月曜日の死闘

朝目が覚めると、時計の針は10時を示している。完全な遅刻だ。まず電話して、今から最速でどのくらいで出社して遅れた分の作業計画を巻き直して…。


男はそこで考えるのをやめた。自分の人生を必死に支え続けるのに疲れ、ついに見捨てることにしたのである。男は再び布団に潜り込み、かつてないほど深く寝入った。鳴り続けてうるさい社用携帯を壁に叩きつけた一瞬を除いて、夕方になるまで寝続けた。


男が再び起きるころには、オレンジ色の空の光が部屋中を染めていた。遠くでサイレンが鳴っていた。窓の外を眺めながら、ベランダの隅に置かれた物干し用のロープは首くくりに適当だろうかと考えていた時であった。


グロテスクなほど濃い夕闇が、男の思考に感興とも霊感とも言い難い閃きを与えた。ぎらつく太陽のせいで殺人が発生するのは良く知られたことである。男は台所へ向かい、一振りの包丁を取り出した。


刃を手にして揚々と家を出た男は、あてもなく路地をさまよい始めた。目についた人間が獲物にふさわしいか吟味すべく、武器を握った右手は懐に隠しながら。


直感のおもむくまま、男は目標を見定めた。男の正面、誰かが道をやってくる。落ち着かない様子で周囲を目くばせしながら、早歩きでこの路地に入ってきた時だった。

男は、自分の第六感がなぜこの者を選んだのか不思議だったが、理由はすぐに分かった。眼と眼が合った瞬間、この獲物もまた懐からナイフを取り出しこちらへ向かって大地を蹴り上げたからである。ナイフは血に濡れていた。


男は感謝にも似た驚きとともに、懐から右手を抜いた。古の戦士が主より授かった宝剣を抜き名乗りを上げるがごとく、男は包丁を正面に構える。


ナイフの男の顔にも驚きが浮かんだが、一瞬のことだった。二人はあたかも暴れ狂う鳥のごとく震え、舞い、ぶつかりあった。致命傷を避けようと紙一重の差で刃をかわすうちに、両者はすぐに血で染まった。


周囲に人だかりと警官が近づくこともできず牽制にもならぬ声を張り上げていたが、ついに二人がそれを認識することはなかった。聖なる闘争に、中断など論外であった。


いかなる人知をも超えた無形の剣舞は、前触れもなく終わった。ナイフが男の左肩口に深々と刺さる。骨まで達したナイフは、しかしそれ以上男の体組織を傷付けるには至らない。水平方向の包丁の一閃は、獲物の柔らかい腹筋を切り裂いていた。切り口からうどん玉のように零れた臓物を抑えながら、獲物は倒れた。


金縛りにあったように近付けないでいた警官たちが、ようやく二人を取り押さえにかかる。オレンジ色の空はとうに崩れ、カメラのフラッシュが幾度となく瞬く。男にとってそれらは無意味だった。他の人間には決してあずかり知らぬ感情に男は浸り、圧倒されていた。剣劇は終わった。


男は、沈黙しなければならない。再び呼ばれるその日が来るまでは。

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