オレオレ詐欺

nobuotto

第1話

 深夜のニュース番組「もうすぐTOMORROW」で新種のオレオレ詐欺が特集されていた。

 画面には「被害者50代男性」のインタビューが流されている。

 顔がモザイクで隠され音声もモゴモゴ調に変えられている。


「はい、田舎の母から急に電話がかかってきましてね、父が脳溢血で倒れたって言うんですよ。それで入院費をすぐに払い込んで欲しいと言うんですね。それだけ言って電話は切れちゃって。折返し電話したんですが、ボケが始まっている母は要領の得ないことを言うばかりで。家内も娘も、なんかあったんじゃないかと心配するし。それで慌てて実家に帰ったんですよ」

「すぐにですか?」

 番組の看板アナウンサー桜井良枝の声である。

「そりゃあ、すぐですよ。だって母はボケてて、その上父が倒れたかもしれないんですから」

 最終の便で札幌空港について、レンタカーを借り徹夜で車を走らせて実家についたのが朝の6時過ぎだったという。

「それだけ、大変な思いで戻られたのに何事もなかった?」

「そうなんですよ。ピンピンした父が玄関まで来ましたよ。母もどうしたの、どうしたのって」

「それは、それで安心されましたね」

「はい。ちょうど土日だったので、もう一泊してから東京に帰ってきたんですけど、本当に疲れました。人騒がせっていうか、いたずらとかで済ませられない話しですよ、まったく」


 画面がスタジオに戻る。なめらかなカーブのテーブルの左端に桜井が座っていた。

「それでは、新進気鋭の犯罪心理学者として何冊の本も出版されています、西洋大学佐々木秋人准教授にお話を伺いたいと思います。先生、最近現れた新種のオレオレ詐欺についてどうお考えでしょうか」

 佐々木がアップで映し出される。

「佐々木です」

 と言うと、赤いフレーム眼鏡の奥の目をかっと見開いた。


「オレオレ詐欺の取り締まりも厳しくなりました。これは新たな手口の模索です。これまでは老人を狙ったオレオレ詐欺ですが、今回は中高年が対象です。”オレオレ”とかかってくるのでなくで”わたしだけど”とかかってくるので、”ワタシワタシ詐欺”とでも言うものです」

「”ワタシワタシ詐欺”?」

「まあ、名称は、これから考えましょう。しかし、詐欺の名称が決まるまで続くことはないでしょう。ターゲットとしているは中高年でまだ判断力もある大人です。今回の件もそうですが、この世代を騙すことなど至難の技です。新たな手口として模索した詐欺集団も、自分たちの読みが甘かったことが分かった筈です」

「では、この詐欺は直ぐに収まるということで宜しいでしょうか」

「はい。インタビューされていた男性には悪いですが、あの方が最後の被害者です」


 しかし、同様の事件は続いた。一週間で国内10件、そして海外で3件発生するという急増ぶりである。

 各ニュース番組でも大きく取り上げられてきた。

 深夜番組「もうすぐTOMORROW」でも再び特集を組んだ。桜井がこの間の被害状況を一通り説明し、横に座っている佐々木にコメントを求めた。

「先生、収束するどころか非常な勢いで増えているようです」

 カメラは佐々木をアップで映し出す。

「佐々木です」と挨拶した後、赤いフレーム眼鏡の奥の目をかっと見開き、レインボー柄のネクタイを触りながら答え始めた。


「はい、私の言った通りですね。すぐにばれる稚拙とさえ思える詐欺です。しかし、ポイントはその手口ではない。対象が働き盛りの世代であること。それが最大のポイントです。詐欺集団は量から質へと路線を変えたのです。成功率は低くくても成功すれば大金が得られる、ハイリスク、ハイリターンへの戦略転換です。そして次に重要なポイントが海外まで被害者がでていることです。ハイリスク、ハイリターン戦略と同時に世界中をターゲットにすることで量の確保も行う国際的な詐欺集団ということです。この詐欺集団を逮捕するためには国際的な協力が必須となるでしょう。我々がこれまで考えたきた詐欺の次元とは全く異なる事態が今まさに進んでいるのです」

 佐々木の長い説明が終わるのを待っていたかのように桜井が言った。

「それでですが、警察庁の発表によると、被害者の情報を収集したルートは以前不明であり、被害者の接点が見つからない状況とのことです。詐欺の手口ですが、ボイスチェンジャーを利用して被害者の関係者の声を再現していますが、これについてはいかがお考えでしょうか」

 佐々木は高級腕時計を画面に映し話し始めた。

「ご存知のように私は最新科学にも精通しています。私の科学的分析から導き出されれた詐欺集団の特徴は2つあります。ひとつはネットを駆使して情報を収集しているインターネットを熟知した集団であること。2つ目は高度なボイスチェンジャーを開発できる、最新のIT技術にも長けた技術者集団であること。そして国際な集団ということも特徴となります。非常に非常に危険な集団と言えましょう」

「先生。しかし、結局お金を奪うことは成功していません。そもそもお金の振込先口座の指定をするのでもなく、受け取り場所を指定することもありません。これについて先生のお考えはいかがでしょうか」

 佐々木はカメラ目線で答えた。

「つまり、私が言ってきたように金銭目当てでない国際的な若く技術力もあるハッカー集団の愉快犯です。”愉快愉快詐欺”ということです。まあ、名称はまた考えるとして、こうした集団の特性として社会が騒ぎ自分たちが注目されると一気に活動が加速されます。これからが本番です。あくまで今までは準備段階であったと考えて下さい。これからが非常に非常に危険です」

「なるほど。佐々木先生により今回の犯人像がかなり明確になってきました。これからが本番ということです。視聴者の皆様十分にご注意下さい。」

 しかしその後1週間、2週間と詐欺は発生しなかった。

 「もうすぐTOMORROW」では久しぶりにこのニュースを取り上げていた。

「先生、これで収まったと考えて宜しいでしょうか」

 佐々木はアナウンサーをきっと睨みつけて言った。

「私の言った通りになっています。働き盛りがターゲットで成功するわけはない。しかし、相手はこれだけ優秀なハッカー集団です。彼らにしてみれば、これまでは実験段階です。いよいよこれからが本番です。本当に危険な段階に進むのはこれからです」

 アナウンサーは少し困惑気味にカメラの向こうの視聴者に語りかけるのであった。

「やはり、これからが本番ということですので、視聴者の皆様、引き続きご注意下さい。現在警察庁でも本件に対する電話窓口を開設していますので、不幸にも被害に会われた場合にはすぐに以下の番号へおかけ下さい」


***


「茂ちゃーん、いつも素敵ね。ねえ、茂ちゃーん、私と結婚してくださらない。お願いよお」

 いつもは静かなカウンター席だけの飲み屋だが、ここ数日は陽気な笑い声に包まれていた。

 茂蔵がボイスチェンジャーで飲み屋の女将の声色を真似ている。

「だから、気持ち悪いからやめてって言ってるでしょ。本当に私が話してるみたい。気色悪いったらありゃしない」

「なっ、ママさん凄いだろ。俺がな、以前いた会社で開発してたやつをもらってきてさ、改造したんだぜ。一回声を録音すると声を解析して、その人の音色とイントネーションのまんま話せるんだぜ。魔法の機械だろ。な、な」

「はい、はい。よくまあ、毎晩同じ自慢話しできるわねえ。茂ちゃんボケが始まってんじゃないの」

「いーえ。私の頭は毛が無くてすっきりですけど、頭の中はもっとすっきりしておりまーす」

「だから、私の声で話すの止めてって言ってるでしょ。茂さんの禿頭で私をしゃべらせないで」


 横の席の智子が大笑いしている。高校時代の同級生だ。十五年ぶりの再会であった。

「それにしても茂ちゃんよく作ったわね。いくら専門だったと言ってもこの歳だと大変だったでしょう」

「まあな。けどちょっと手をいれたくらいだよ。人間なんてのはさ、人の声を覚えているようで、本当は何も覚えてないから。ちょっと似ているだけで、それも久しぶりだったら、本人かどうわかるもんじゃないさ」

「そんなものなの」

 カウンターに置かれていたボイスチェンジャーを智子は不思議そうに眺めた。

「そうそう、智子さんの息子も海外から帰ってきたかあ」

「そりゃそうよ。父親から母さん死んだから墓代送れって来たんだもの。あの人五年前に死んでるのによ。何があったかわからないけど兎に角一度帰るって言って、孫連れて帰ってきたわよ」

「すまん、すまん、調査不足だった。旦那の声だけは昔録音してたからなあ。気にせず使っちまった」

「いいのよ茂ちゃん。息子と会ったのも、あの人の葬式以来。それから連絡も全然ななかったし。息子と会うのもこれが最後かも」

「そんな寂しいこと言うなよ。とにかく、良かったねえ。じゃあ、カンパーイ」 


 ここのところ毎晩誰かとやって来ては茂蔵は飲み続けている。

 頃合いの良いところで茂蔵を叱るように女将が言った。

「はいはい。今日はもう終わりよ。最近毎晩昔のお友達を連れてきてくれるのは嬉しいけど、70過ぎの爺さんには飲み過ぎよ。ほらほら不良爺さんはもう帰って家で寝なさい」

「不良爺さんだってよ。世直し爺さんと言ってもらいたいね」

 女将に怒られ今日はお開きと、茂蔵と智子は席を立った。

「ママ、明日も来るよ」

 茂蔵はそう言ったあとで智子に耳打ちした。

「武志のとこの息子。先週北海道に帰ってきたんだと。ほら、あいつの息子テレビにも出てただろう」

「テレビに出たって言っても、顔はモザイクだっだけどね」

「まあ、それはそれとして、それでどうしても俺にお礼がしたいからって、明日東京にでてくるんだ」


 店のテレビから深夜番組「もうすぐTOMORROW」が流れている。

「今回のオレオレ詐欺は収束したとの発表が警察庁からありました。被害者への調査をしたところ、驚いたことに、被害者から久しぶりに親と話せたという感謝の声が沢山上がっているそうです。つまり…」

 佐々木が割り込むように話し始めた。

「私の言った通り、これは愉快犯ですね。いや、社会貢献偽装犯とでもいうべき新しい犯罪集団かもしれないですね。まあ、名称はいずれ考えましょう。しかし、専門家として言わせてもらうと、ここで気を緩めてはいけないです。犯罪集団の狙いはターゲットの気の緩みですから。これからこれからが...」

 桜井は佐々木の話しを遮るように「はい、それでは明日の天気予報に行きます」と言うと画面は天気予報士のアップに変わった。


 店に出ると雪が降り始めていた。

「最近寒いと思ったら、もうこんな季節なんだな」

「ところで、茂ちゃんは娘さんに連絡したの。もうずっと帰って来てないんでしょう。奥さん去年亡くなったし、娘さんに会いたいんじゃないの。それこそそのボイスチェンジャーを使って...」

「まあ、まあ、俺のことは気にしなくていいよ。それに本人が本人の声で話したって意味ないだろ。じゃあ気をつけて帰ってな。俺はこっちだからここでサヨナラだ」

 そう言って茂蔵は寒そうに商店街の奥に走っていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オレオレ詐欺 nobuotto @nobuotto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る