過去からの残照

駅員3

第1話 花魁の悲劇

 柔らかな日差しが積もった雪にキラキラ反射し、春というには早い時季であったが、川に垂れ下がっている氷柱からは雫がぽたぽた落ちて、いつもなら山から吹き下ろしてくる風もなく、実に穏やかな日だった。

 この日金山は休みのようで、水が岩に当って砕け散る音にまじって、三味線や嬌声が聴こえてくる。川に張り出した宴台の上で遊女たちが舞い、多くの金掘大工や掘子(注)達が酒を酌み交わしているようだ。金掘大工達の中央には数人の武田の侍たちが陣取っていた。遊女たちの舞いは最高潮に達し、大工達の嬌声は川の水音を打ち消すくらいの大きさになっている。やがて中央の立派な口髭を蓄えた侍がすっくと立ち上がると、懐から扇を取り出してバサッと音を立てて広げるや、頭上に円を描くように扇を振った。


 宴をしている場所からほど遠くない林の中にじっとしていた侍は、口髭の侍が立ち上がったのを合図に刀を抜き放つと、頭上に構えた。扇が舞うとみるや「エイッ」と地に籠るようなうなりを発して刀を振り下ろすと、眼前に有った太い藤蔓を一刀両断のもと切り離した。


 ガラガラという音が渓谷に響き渡ると、宴台を支えていた柱は崩れて、宴台は谷底へと落ちて行った。宴台の上で舞っていた遊女達は鋭い叫び声を残して消え去った。一瞬音が消えてなくなると、今までそこで宴など無かったかのように、水が砕け散る音が谷底から湧いてきた。

 大工たちが騒ぎだして、落ちた遊女を助けに走ろうとすると、口髭の侍が地を震わせるような声を放った。

 「しずまれーっ! 黒川千軒は本日をもって閉山とする。皆の者は新しい金山に移ってもらう。本日のことは口外無用。もし話すようなことがあれば、遊女達と同じ運命になると心得よ!」

 侍達が去ると、今までの小春日和とは打って変わって、空からは白いものがちらちらと舞い、氷のような風が、斜面を伝わって吹き下ろしてきた。



(注)金堀大工  金山で金鉱石を掘る鉱夫 

   掘  子  掘り出された金鉱石を坑道から外に運び出す者



・・・・つづく

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