質して味が落ちるんですって。うまくできるかしら」
「こう手間暇かかるのは問題だな。けど試作評価期間が終わって製品化になる時は、もっと簡単にできるようにするだろう」
高志はいつのように別メニューであった。
郷土料理のセットを一口食べては考えて評価表をつけている両親を見ていた高志が「やっぱわかんないなあ」と言った。
「何が分からないの」
「日本国民教育を受けるようになって思ったんだけど、世界中から日本にモニタリングを頼んでくるじゃない」
「そうだ。なにせ日本人は勤勉・鋭い感性・正直...うーん、なんだっけ」
「無私の心でしょ」
「そうだそうだ。流石現役だな」
「けどさ、バックとかはいいけど、食べ物って国それぞれだから、日本だけで評価しても大丈夫なの。ほらママと、パパが食べてるその料理だって、日本人が食べたらおいしくないけど、インドネシアの人なら美味しいって言うかもよ」
「そうねえ」
「高志はもっと勉強しなくてはいかんぞ。評価項目は、そうした日本人特有の評価に偏る可能性を無くすように作られているんだ」
「あら、そうだったの」
「と、俺は思うが、よくは分からん」
テレビで国会中継が流れていた。
野党が総理大臣に噛み付いている。
「だから、総理。この三十年間で日本人の寿命は明らかに低下しており、その原因は過剰な新薬摂取、遺伝子編集による食材を中心とした生活、化学薬品を大量に使用した調味料の利用などなど、まるで、我々国民をモルモットのように...」
モニター国家 nobuotto @nobuotto
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