空の上層

 旅物屋の道具の数々に埋没した闇があり、これは売りものではない。煙突のようなもので、天高くの闇を写している。朝を内包する闇だ。夜よりももっと細かなものらしい。煙突と言いながら水平よりもやや下を向いており、小石を投げれば緩やかに転がり落ちて行くだろう。呼びかけてみても返事は無い。音が途切れてしまうのだ。八十竹がこの闇と繋がっていることを、子龍は知っている。誰に言うでもなく、本人に聞くでもない。八十竹には尻尾があり、長く伸びた影はいつも闇に吸い込まれる。店から遠く離れたがらないのも、影が繋がっているからだと子龍は推測する。

 旅人により持ち込まれた品の影を、闇が味見している。店の一角の闇は、遠い地や、過去や未来や、星の腹の中の色を映す。店に留まりながら八十竹は様々な物事や情勢に明るいのも、きっとこの抜け道を通って歴史を覗き見しているからだ。子龍も異国の品々に囲まれて、どこへ行かずとも旅をしている気分で過ごす。じゃらじゃらと音を立てる下がりものを掻き分けて久しぶりに光を浴びた奥の棚から茶器を取り出す。海底から引き上げられた宝箱の上に並べ、各地から集まった人形を客人として座らせお茶会を始める。

「八十竹はこの星の縮図を作るつもり?」

「世の流れを見ているのさ」

 掃除をしていた八十竹が子龍を見て、悪い笑顔を作った。笑顔が悪いわけではないが、八十竹は口の片方を上げる笑い方をするため、悪事を企んでいる風に見えるのだ。彼の人相で世の流れなどと言われると、物騒なイメージが駆け巡る。事実、物騒な話はお金になる。八十竹は抜け目がない。悪事に加担しているわけではないのだ。流れを読んで旅人を導き、ついでに資金を得ているだけ。商売人として腕をふるっている。

「たとえば今は、砂漠の国が技術で秀でているな」

 見てみろと茶席に置かれた新顔は、精巧な銀線細工なのだが、奇怪なモチーフである。動物にも自然物にも当てはまらない。どう形容すべきかと眺めるも、表現する言葉が見当たらない。美しいとは言い難いのだ。

「美術品ではなく、絡繰なのだよ」

 八十竹が銀線細工を指先でつつくと、折りたたまれていた一部をうんと伸ばし、カサカサと動き始めた。

「この動きは、昆虫だ」

 リウセイが出した手の平に、銀線細工の昆虫が乗せられる。六本の脚でぎこちなく歩く。向きを変えてやりながら手の平を歩かせ、スロープにして机の上に放してみる。机の上に端まで歩いたところで、動きが止まった。

「人型の試作品もあるらしい」

「歩くの」

「時間の問題だろう」


 部屋の掃除を手伝っていると、闇がご飯を強請るように手を伸ばす。試しに枯れない花を投げ込んでみる。花の束は音も無く吸い込まれていった。西日と闇が織り模様を作っている。リウセイはハサミを持ち出して、チョッキリ、チョッキリと闇の絨毯を切って歩いたが、切れているようで切れない。ひととひとの縁のようだ。

「物騒な遊びをしているな」

 闇と繋がる八十竹の影にも子龍は喧嘩を売る。八十竹はしばらく後をつけられ、背中でハサミの音を聞いていた。日が暮れて影が増したところで子龍はとうとう諦めて、夕飯まで床に転がっていた。闇と目が合う。道具の隙間から見つめている。ぽっかりと空いた穴は花瓶の口ほどの大きさしかないが、その暗さは店の全てを飲み込めるぞと言っている。人や物から尻尾のように伸びる影は糸となり、闇の中に落ちていく。影が行く先は黒々とした空間で、境無くみな溶けている。朝を懐に隠す、瞼の裏の空間。旅物屋に陳列された闇に、「目玉と尻尾」と名をつけた。

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