第一章 女神の選定と竜の刻印

#001 『 転生 』

 眠りについてから数十秒。俺の意識は不思議とその違和感を捉えた。


 違和感—————それは、まさに豪雨の音だった。

 激しく地面へと打ち付けられるその水滴がうるさく鳴り響き、あたり一帯に広がる雨独自のにおいが嗅覚を刺激する。


 刹那、俺はにおいに耐え切れず、声を漏らす。


「オギャーオギャー」


 世界全体が揺れるように上下する中、何がどうなっているのかわからない俺は、一人で困惑する。


 目を開きどうなっているのかを確認しようとするが、そこは薄暗く狭苦しかった。


 若干、柔らかい毛が鼻先に当たりかゆくなるが依然として状況はつかめない。


 そんな時、幸運にも暗く狭苦しいこの場所に光が照らしだされる。


 ついに何がどうなっているのかを知ることができるという喜びに、不思議と俺の胸は熱くなり、自然と瞳から涙を流す。


「Hé, niet huilen ...」


 眩い光の中から凛とした甲高い女性の声が頭の中で響き渡る。

 光の中から聞こえる声に導かれるように俺は涙を堪え、眩い光の先を見るべく目を見開いた。


 だが、そこには見知らぬ男に女性。そして、白いフードらしきを被った人物がそこにはいた。


「Deze meid, hoe ...」


 そんな時、若干顔に不安さが残る見知らぬ男が低い声で言葉を発する。

 しかし、その内容は先ほどの女性と同様に理解できない。


 刹那、白いフードを被った者はゆっくりと口を開く。


「Altos———— De naam van dit kind is Altos ......」


 白いフードを被った者は、艶めかしい魅力的な声とゆっくりとした口調で答えると託すように見知らぬ男女に俺を渡し、急ぎ早に去っていく。


 こうして最後に残ったのは、鼻を突くような雨のにおいと困惑し今だ状況を把握できていない俺。

 そして、見知らぬ男女だけだった……。




◇・◇・◇


 そして、四年の月日が経過した。

 この間に成長した俺は、一人で歩けるようにもなった。

 また、本を通してこの世界の言語や歴史などの様々なことが理解できるようになっていた。


 最近では、父親の書斎に行っては本を取り出し、読書をする始末。

 そのせいもあって、両親には心配される。

 時々、書斎から連れ出され子供のおもちゃで遊ばせられるが正直な話、俺はそんなおもちゃよりも情報がほしい。


 しかし、見た目は子供。

 ここは我慢して子供のように振る舞わないといけないと自分に言い聞かせて、楽しくおもちゃで遊んでいるように見せる。

 だがやはり、両親の目はそうやすやすと誤魔化せるわけでもなく、心配のまなざしをこちらに向けてくる。



 そして、数ある本の中で知った驚愕の事実が、この世界には『人間』という生物は存在しないということだった。


 これは、俺を大いに驚かした。

 その理由としては、幾多の本を読破した結果『人間』という単語が出てこないのだ。

 ただ、代わりに頻繫に書かれるのが、『』という単語だ。


 つまり、この世界に『人間ホモ・サピエンス』というのは、存在しない種であり逆に『人類種』というのが存在する。

 すなわち、この俺も『人類種』の一人であるということだった。


 次に本を通してわかったのは、この世界には先ほどの『人類種』同様に他の種も存在するということであったが、一つだけ問題があった。

 それは他種族は『人類種』よりも強いためか、世界全体で『人類種』というのは奴隷のようにこき使われているのだ。


 現状、俺の住むこの国は海という天然の垣根の他に周辺諸国の干渉地帯として存在するため、かろうじてその影響を直接的に受けていない。

 だが、いつ自分たちが攻められ、奴隷のようにこき使われるのかわからないというのは正直くるものがある。


 最後に俺は異世界といえば“これ!”という期待感を胸に調べたが、生憎存在するのは確かだったが『人類種』には使うことができないということも知ってしまった。


 まさに、天国から地獄に突き落とされた感覚を味わい、俺はその日無様にも泣き喚いた。


 一方でどの本を調べてみても俺に起こったの事は一切かかれていなかった。

 つまり、現状ではなぜ俺が転生を果たしたのかという疑問はまだ払拭できないというわけだが————俺は転生を果たした理由を探るつもりでいる。


 そのため、両親に心配されようとも日々勉強を怠らないつもりだったのだが……。



「また、こんなところにいたの? アルトス。」


 そう言いながら、腰に手を当てる黒髪の女性は俺を抱きかかえ、本日二度目のおもちゃ遊びをさせるべく連行する。


 ちょっと待って。

 せめて……せめて、あの本だけ読ませて……と内心叫ぶが、母親の意向に四歳の俺がどうすることもなく書斎から連れ出される。




 こうして再び、月日がたち五歳になった日。

 

 父親のエクトルからプレゼントをもらった。

 プレゼントとは言っても前世の様なラベルに包まれていなければ、派手なリボンの一つも装飾されていない質素な木の箱だったが、箱の重さは五歳児の俺でもギリギリ持ち上げられるかどうかというくらいだった。


 そんなプレゼントを俺は引き戸のようにスライドさせて開けると、中身は乾燥した藁で敷き詰められていた。


 その瞬間、俺は明らかに子供に似つかわしくないムッとした不満顔をエクトルに向けると、エクトルは笑いながら「すまん、すまん」と言うと続けて「藁を取ってみなさい」と俺にアドバイスした。


 エクトルのアドバイスを半信半疑に受け止め、俺は再び木箱に目をやると乾燥した藁の一部を取り除いた。

 すると藁の中から出てきたのは、一つの小さな剣だった。


 その時、父から初めてもらうプレゼントに俺はちょっとだけ感動した。

 なぜなら、前世では親は俺のことを生まなければよかったといわれるほど、俺と親は仲が良くなかった。

 だから、こういうものは嬉しかった。


 しかし、現実というのはそう甘くはない。

 もちろんこの剣をもらったのは嬉しいことであったが、俺は剣をみて早々にエクトルの意図することを理解していた。



 そして、後日。

 エクトルは俺を呼びつけるや否やそれは始まった。


 それとはまさに、父親たるエクトルによる剣術の練習だ。

 使うのは刃のある真剣ではなく、木剣ではあるがそれでも練習は厳しい。


 それもそのはず、エクトルはこの国で最強と謳われる王の側近であり、剣武において王と同格とさえ言われているのだから。


 剣術の練習が始まって以降、俺は毎日泥だらけになるまで努力した。


 午前は、書斎で読書。

 午後は、父親のエクトルによる剣術の練習と忙しかったが、前世で平和ボケしていた自分にとっては適度な刺激があり、楽しかった。



 そんなある日、朝食の席で母親が唐突に訊ねてきた。


「ねぇ、アルトス。別に咎めるつもりはないのだけれども、友達はいないの……?」


 刹那、俺はまるで石化の呪いを掛けられたかのように硬直した。


「そういえば、そうだな。アルトスが友達といるところなんて見たことがない。」

 

 追撃をかけるように、父親のエクトルが顎髭を触りながら告げる。


 どうにか、この場を抜け出さなければと思い、思考を巡らせるが解決策が浮かばない。

 なぜなら、事実俺には友達がいないのだから……。


 これは、前世の俺にでさえも言えたことだった。

 友達というより、知り合いに近い感覚で他人に接していたせいで特定の誰かと親密になることはなかった。


 そして、転生したからもそれは変わらなかったのだ。


「ねぇ、どうなの?」


 母親の視線がグサリと刺さりながら、俺は咄嗟に応えた。


「ダイジョウブ。トモダチ、タクサン……イルヨ。」


 片言の返事に、母親は「やっぱり……。」と呟くと席を立ち自室へと籠った。


 その結果、書斎に行って読書をするという俺の予定が急遽変更となり、友達探しとなったのは言うまでもない。



◇・◇・◇


 友達探しという名目で街へ、父と共に連れ出された俺は一軒の建物の前で馬車を降りた。


 そこは、武系貴族である父がよく行く鍛冶屋だった。

 その鍛冶屋は、古来より腕利きの鍛冶師が生まれてくるらしく、その技術はまさにドワーフそのものと言われるくらい名工である。


「よぉ、久しぶりだな。エクトル。」


 図太い声を発しながら、若干小柄な男が近づいてくる。


「ああ、久しぶりだな。ケント。」


 父親の返事に、手を差し伸べる小柄なケントという男。

 そして、それに答えるように父親も手を差し伸べ、抱きしめ合う。

 互いに見せる笑顔が両者の関係をよく示している。


 そう思いながら、俺はふと気になったことを父親に訊ねる。


「父上。この方は?」


 その質問に、父親のエクトルは笑いながら応える。


「彼は、私の親友だ。ちなみに、彼は現役の鍛冶屋でありながら伯爵の位をもっている。」


 自慢げに答える父親をよそに、小柄なケントという男は苦笑いを浮かべながら、小さな声で「伯爵なんて、あってもなぁ……」と呟く声を俺は聞き逃さなかった。


 その瞬間、店の奥からかわいらしい声が聞こえてくる。


「ちょっと、父上!! 何やっているの!! まだ、仕事が終わっていないでしょ!!」


 かわいらしい声で叫びながら近づいてくるその者は、俺と同じくらいの女子だった。


「ああ、すまんな。エレン。」


 刹那、態度が変わるケントという小柄な男をみて、父親が俺に耳打ちする。


「あのように、女に敷かれる男にはなってはだめだぞ……。」


 その言葉を聞き、今まで母親に尻に敷かれていた父親の姿を思い返し、「アンタも同じこと言えないよ……。」と思ったのは、そっと胸にしまっておく。


 こうして俺と父親のエクトル。

 そして小柄なケントとその娘らしきエレンの四人は店の奥にある鍛冶場に入った。



 鍛冶場ははっきり言って、店の奥というよりかは店の裏手にあった。


 そこには俺ら四人以外には誰もいなかったが、炉はすでに火が燃えており、必要な道具も丁寧にそろっていた。


「おお、これはすごい。」


 そうつぶやくと、となりにいたエレンがフンと鼻で笑いながら胸を突き出しながら自慢げになる。


 それを見て、俺は内心でエレンの持つ技術に驚く。

 これらの準備を一人でやるということはそう簡単ではない。


 確かに前世では火を起こすのはマッチ一本、ライター一個もっていればすぐにできる。


 しかし、ここはそんな世界ではない。

 この世界では、マッチもなければ、ライターもないのだ。


 そのため、火を起こすのがどれだけ大変なのかがわかる。

 しかも、それを俺と変わらないくらいの年齢の女子が一人でやるのはさすがと思う。


 いかに、火を起こすのが得意という大人がいても火を起こすまでにかかるのは一時間前後だ。それをこの娘ができるのであれば、かなりすごい人材だと思う。


「————では、やりますか。」


 驚く俺をよそに、ケントは掛けてあった革のエプロンを身に着けると仕事を始めた。

 それと同時に父親は俺にエレンと遊んでくるように命じて、そのまま鍛冶場に残った。


 その際、エレンが少々暴れたが俺が半ば強引に連れ出すとそのまま落ち着きを取り戻した。


 結果、鍛冶場を追い出された俺とエレンは、どうすることもなく表側の店に戻ると二人して陳列されていない剣やら槍やら、弓矢らをただ茫然と眺めた。


 数分後、エレンが口を開き、俺に訊ねる。


「あ、あなたの名前は……。」


 震えた声で訊ねるエレンに俺は先ほどまで眺めていた盾から視線をずらすとエレンに向かって笑顔で応えた。


「僕の名はアルトス。君は、ケント伯爵の娘さん?」


「…………う、うん。」


 視線を合わせないようにしているのか、俯きながらエレンは応える。


 そして、再び沈黙が訪れる。

 しかし、これはチャンスと考えた俺は静寂を破るように訊ねる。


「ねぇ、エレンさんには、友達いるの?」


 俺の唐突な質問に驚いたのか、エレンは体をビクンと跳ねさせてから、こちらに向くと聞こえるか聞こえないかの小さな声で「————いない……。」と可愛気に応えた。


 その返事に俺は内心、笑みを浮かべるとそっとエレンに近づき、手を伸ばす。


 そのことに、エレンは一瞬キョトンとするがすぐに理解したのか「いいの?」と確認を取ってくる。


「うん。いいよ。」


 満面の笑みを浮かべながら俺とエレンは握手を交わし、晴れて友達となった。

 同時に俺は無事に友達探しを終えることに成功した。


 その後、俺とエレンは様々なことを話し合った。

 幸いにも世間渡りが得意だった前世の甲斐あって、エレンは楽しそうに会話をしていた。


 というよりも、俺がほとんど聞き手となっていただけなのだが……。


 兎にも角にも俺は友達を得ることに成功した。

 そして、そのことを母親に告げたところ、非常に喜んだ。


 こうして、俺は再び読書と剣術に明け暮れると思ったが、時折エレンが訪ねてきたのは少々驚いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る