#047 『 冴えない領主 』

 ペンベルクの都市を抑え、海軍の活動範囲を広げる拠点を確保した俺は、即座に、死傷者をペンブルクの港に集めて、本国から代わりとなる兵を送ってもらうように伝書鳩を飛ばした。


 この世界の伝書鳩は前世の伝書鳩と似ているが少し違うのが伝書鳩の持つ知能が少しばかりこちらの方が賢いと言うことだった。

 猛禽類からの襲撃には回避行動を取ったり、送るべき相手先の顔や声を何年も覚えており、久々に送ると言うのに間違えることなかったりと結構な面で便利だった。

 しかし、その分伝書鳩小屋から脱走しようと試みたり、フンなどの処理があったりと生物的な問題は依然としてある。だが、これらは生物である以上仕方がないとして、俺はこの伝書鳩を国内における重要な遠方通信のために利用していた。


 ちなみに、一昔まではカラスが採用されておりカラスが使われていた。

 これはカラスが黒く、夜では視認することが難しいからとされるが、実際にカラスは昼行性のため大した意味にはならなかった。

 それでもカラスは鳩よりも賢いために長らく利用されていた。


 そんなことを考えているとベディヴィアがそっと背後から近寄ってくると俺に向けて、タオルを差し出す。


「ああ、ありがとう。」


 感謝する俺にベディヴィアは「いえ、当然のことですから。」と畏まる。

 戦場で被った敵の血をタオルで拭きながら俺は近くにいた部隊長へ命令を下す。


「拠点にいるものを招集し、物資の補給を行う。

 また、ここを仮拠点とするから、住民を一箇所に集めてくれ。」


「は!!」


 礼をとり、部隊長はすぐさま配下の兵に伝言し兵たちが慌て出す。

 その光景を傍目に俺は深呼吸するとそのまま、港を後にして住民たちを集めた一角へと向かった。



 住民は都市の中央広場に集められていた。

 俺は中央広場にいくつもの木箱で形作られた土台の上で声を張り上げる。


「これより先、諸君らは我がウェストリー王国の民である。

 犯罪を犯せば我が国の法に則り罰を与え、我が国の民同様に然るべき権利も与えよう。

 だが、抵抗する者がいれば容赦無く首を切り落とす。そのことだけは忘れないでほしい。

 さて、食料や財産に関してであるが、食料は一部軍が頂戴する。

 ただし、財産に関しては戦争で受けた損害はともかく、略奪はしないと約束し、諸君らの生命や身体に対しても我が軍が何かをすると言うことはない。」


 不安や恐怖まじりな視線を向けられる中で俺は一人、淡々と告げる。


 俺は自分に降伏した民に関しては本国に住む民同様に扱うことを最初から決めていた。

 唯一、違いが現れるとすれば降伏した民が抵抗や叛逆してきた場合には厳罰を与えることが多いくらいであった。

 これは未だ支配が未完了である地で、暴動を起こされて軍が壊滅しないように押さえつける意味合いがあるからだった。

 ただし、これも戦争が終わり支配が確定するまでの話。

 俺の支配が確定し民に反乱の意図はないと確認すると正規な法による裁き以外での身体または財産への干渉は原則ない。


 原則というのは、この国では前世とは違い結構血の気が多い法が昔から多くあるからだった。

 例えば、窃盗を行ったものは利き腕を切り落とされたり、強姦を行ったものは貴族や豪族だろうと死刑に処したりと残虐な罰が多い。

 とはいえ、新たに国王になった俺はそのような法を使うことはしたくなかったため、窃盗などの比較的軽い罪のものは投獄し、殺人や盗賊などは死刑や強制労働をさせていた。

 しかし、それでも本国の民からは血を求めることが多く、処刑をしろということを書いた書面がいくつも商人たちからまとめて渡された。

 その度に丁重にお断りし、民が爆発しないようにコントロールしていた。

 実際に、いくつかの殺人を行ったものに関しては民に公表した上で、処刑場を中央広場に作り、処刑したことがあった。


 処刑し死刑囚の首が飛ぶ度に民からは歓喜の声が出る。そんな光景を前に俺は「まさに中世だな。」と思ったのは言うまでもない。



 住民が集まる広場の中央で俺が一方的に話を終えると民たちは不安そうに顔を俯かせる。

 その光景を俺は無視をしながら広場を後にした。


 住民が不安なのは当然だ。家が焼かれ、愛する人を失った者も中にはいる。

 例え、自分の身が犯されなくても、これ以上の略奪はなかったとしても、すぐにこの現実を受け入れることはできない。

 かといって俺は彼らの一人一人を救うことはできない。

 何せ、俺の肩に重くのしかかっているのは本国に住む百万人近い人口の命だからだった。

 本国の民に無理言ってこの戦争を始め、お金も徴収した。

 そんな本国の民が我慢を強いられる中で俺がおいそれと支配地域にお金をばら撒くことはできない。

 最低限かつ必要時のみに俺はそれを許される。でなければ民が怒り、不満を口にする。

 そもそも俺は全てを救えるヒーローではない。

 俺は誰を生かし、誰を殺すのか、そして皆をどこへ導くかという命題を課された統治者だ。


 王国が俺の意のままに動くのは、民がいるが故のこと。

 民なくして俺は生きられない。だからこそ、俺は民の幸福を追求する必要性がある。

 時に、自分の手を血で染めることにもなるだろう。時にしたくもないようなことをする必要もあるだろう。だが、それをやらねばならないのであればやるしかない。


 俺はヒーローではなく統治者なのだから。


◇・◇・◇


「王妃様。我が軍がペンベルクの都市を陥落させました。

 王も急ぎ来るようにとの仰せです。」


 王の天幕で待つオリヴィアに伝令兵は跪いて内容を伝える。


「わかりました。すぐに行きます。」


 座っていた椅子から腰を上げて天幕を出る。

 すでに兵たちは撤収の命令が下されており、皆一応にテントを回収しながら準備に奔走していた。

 そんな時、本国のある北方面から鳩が一羽飛んできて、オリヴィアの腕に乗る。

 クルゥゥゥゥと鳴く鳩にオリヴィアは頭を軽く撫でてやると、足元に付いた筒を発見する。

 急ぎ、筒を確認すると中にはイザベルからの報告が綴られたいた。

 その内容を読むとオリヴィアは次第に焦りを見せる。

 そしてイザベルからの報告を全て読み終えると慌てて、伝令兵に言伝を頼んだ。


「急ぎ、対応しないと!!」


 そう告げるオリヴィアは馬に跨り、最低限の兵力でペンブルクを目指した。


◇・◇・◇


 デヒューバースのクベルトに集まった兵力の中で最も位の高い男がどこか不安そうに配下の者に訊ねる


「敵の規模は?」


「報告では、およそ三千かと。」


 部下からの報告に男ははぁとため息を吐く。


 男の名前はリチャード・クレア。クレア家の次男にして現当主だった。

 彼はその名前とは裏腹に弱く、争い事は嫌いな方だった。

 そんな彼がどうして当主という座に座ったのか。それは父が戦争に行き敗れたことで戦死したことからだった。

 彼の父はウェストリー王国にある山をこえて、カーナヴォンへと侵攻する役目を持っていただが、そんな使命を果たすことなくウェストリー王国の国王率いる軍によって逆に攻め滅ぼされた。


 そんな父の戦死によって当主がいなくなったペンブルックでは、兄が次期当主として家臣から持ち上げられるようになり、兄はその権力を増して行った。

 しかし、そんな兄も不幸に落馬に合い無くなった。

 こうして、幸か不幸か彼は何もせずに当主の座を得てしまい、好きではない争いに巻き込まれるようになった。


 他の豪族との関係や主従関係を結んだマーシアとの関係などを考慮し、色々と根回しが必要なことをやらされた。

 それでも彼が降りなかったのは、不治の病にかかった母がいたからだった。


 父は兄には優しかったが自分に厳しく、子供の頃は泣いてばかりいた。

 そんな時に、母は優しく自分を守ってくれた。


 そんな淡い思い出があるからこそ、リチャードは当主の座を捨てることはできなかった。

 当主の座があれば母の病をいつか治せる薬を手に入れられるかもしれない。

 もしくは、見つけられるかもしれない。

 そう考えて、リチャードは自分のしたいことを我慢してここまできた。

 それなのに、目の前には自分より遥かに優秀だった父を容易く屠ったウェストリー王国の国王が現れた。

 すでに主従関係を結んだマーシアを滅亡させたウェストリー王国の国王に自分は震えた。

 でも、自分が敗北してしまえばカントリーハウスで朗報を待つ母が脅かされてしまう。

 そうならないように、自分が防がなければならない。


「よし。決戦を挑もう。」


 自分の言葉に集まった部下たちは動揺する。


「正気ですか!! 決戦など!! 我々にある優位は地の利と天の時だけです!! 数こそ敵より勝りますが多くは傭兵です!! 正規兵が少ない我々では正規兵のみで構成されている敵軍に敵いません!! 兵の練度が違いすぎます!!」


 口を挟むように部下は再考の意見が出てきては会議室を飛び交う。

 その様子にリチャードは告げる。


「確かに、無謀さ。でも、僕たちもいつまでも軍を維持できるわけじゃない。

 正規兵が少なく、傭兵を雇っているということは金がかかってしまうんだ。

 だから、短期決戦しかない。僕たちが求めているのは争いでもなければ、王冠でもない。ただの平和だ。

 故に、この戦いにかってウェストリー王国が僕たちに有利な条件で降伏するように迫らせるんだ!! いいな!!」


 強く告げるリチャードに部下たちは一瞬、ドキッとする。

 彼が今まで強く自分の意見を言ってこない性格だったのに対して今になって貴族としての立ち居振る舞いを見せていた。

 依然として自信なさげではあるものの、決して仲間を捨てるようなことはしなかった。

 誰よりも弱く、誰よりも自信がない。

 だが、不思議と皆の注目を集め、支持されるのはクレア家の兄弟の中でもリチャードだけだった。


 だからこそ––––––––と、皆は覚悟を決したように告げる


「リチャード様の仰せのままに!!」


 一斉に跪く部下に、今度はリチャードが「えっ!?」と驚く。

 しかし、礼をやめない部下にリチャードは諦めたように告げる。


「じゃあ、行こう。決戦の地へと。」


「「はっ!!!」」


 会議室を後に、リチャードとその部下たちは各々のすべきことをするために解散する。


 そして、リチャードは羊皮紙にペンで文字を綴るとカントリーハウスにいる母に向けて手紙を書き綴った。

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