第八話 幻術士は人形の町を探す

「……なにもないね」

「――何もないな」


 エルフの老人から託された地図を広げて歩くこと三時間。


 ようやく辿り着いた場所が、だだっ広いだけの平原なので、思わず二人で顔を見合わせてしまった。


「こりゃ参ったな。地下に埋まってるとかだったりして」


「……なるほど。クロス、あたまいい」


 リィルは小さな手で地面を掘り始めた。


 冗談を言って場を和ませたつもりだったのだが、すっかりその気になってしまったようだ。


 仕方ないので、俺もそれを手伝うことにした。


「リィル、手で掘ってるだけじゃ、いつまでかかるかわからないよ」


「……じゃあ、どうするの?」


「こうするのさ」


 結晶を箱から取り出して、召喚を行う。


「グロロロロォ!」


 現れたのはサイクロプスだ。


「幻獣に働いてもらうとするよ。こいつは力が半端じゃなくあるから、効率良く掘ってくれるはずさ」


 サイクロプスは雄たけびを上げながら、もの凄い勢いで地面を掘り始めた。


「……凄い」


 リィルは元々丸い目を更に丸くして、その様子をまじまじと見ている。


「わたしも戦闘人形ゴーレムを手に入れれば、こんなこと出来るのかな……?」


「出来るさ。あの爺さんが言ったことを信じるなら、戦闘人形ゴーレムはサイクロプスよりも強いんだからな」


「……ふふっ」


 リィルのあおい瞳が燦燦さんさんと輝いている。


 よっぽど戦闘人形ゴーレムに期待しているのだろう。


 この期待に応えてやりたいと、強く思う……しかし俺はまだ爺さんの話は信じ切れていない。


 戦闘人形ゴーレムがある可能性とない可能性とを天秤にかけると、よくて五分ってところだろう。






 それから待つこと数十分。


「うーん、ダメそうだな……」


 かなり深くまで掘ったのだが、地面から出てくる物は、よく分からない動物の骨だとか、化石ばかりで、人形に関してはカケラすら出なかった。


「…………ぅぅ」


 リィルは心底残念そうにうなだれている。



「ギーヨ、ギーヨ」



 俺たちを嘲笑うかのように、カモメが鳴いている。


 くそっ、動物までもが俺たちをあざけるのかよ。


 石でも投げつけてやろうかと、空を見上げると――







 そこには島が浮かんでいた。



 物理法則を無視したあり得ない光景に、脳が一瞬フリーズする。



「……空だ。戦闘人形ゴーレムの町は、空にあったんだ」


「え、お空……?」


 リィルは視線の先を空へと動かす。


「うわぁ、凄い……。島が浮かんでる」


 驚愕きょうがくと感嘆の入り混じった声でうなるリィル。


「あそこで間違いないな」


「……うん、間違いないと思う」


 さっきまで険しい顔だったリィルの顔が、ほころんでいる。


 まったく、こいつの笑顔は眩しくて困る。


「あとは空に行く手段だけだな。でもまあ、それについてはもう考えてある」


「……お空に行く、どうやって?」


「簡単だ、大型の飛行モンスターが飛んでくるのをひたすら待つ」


「そっか。それに乗って行けばいいんだね」


「そういうこと」


 それから天を仰ぐように空を見上げながら、リィルと二人でお喋りをした。


 生まれの事、育ちの事……俺達が出会うまでの事を、たくさん語り合った。


「俺達ってさ、結構似たような境遇だよな。差別され、運命に見放されてきたもの同士……苦労してきたよな」


「うん、大変だった。死んじゃったほうがいいかもって、何度も思ってた……」


「あー、わかるわかる。被差別者あるあるだな。本当良かったよ、リィルがこんなに元気になってくれて。最初に見た時のリィルは、とても辛そうだったもんなぁ」


「……うん。今こうやって笑ってられるのが、信じられないくらい。……でも」


 銀髪の少女はそこまで言うと、俺の方に向き直って、


「でも、最初から運命に見放されてなんかいなかったよ。……わたし、クロスに会えたから」


「リィル……」


「クロスは、わたしに会えて……良かった?」


 上目遣いで不安そうに問いかけるリィル。


 その憂いを帯びた顔は、一枚の絵画のようで、思わず見惚れてしまう。


「当たり前だろ。リィルと出会ってから、やっと俺の人生が色づき始めたって思ってるくらいだよ」


「……そっか、良かった。――あ、見て」


 突然、リィルが空を指さした。


 リィルの指が指し示す方向を目で追うと、そこにはグリフォンが飛んでいた。


「――グリフォン!! 落ちろ!!」


 俺は大声で叫んだ。


 【モンスター操作】の効果が発動し、グリフォンは羽ばたきを止め、垂直に落下した。


「グゲェ……!?」


 落下の衝撃で既に瀕死状態のグリフォン。


「……凄いね、【モンスター操作】」


「ああ、どうやら具体的な命令じゃないと聞いてくれないみたいだけど、それでもかなり使えるよ」


 グリフォンに近づき、サイクロプスで止めを刺す。


「……グ……ゲ」


 断末魔を上げて、結晶となったグリフォンを拾い上げる。


「リィル。準備はいいか?」


「……うん」


「よし!」


 グリフォンの結晶に魔力を込め、幻獣を呼び出し、まずは俺がその背中に乗った。


「乗り心地は悪くないな。――さあ、リィルも乗って」


 リィルの華奢な体を腕の力でグッと持ち上げ、俺の後ろに乗せる。


「それでは空の旅に、ご招待!」


「グゲェェェェ!」


 俺達を乗せたグリフォンは、大地を力強く蹴りだして羽ばたき、空に浮かぶ島へと向かった。

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