第二十一話 幻術士はギルドの闇を知る
目が覚めた時には牢獄に閉じ込められていた。
そして、目を覆うような酷い光景が眼前に広がっていた。
「……う、うぅ。もう、やめて」
黒髪おかっぱの女の子がゴブリンに体を犯されて泣いている。
その他にも十人程の若い女の子と、十体程のゴブリンが同じ場所に収容されており、それぞれに同様の惨劇が繰り広げられていた。
牢屋の向こうでムーチョがニタリとしている。
「捕まえてきた奴隷を従順にするにはな、初めに犯すのが一番だ。そこのゴブリンは精神が異常になるほどの媚薬を投入されているので、種族が違おうが性別が違おうが、構わず犯す性欲マシーンに仕上がっている。クロス君も精々気を付けるといい」
「……ざけるな……ふざけるな!」
牢屋の格子を掴み、その向こうにいるムーチョを睨みつける。
「おー、怖い。これでもましな待遇なのだぞ、普通なら男の奴隷は地下収容所で死ぬまで肉体労働。……もし暇ならゴブリンと一緒に、そこの女共を犯すのも一興だぞ、それくらいは咎めはせんよ」
ムーチョはそれだけ言って、階段を上ってこの場所から姿を消した。
辺りは暗く、窓がない。
この収容所はおそらく地下にあるのだろう。
幸いなことに俺の持っていた結晶は回収されなかった。
【幻術士】がなにを持っていても、脅威にならないという判断からだろう。
監視がなくなったこのタイミングがチャンスだ。
「いけ、エンシェント・ミニドラゴン。――ゴブリンを、八つ裂きにしろ!」
――バチバチ
「オオォォォーーン」
エンシェント・ミニドラゴンは、おかっぱの女の子に被さって光悦の表情を浮かべているゴブリンを、背後から噛み千切った。
「ゲアァァ!」
断末魔と共に、ゴブリンの上半身が剥がれ飛び、結晶に変化する。
――グシャリ
俺は八つ当たりするかのように結晶を踏みつぶした。
それら一連の様子を見た他のゴブリンは、犯すのをやめて、怯えた様子で部屋の隅に固まった。
勿論、許すわけはない。
エンシェント・ミニドラゴンによる、一方的な殺戮を行わせた。
すべてが終わった後、女の子たちのすすり泣く声が聞こえてきた。
泣き崩れるもの、絶望に打ちひしがれているもの、怒りに打ち震えるもの等、反応は様々だが、彼女たちには心のケアが必要になるだろう。
「みんな、辛いのは分かる。……でも今は逃げることを第一に考えよう。俺は、みんなを助けに来たんだ」
「……でも、どうやって?」
「こうするのさ」
俺はサイクロプスを召喚して、鉄格子を両手でひしゃげさせた。
「さあ、こっから出よう。ただ、敵がまだいると思うので俺の後ろについて来てくれ」
おかっぱの女の子は特に衣服の乱れが酷かったので、俺の来ていたローブを着せてあげた。
そしてムーチョが昇って行った階段をゆっくりと、音を立てないように慎重に一段ずつ踏み上がっていく。
数段登ったところで、光が見えた。
牢獄の上には部屋があるようだ。
人影も見えたので、壁で身を隠しながら、中の様子をうかがった。
「
ローグウェルの声だ。
ローグウェルの向かいに立っているのは、ムーチョだろうか。
そして気になるのは、部屋の中央にある
禍々しく黒光りしていて、見るからに嫌な雰囲気が漂っている。
「そりゃそうだ、一体いくつの結晶を喰わせたと思っている。ふははっ、この力を使えば、世界の再建も近いな」
「そうですね。王都にある
……世界の再建?
不穏な言葉を聞き、カプリオの言葉を思い出す。
「やつらが狙ってるのはな――――世界の、破壊だよ」
そう、カプリオは確かに言っていた。
そのために黒水晶に魔力を集めているのだと。
「む……? 誰かの気配を感じるな」
ローグウェルは首をグルんと回して周囲の様子をうかがう。
まずい、見つかるのは時間の問題だ。
それなら今度は――――
俺の持つ召喚の三本柱を召喚した。
「なに、モンスターだと!?」
ムーチョは突然の怪物の出現に怖気づき、後ずさる。
「ほう、そこにいるのは【幻術士】か。どういう原理かは知らんが、モンスターを使役できるようだな。お前に少し、興味が沸いたぞ」
ローグウェルは背中の大剣を取り出し、両手で構える。
はあぁっと息を吐いた後、キッと俺の方を見据えて叫ぶ、
「――
ローグウェルは一直線にスッとんでくる。
街で見た動きよりも数段速い。
これはきっとソードマスターのスキルだ。
「グロロロロォォォ!!」
俺は全く反応できなかったが、サイクロプスが身代わりになって、ローグウェルの斬撃を受けてくれた。
「くそっ」
慌てて廊下から部屋の真ん中まで逃げる。
「グロォォォ……」
ローグウェルの必殺技をもろに受けたサイクロプスは、小さく唸った後に消滅した。
俺の相棒が、畜生、許せん。
「見たところ、残るは
正直全く思わない。
ローグウェルとのステータスの差は、奇跡でどうにかなるレベルを超えている。
でも、俺には一つ、秘策があった。
黒いうねりの発する根源に手を突っ込み、魔力を注入する。
――バチバチバチ
頭の中を無数のイメージが駆け巡る。
『ゴブリン』『スライム』『サーベルウルフ』『ドラゴン』『サイクロプス』『デーモン』『トロール』『ヴァンパイア』『オーガ』『ウンディーネ』『ガーゴイル』『クラーケン』『グリフォン』『ゲイザー』『ケルベロス』『ケンタウロス』『コボルト』
黒水晶に秘められたモンスターの幻影が、走馬灯のように流れてくる。
――予想的中だ。
今まで取り込まれてきたモンスターの力の源が、全てここにはある。
そして肝心なのはこれからだ。
ここで何を選ぶのか。
生半可なモンスターを選出したら、ローグウェルに瞬殺されてしまう。
人の身では決して敵わない神話級のモンスター。
そんなものがこの黒水晶にいるかはわからない……しかし、見つけなければ先はない!
『グール』『コカトリス』『ケット・シー』『グレンデル』『ゲイザー』『ゴースト』『ゴルゴン』『サラマンダー』
違う、まだ足りない。
相手は悪逆非道のソードマスター。
最上級の人類に対抗するならば、最上級のモンスターが必要だ。
――――『ヴリトラ』
あった。
魔力をその幻影に投入する。
――ゴゴゴゴゴゴゴ
地鳴りのような音が響き、部屋が崩れ落ちていく。
「ウオオオオオォォォォォォォーーーーン!!!!」
二階建ての建物を突き破る程の巨大な体躯に立派な双翼。
太い尻尾に真っ白な
神殺しの史上最凶の悪龍、それが『ヴリトラ』だ。
「こいつ――一体何を!?」
初めてローグウェルに動揺の色が見える。
「ローグウェル、てめぇの悪事もここまでだ! やれっヴリトラ!」
指をびしっと前に突き出し、死刑宣告をくだした。
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