24

 ヘルマンとルーテシアは一見今までと同じように、だが適度な距離を保ちながら過ごしていた。もしヘルマンの気持ちがもう一歩わかったならば、ルーテシアの言動も変わるかもしれない。


 それがわからないうちは、ルーテシアは慎重にならざるを得なかった。既に夫婦としての生活が始まっているのに、自分の気持ちをきっかけに崩れてしまうのが怖い。ヘルマンへの気持ちが大きくなっていくにつれ、それが叶わないと知ってしまえば、今のように暮らしていく自信もなかった。


 騎士団の懇親会前日の夜。ルーテシアは寝室にこもって明日着ていくドレスを準備し、それに合わせるアクセサリーを鏡の前で考えている。


 ドレスは淡いピンク色のものを選んだ。持っているドレスの中からなるべく大人っぽいものを選びたかったが、昼間の懇親会で庭に出るのでスカートが広がりすぎていないものが好ましく、仕方がなくいつも通り可愛らしいデザインになった。


 代わりにアクセサリーで大人っぽさを演出したいと考えるが、髪飾りだけがどうにも決まらない。一番ドレスに合うのはレースのヘッドバンドなのだが、子供っぽすぎる。


 持っている髪飾りを次々に当ててみるがしっくりくるものがなく、ルーテシアは頭を悩ませていた。集中しているところに、扉からコンコンと控えめなノックの音が聞こえて、ルーテシアはビクリと身体を震わせる。


 今は夜で侍女達もいない。家にはヘルマンしかいないはずだ。そのヘルマンも、今までルーテシアの寝室に訪ねてきたことはなかった。


「はい」


 小さく返事をするとゆっくりと扉が開いて、やはりヘルマンが顔を覗かせる。


「少し入ってもいいですか?」

「はい」


 ヘルマンは律儀に許可を取ってからルーテシアの寝室に入った。ルーテシアも手にしていたアクセサリーを鏡台の上に置いて、ヘルマンの元へ向かう。二人はソファに並んで腰掛けた。


「明日の準備をしていたところでしたか?」

「はい、散らかっていてすみません」

「突然来てしまったのは私ですから」


 鏡台の上には先程まで試していた髪飾りが並んでいて、明日着ていく予定のドレスもクローゼットから出して吊られている。恥じるルーテシアだったが、ヘルマンは気にする様子はない。


「ルーテシアに、これを」


 ヘルマンは手に持っていた小箱をルーテシアに手渡した。


「私に?」

「ええ」


 小箱はきちんと包装されていて、プレゼントに見える。ルーテシアの誕生日はまだ先で、ヘルマンはどこか遠くへ出かけたわけでもないので、なぜくれたのだろうと不思議に思う。


「開けてもいいですか?」

「どうぞ」


 中身が気になるという好奇心には勝てず、ルーテシアはゆっくりと包みを開ける。木の箱を開けると、そこにはガラスで作られた紫色の花の髪飾りが入っていた。


「綺麗……」


 そっと手にとって持ち上げる。部屋の照明に反射してキラキラと輝いていて、ルーテシアは魅入られた。


「差し上げます」

「ありがとうございます」


 思った通りヘルマンからのプレゼントなのだとわかり、ルーテシアは胸がいっぱいになってお礼を言う。


「ですが私、まだ誕生日では……」

「この前素敵な帽子をいただきましたから、そのお礼です」

「あれはプルガトルで本を買ってきていただいたお礼でしたのに……」


 ルーテシアは申し訳なさそうな顔をする。


「女性は自分が贈ったものの2倍、3倍のプレゼントをもらうものでしょう。ガリオなんて、会う度にプレゼントを渡しているそうですよ」

「そんなに!?」

「ええ。それが普通で、私が何もしなさすぎると怒られるくらいです」

「怒られる……ヘルマン様がですか?」


 気の弱そうなガリオの顔を思い出し、怒っているところが想像できないと思わず笑う。同時にヘルマンが怒られているところも想像ができなかった。


「甲斐性がなくて申し訳ありません」

「そんな! 私はプレゼントなんていりませんよ」

「そう言うとは思っていましたが」

「でも……」


 ルーテシアは思いもしなかったプレゼントに目を落とす。キラキラと輝くアクセサリーを見るだけで胸が踊った。ヘルマンがくれたものだからなおさらだ。


「とっても嬉しいです。ありがとうございます、ヘルマン様」


 頬を紅潮させながらルーテシアは改めてお礼を言った。


「今度またお礼をさせてくださいね」

「私も物欲がないほうなので、気にしないでください。もらってばかりだとガリオに怒られてしまいますし」


 女性の方が2倍も3倍もプレゼントをもらうべきなら、ルーテシアがまたあげてしまえば負担になるのはヘルマンだ。だがルーテシアはされっぱなしというのはモヤモヤとしてしまう性分だった。


「では、もしよければ今度おすすめの本を教えてください。歴史小説ばかり読んでいるので、普段読まないような本に出会ってみたいです」


 そんなルーテシアを察してか、ヘルマンがそうお願いする。それならば金銭的な負担もほとんどないし、ルーテシアの得意分野だ。


「わかりました。考えて紹介させていただきますね」

「楽しみにしています」


 ルーテシアの気も楽になって、ホッとした笑みを浮かべた。


「明日は面倒をかけますがよろしくお願いします」


 ヘルマンは寝室から出ていこうと立ち上がり、軽く頭を下げる。


「面倒だなんて、そんなことありません。ヘルマン様と一緒に懇親会に参加できるなんて、楽しみです」

「そう言ってもらえてよかった」


 ルーテシアも扉の前まで見送りに行って、二人は向かい合う。ヘルマンの涼やかな瞳と目が合い、ルーテシアの胸は無意識に高鳴る。


「それではまた明日。おやすみなさい」

「……おやすみなさい、ヘルマン様」


 しかしヘルマンは挨拶をしただけですぐにルーテシアから背を向け、寝室から出ていってしまった。ルーテシアは眉尻を下げ、俯く。触れてもらえるのではないかと期待してしまったのだ。


 落ち込みかけたルーテシアだったが、その視線の先に手に持った髪飾りが目に入り微笑みが戻る。


「綺麗ね……」


 ルーテシアは髪飾りを見つめたまま鏡台へ向かう。鏡の前で合わせると、明日のドレスにも合うし、持っている髪飾りに比べて少し大人びて見える。


「ヘルマン様と、同じ色」


 そう呟いて、ルーテシアは紫色の花が咲く髪飾りを胸の前で抱きしめた。

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