第2話 墓参り

 僕は1月のある日、両親が眠る山梨県の菩提寺に向かうため、中央高速を東京から西に向かって車を走らせていた。

 父親は鉱山技師で、南アフリカにある金鉱に技術指導で出張するため、ある日母を連れて旅立った。小学校に入学する前の僕は、祖父母と一緒に成田空港まで見送りに行くと、父母と一緒について行こうとして祖父母に止められたことが、つい昨日のように思い出される。

 父と母は、何度も振り返りながら、笑顔で手を振ってくれた。両親の記憶は、そこまでしかない。彼らが乗った飛行機が墜落したのは、その夜だった。


 勝沼インターで高速を降りると、青梅街道を東京方面へと向かった。今は甲州市となった塩山の市街を抜けると、道は徐々に柳沢峠へと登っていく。数日前に降った雪は除雪されていて、路肩には雪があるものの、車で走るのには問題がない。

 日帰り温泉施設の大菩薩の湯まで登ってくると、背後には真っ白な甲府盆地が広がり、眼下を流れる笛吹川の支流である重川は、春を感じさせる陽光にきらきら輝いている。

 道はだんだん狭くなり、昔の街道の面影を残すところまでやってくると、信号のないT字路をまるで住宅街の路地を抜けるような道に曲がった。この道は、そのまま進むと大菩薩峠方面に抜けられる。鬱蒼と茂った杉林を抜けて数百メートル進むと、左手の山にどこまで続くのだろうと思われる石段が杉林の中に垣間見えてくる。その先の駐車場に車を止めると、石段に向かった。

 右手には、刻まれた文字がはっきりしないくらい古い石柱が立っている。近づいてよく見ると「不許葷酒入山門」と書かれているが、禅宗などの寺院によくある結界石だ。左手には第十六番札所と書かれた石柱が立っている。石段の両側は鬱蒼とした杉林で、昼も日差しはさえぎられて薄暗い。雪の積もった石段を登っていくと、仁王門が見えてくる。一礼して仁王門をくぐると、さらに石段が続く。一休みして息を整えると、最後の数十段を登った。なんとか一番下から数えて198段を上り詰めると、急に視界が広がり、正面には古色蒼然とした藁ぶき屋根の本堂が現れる。鎌倉円覚寺舎利殿によく似ていて、屋根の四方が元気よく上にはねたような形になっている。

 ここは臨済宗の裂石山雲峰寺で、奈良時代行基によって創建されたという古刹だ。

 戦国時代、我が家は武田家の家臣だったようで、金山開発に携わっていたことから、この甲府盆地を見下ろす山合の寺に先祖代々の墓があるのだろう。

 重要文化財である本堂の裏手に回ると、膝くらいまで積もった雪をかき分けながら、幼いころ飛行機事故で他界した両親が眠る墓に向かった。毎年この日、両親の命日に墓参りにやってくる。墓石に積もった雪を払って線香に火をつけた。目を閉じて手を合わせると、幼いころの成田空港での別れの時のことが頭をよぎった。誕生日に東郷神社にお参りに行ったときに父に買ってもらったお守りを肌身離さず持っていたものを首から外すと、母の首にかけてあげた。そのお守りは、一年に数回しか配布されない特別なもので、Z旗をあしらった袋に真っ白なお守り袋が入っている。母は幼い僕を抱きしめると、「行ってきます。」と言って父とセキュリティーチェックの中に入って行った。


・・・・つづく


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