第二話 幻術士は復讐を誓う

「多分、その聞こえたっていう声は女神ルーミナのお導きよ」


 女の子に家を案内された後、すぐにお母様に腕を治療してもらった。


 そして今は、夕食をご一緒させてもらっているところだ。


「女神ルーミナ? なんですかそれは?」


「あなたにも職業はあるでしょ? ルーミナは人々に職業を与え、スキルをさずけてくれる女神様なの。あなたがその牙を持ったというスライムを倒した時に、経験値を得てレベルアップしたことで、女神さまがスキルを与えてくれたのよ」


「そうなんですか……」


 俺は思わずスプーンを止めてしまう。


 人々に職業を割り振る女神がルーミナだというのなら、そいつは俺にとって敵だ。


 【幻術士】という忌み嫌われる職業を俺に割り当てたのだから。


「ところで、クロスさん? あなたの職業は何なの?」


「――っ!?」


 一番聞かれたくない質問だ。


「おにいさんは、手品の人だよね?」


 女の子が子供特有の好奇心をもった眼差しを俺に向ける。



 ――知られたくない。


 この子は幼いから、俺の幻術を受け入れてくれた。


 しかし、世間一般の反応は違う。


 太古の昔より【幻術士】は人々を惑わす不浄の存在だと信じられてきた。


 人々は日々の不満のはけ口を【幻術士】に求め、憎悪してきたのだ。



 俺はちょっと考えてから、答える。


「――【手品師マジシャン】です。いやぁ、『イレギュラー』ですから生きていくのも大変ですよ。ははっ」


「そうなの……。差別主義者が蔓延はびこる世の中って嫌よね。でも安心しなさいな! 【幻術士】でもなければ、生きていけないなんてことはないから! 私はクロスさんのような人、応援してるからね」


「……ありがとうございます」


 俺はごまかすようにスープを口に運んだ。



 ひどく冷たい味がした。



 ――そう、【幻術士】は生まれながらにして、業を背負っている。



 ◇ ◆ ◇ ◆



「ありがとう、おにいさん! また手品見せてね!」


「うちの子を助けてくれて、本当にありがとうね! またいらっしゃい!」


 朝の淡い光を全身で浴びながら、親子に見送られて家を出た。


 昨日は色々嫌なこともあったが、収穫もあった。


 スキルについての詳細を知りたければ、教会に行けば良いと教わったのだ。


 今は俺のスキル【実体化】がどんなものかを知る必要がある。



 ――ギィィ


 教会の門を押し開くと、鮮やかな色のステンドグラスが目に映る。


「ごめんくださーい。スキルについて知りたいんですけど」


 要件を告げると、祭壇にある木像の裏から、年老いた神父が顔を出した。


「――スキル? それならステータス鑑定をすればわかるぞい」


 ステータス鑑定。聞いたことはある。


 前のパーティーでは、アザゼルが攻撃の数値をよく自慢していたっけか。


 だが、俺はステータス鑑定をしたことがなかった。


 する必要もなかった。


 【幻術士】というのはステータスが圧倒的に低いらしく、鑑定してもみじめな思いをするのがわかっていたから。


 だが、スキルの詳細を知るために鑑定が必要なら、話は別だ。


「ステータス鑑定をお願いします!」


「あい、わかった」


 神父は祈りを唱えると、サッと紙を取り出してステータスを書き出した。



 種族:ヒューマン

 名前:クロス=ロードウィン

 性別:男

 年齢:16歳

 職業:幻術士

 レベル:50

 HP:100

 MP:100

 攻撃:50

 防御:50

 魔力:50

 敏捷:50


 【スキル】

 『モンスター幻術』:モンスターの結晶から幻像を映し出す

 『鑑定レベルB』:対象の相手のスキル以外のステータスを確認可


 【ユニークスキル】

 『実体化』:幻像に魔力を込め、実体化できる



 神父は鑑定結果を見て眉をピクリと動かした。


「むっ、お主は【幻術士】か。……まあよい、神は誰に対しても平等じゃ」


 明らかに嫌そうな顔をしているが、そういうのはもう慣れっこだ。



 スキルの欄を見ると、【実体化】以外にも見慣れないスキルがある。


「あれ、【鑑定レベルB】とかいうスキルもいつの間にか覚えてたのか」


「ふむ……。お主、最近強大な敵を倒したじゃろ? それで一気にレベルアップしたのではないか? 女神ルーミナは仕事が雑なので、そういう時は最後に覚えたスキルしか教えてくれないのじゃ」


 なんだその適当な女神。


 というか牙のスライムって強大な敵だったんだろうか?

 

 確かに見たことのない敵ではあったけど。


「ふーん、そうなんですか。で、レベル50ってどうなんですか? 高いんですか?」


「レベル50というのは『戦闘職』が死ぬまでに達する平均値くらいじゃな。その歳で、しかも『イレギュラー』である【幻術士】で50もあるのは異常じゃよ……。お主、今までどんな死線をくぐりぬけてきたのじゃ?」


「いえ、言うほどの経験は積んでませんが。……とりあえず、このステータスは強いって認識でいいですか?」


「いや、それはじゃな……」


 神父は苦虫をつぶしたような顔で、説明するより早いとばかりに紙を差し出した。


「これを見なさい。昨日ステータス鑑定をした、ごく普通の【格闘家】のステータスじゃ」



 種族:ドワーフ

 名前:ガンダルフ

 性別:男

 年齢:39歳

 職業:格闘家

 レベル:28

 HP:924

 MP:210

 攻撃:1075

 防御:831

 魔力:79

 敏捷:786


 【スキル】

 『拳硬質化』:素手での攻撃を強化

 『気弾』:気を放ち攻撃できる

 『鑑定レベルB』:対象の相手のスキル以外のステータスを確認可



 げ、なんだこれ。俺より全然レベルが低いのにステータスが圧倒的に上じゃないか。


 分かっていたけど結構へこむな。


 でも【実体化】について知ることはできたので良しとしよう。





 礼を言って教会を後にすると、早速【実体化】を試してみることにした。


「周りに人はいないな……よしっ!」


 適当に箱から結晶を取り出して、魔力を込める。


 そして、浮かび上がったモンスター、サーベルウルフの幻像に再び魔力を注入した。


 ――バチバチ


 空気のこすれる音がして、幻像のかすんだ輪郭が、はっきりとした線になる。


「……これで、出来たのか!?」


 半信半疑でサーベルウルフの背を撫でると、そこにはザラザラした毛の感触を、確かに感じることが出来た。


 凄い、本物だ!


 もしかして命令を聞いてくれたりするのだろうか?


「サーベルウルフ! お手!」


「ワオォーン!」


 サーベルウルフの幻像は(実体はあるが)遠吠えをしながらお手をしてくれた。


 こいつは凄い……!!


 まるで神話に出てくる伝説の職業――あれはなんて言ったっけ?


 そうだ、【召喚士】みたいだ!




 ――子供の頃を思い出す。


 エルタリア大陸に古くから伝わる『アーカーシャ物語』を、目を輝かせながら何度も繰り返し読んだ記憶。


 書に曰く、万物を創造し、あらゆる困難に立ち向かい、人々の羨望を集める、誇り高き最高の職業。


 強き者に屈せず、弱き者を守る、ヒーローみたいな存在。


 それが【召喚士】。




 勿論そんなモノは実際には存在しない。


 人々からさげすまれ、泥にまみれて暮らしていた、圧倒的弱きものである【幻術士】の俺を救ってくれる存在なんて、現れやしなかった。でも――


「俺が……俺がなって見せる」


 夢にまで見た物語の主人公に、俺がなればいい。


 今まで俺をいじめてきた奴らを、迫害してきたやつらを、らしめてやる。


 そして、【幻術士】、ひいては『イレギュラー』をみんな、みんな守ってやる。 


 細い足で大地を踏みしめながら、俺はそう、誓ったのだった。




―――――――――――――――――――――――――

※後書き


牙スライムはこの世に一体しかいない突然変異種で、一気に1レベルから50レベルまでアップするほどの経験値を持っている超レアモンスターです。

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