#006  『 嵐の前の静けさ 』

 軍事要塞都市 カーナヴォン。


 人口約九千の大都市だがその多くは一般的な都市民ではなく、軍人もしくは軍隊経験者だ。

 現在、エクトル領において領都ホーリーヘッドについで第二位の人口を誇り、その軍事重要性からホーリーヘッドよりも昔に作られたとされる。


 その昔、ホーリーヘッドで行われた大規模改築においても一時的ではあるものの領都になったこともある伝統的な都市。


 そんな都市の構成は主に兵舎や馬蔵、造船所などの軍事関連が多いがそのすべてがそうではない。

 この都市は軍事関連の建物以外は一般の民衆も訪れることができる。そのため、ここでは多くの商人がホーリーヘッドへの中継地として立ち寄り、都市の財政を潤している。


 月に一度くらいの間隔で開催される市場には多くの都市民が集まり、商業が盛んであることが伺える。

 また、月一の市場には異国からの珍しい品々が売りに出されるため多くの豪族や貴族が代理を立てながらこっそりと購入することもしばしばある。


 また、カーナヴォン内の軍事関連の施設はどれも門や周辺に兵がいるため、都市内の治安は良く、多くの都市民から好評を得ている。

故に貴族や豪族、商人家系の出身者や一部の余裕のある都市民の多くがここカーナヴォンにて軍隊へ入隊することが多い。


 一流の軍人になる為の十分以上の訓練設備がある上、貴族や豪族、商人などが標的にされやすい犯罪の発生率も低く、辺境の田舎などではなく都市全体の発展が著しい大都市であることも評判の一つだ。


 そんな理由で選ばれるカーナヴォンだが近年では都市周辺に住む平民から『都市民の権利』の拡大が叫ばれている。

 また、一方で現在の都市民による人口増加と供給不足が浮き彫りになりつつある。


 軍事要塞都市であるカーナヴォンは、多くの都市民を抱える都市ではあるもののその本質は軍事要塞。

 そのため、無計画に都市の拡大をし続けた場合、守るべき範囲が大きくなり、現在の守備隊だけでは賄いきれない。


 例え、守備隊を増やして当たらせたとしてもエクトル領では軍隊への入隊には原則、武器の自前があるため武器を購入できるだけの財力がなければ入ることはできない。


 また、軍隊の数を増やすことが可能になった場合でもカーナヴォンにだけ戦力を集中できない。


 そもそもエクトル領には六つの都市を抱えている。


 それらのことも考えるとカーナヴォンだけを優遇出来ない。

 無論、軍事的に重要という理由で優遇することは出来るものの、その様なことを知っているのは一部の知識者だけ。


 そのためカーナヴォンだけを優遇すると他の都市や都市民からしてみれば、「カーナヴォンだけ優遇するのは卑怯だ。不公平だッ!!」という不満の声が上がるのは容易に想像できる。


 例え、今までの待遇が変わらなくても自分以外の他が優遇されれば相対的に自分は冷遇されていると感じてしまうものだ。


 故にカーナヴォンを優遇できる最大限の範囲が今の現状だ。


 こうした都市の問題や都市民の不満を汲み取り、平等に統治するのは領主の義務であり、もし放棄した場合には領内の税収と治安が目に見えて大きく下がる。


 だが、実際にはこれらは大した問題でも無い。

 なぜなら、税収が下がれば重税を課せば良く、治安も軍隊を導入して反抗するものを一人残らず殺せばいいだけだからだ。


 しかし、多くの場合その様な策は用いない。それは、何故か–––––––––––。


 それは偏に最も最悪な問題が生まれてしまうからだ。その問題とは人々がもつ『憎悪』という感情。加えて、一度失えば取り戻すのは難しい『人の心』だからだ。


 統治者の多くは強大な権力を有しているがその権力の源は最終的に民が支えている。

 つまり、重税を課せば民に不満が溜まり、税逃れや治安の悪化、一部の者の中には反乱を企てる者も現れる。


 また、反抗する者を殺し見せしめにすれば、恐怖で支配できなくなった時に裏切られ、殺害される。


 これらは全て、歴史が実証している。

 故にそんなリスクを背負うからこそ統治者は一般の民よりも民に対して最新の注意を払わなければならない。


 こうした事情もあり、カーナヴォンを優遇できるのには限度と限界がある。


 また、他にも各都市の防衛用と治安維持の為にエクトルは一定量の兵と物資を派遣、供給しており国境の警備もしなければいけない。

 そのため、エクトルは都市防衛と国境警備の為に常時八千の兵を養っている。



 その八千人の兵も内訳的には二千の海軍に六千の陸軍。

 海に面していて軍事拠点であるカーナヴォンには陸海軍合わせておよそ一千七百人。


 同じく海に面した領都のホーリーヘッドには陸海軍合わせて約二千二百人の守備隊がいる。

 他にもコンウィには一千八百人がいる。


 またルシン、モルド、レクサムの三都市は密集していることもあり、各都市におよそ七百五十人が駐屯している。

 無論、この三都市は何かあれば他の都市から兵が派遣される為問題はない。


 それに加えて、ルシン、モルド、レクサムは本土の中央部に位置する都市である為にそれ程の兵力を必要としない。


 とはいえ、これらの拠点を守るためにどうしても一定の守備隊は必要となってくる。

 つまり、兵力の拡大は見込めない。

 というか、出来ないが正しい。


 主な理由としては、既にエクトル領の財政が度重なる隣国との紛争による出費で著しく低下しているためであり、また僅かに貯蓄してあった税も既に今回の『冷害』による税収低下の影響で底をつく計算になっている。


 結果として兵力の拡大は出来ず、また無理にやろうとすると今度はエクトル領の財政が破綻する。


 まさに統治者にとって一番最悪の自体になりつつある。

 財政が破綻すれば、残る道は滅亡の道のみ。




 こうした統治に関する内政問題を多く含むカーナヴォンやエクトル領に新たな風を吹き込むべく、俺は木箱から立ち上がり、持ってきた黒のローブを身に付けた。


「では、行こうか。」


 コグ船から降りて早一時間、微かに傾いていた太陽もすでに地平線の彼方に隠れ、遥か彼方にだけ見える夕陽の光も徐々に弱々しくなっていた。


 そんな中、目眩と嘔吐を繰り返しながら俺は考えていた。

 一つは司令官の処分。もう一つはカーナヴォンの統治問題解決だった。


 司令官の処分については原則、領主であるエクトルにしか処罰を決めることができない。


 だが、これには一つの抜け道的な穴がある。


 それは、委任状を所持している子息は例外という抜け道。

 この抜け道を使い今回、司令官に下す処分は担当官の解任並びに一ヶ月の謹慎処分。


 もとより、司令官は統治よりも軍事に秀でた者であったため、この地を軍事拠点として統括してもらっていたが、軍事的側面よりも都市としての統治的な側面が強くなったことで彼の手に負えるものではなくなった。


 それ故の解任であり、一ヶ月の謹慎処分も召喚に応じなかった為と理由が明確にある。


 若干の私的な復讐はあるものの司令官とて覆せる内容のものでもなければ、受け入れられない程のものでもない。つまり、生けず殺さずの処分。


 次に、司令官を排除した後に問題となるのがカーナヴォンの内政問題。

 カーナヴォンの内政問題は主に三つに分かれている。


 カーナヴォン内の都市民の人口増加。

 周辺住民による都市民への受け入れ増加。

 急激に上昇する人口の需要に対する供給不足。


 つまり、人口増加問題と需要と供給の破綻問題が主な原因。

 だが、これらの問題には解決策はすでに思い付いている。

 しかし、それを実行するためにはまず司令官の処分を言い渡すことが最優先事項。


 そのためも俺は、微かにふらつく足取りを何とか抑えつつ、いち早く体調を整えるためにフィンと共に休息を取る為の今晩の宿を探し出すべく、ローブのフードを被り歩き始めた。




 探し出すこと数十分。

 既に日は暮れており、空には月がにわかに顔を出す。


「アルトス様。今からでも遅くはありません。こんな所よりもっと南側に行きましょう。」


 不安げに語るフィンを横目に俺は告げる。


「フィン。もう言っただろ。南側はダメだ。」


 俺の答えに不満なのか、フィンは一瞬「ですが……」と反論しようとしたが、既に説明した事もあり、引き下がった。


 現在、エクトル領のすべての都市構造には一応の法則性がある。


 一つが北側、南側、西側、東側の四方に沿って四区があること。

 もう一つが都市の防衛を担う城もしくは砦があること。

 そして、城の周辺には貴族、豪族、大商人がよく使う高級住宅地。通称、ハイタウンがあること。これらの三つが共通して都市構造がされている。


 そして、ここカーナヴォンでも例外ではない。


 南側にカーナヴォン城がある、ここカーナヴォンでは主に南にカーナヴォン城およびハイタウン。

 西側に港の商業・軍事エリア。

 東側には職人街があり、最後の北側には都市民住宅エリアがある。


 つまり現在、俺はフィンと共に北側の都市民住宅エリアに侵入しつつあるのだ。

 これは、領主の息子という肩書を隠す為であり、また明日の訪問に対する布石でもある。


 南のハイタウンでは暖かい部屋に高級な食事。

 満足のいく柔らかい寝床などがあるが料金は一般的な都市民が営む宿屋と比べて高く敷居も高い為、利用客は必然と貴族か大商人に限られる。


 そんな場所に領主の息子である俺が行けば、一瞬で身元が割れ、城へと案内される。

 これは領主の一家が都市に都市に訪れた際には都市内の城の居館にて泊まることが礼儀とされるからだ。


 無論、その他にもハイタウンには守備隊の多くが警戒のため徘徊しているせいもあり、顔割れなどを防ぐ為にあえて南側を避け、北側に向かっている。


 これはハイタウンに住む都市民の多数が領主や大商人に会う機会が多い一方で都市民の多くは領主に会うことが少ない為に、一見して相手が誰なのかはわからない。


 上手いこと嘘をつけば、例え領主の息子だろうと身分を偽ることができてしまうのだ。



「フィン。見ろ。あそこに一軒、宿屋がある。」


「ですが、アルトス様!! あそこは『都市民』が営んでいます。」


「ああ、そんなの百も承知さ。むしろ、ああいうところだからこそだ。」


 そういうと正面を向き、フィンを他所に都市民の営む宿屋クロネコへと歩む。

 そして歩きながら俺はフードの奥でニヤリと笑みを浮かべていた。




◇・◇・◇


 軍事要塞都市カーナヴォンの中心部、カーナヴォン城の居館の一室にて一人、腰に剣を携え、最低限の軽装備を着こなした男ことグライド司令官が報告を受けて叫ぶ。


「何ッ!! 領主の子息が来ただとッ!!!」


「は、はい!!」


「なぜ、気がつかなかったのだッ!! お前らはそのためにいるのだろう!!!」


 グライドからの叱責を受け、報告者の男性は肩を竦める。

 だが、怒りが治らないグライドは報告者を必要以上に問い詰める。


「そもそも、返事を返した時点で貴様らの仕事は例のガキがどう動くかという簡単な仕事だったはずだッ!! それが、なんなんだこの失態はッッ!!!!!」


「も、申し訳ございません。一応、監視はしていたのですが………。」


 グライドからの叱責を受け、報告者はすでに萎縮してしまい、返事も弱々しくなっていた。

 それに腹を立てるようにグライドは腰に携えた剣に手を伸ばし、柄を握り締める。

 刹那、目にも止まらない速度で抜刀し報告者の喉元に剣先を当てる。


「二度は言わん。例のガキを何としてでも追い返せ。さもなくば、分かるな?」


「わ、わかりました。何とかします……。」


 グライドはそれを聞くと剣を鞘にしまい、報告者を解放した。

 解放されたことで、紐のようにピンと張っていた緊張が緩んだのか。

 報告者は駆け足で司令室を後にした。


 そして一人、静寂な司令室に残されたグライドは背面にあった窓へ近づく。

 既に日は地平線の彼方へ沈み、月の光だけが都市を青白く照らす。


 そんな、目下に広がる都市を眺めながら、一際小さな声で呟く。


「いるか?」


 刹那、執務に使う机の上にあった蝋燭の火が風もない部屋で不自然にも揺れる。


“どうなされましたか?”


 司令官以外いない部屋で、女性のような妖艶な声は響いた。


、受けることにした。」


 顔に僅かな不安を浮かべ、拳を握る司令官は決心したように告げる。


 “畏まりました。では、今宵にも………”


「ああ、頼む。」


 正体不明の声の主との謎の会話が終わり、蝋燭の火が再度、不自然に揺れる。


「これが成功すれば…………。」


 一人、月夜の闇の中、司令官は革製の特注品である椅子へと腰を下ろし、目を瞑った。


 そして、グライド司令官はその夜、思いにふけった。

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